第二騎士隊と、燃えやすい芋の話 4
料理ギルドから一筆を
ムーリーやシュルクたちとは後ほどまた合流する予定だ。
そうして工房まで戻ってくると、なぜかクリスが待ちかまえていた。
「出歩いていいのか?」
「出歩かないと気が滅入っちゃうもの」
呪い対策の魔剣もあるから大丈夫――とクリスが笑う。
実際、彼女ならもう大丈夫だとは思うが、相手の魔剣の能力も未知数なので、安心とも言い難い。
「まぁ、お前のコトを探してたから丁度良いか」
「あらそうなの?」
工房で準備をしながら事情を説明すると、クリスは一も二もなく了承して見せた。
「そういう理由なら拒否する意味はないわね!
叔父様も反対しないだろうし、早速向かいましょう!」
こちらが準備を終えると、クリスは意気揚々と歩き出す。
バッカスは戸締まりをすると、その横について一緒に歩き出した。
「そういや、第二隊は領主邸の敷地内にある別邸にいるって知ってるんだが、第一隊はどこにいるんだ?」
「叔父様のお屋敷から少し離れたところにある使ってないお屋敷よ。
ここって国境が近いから、何かあった時に騎士が多く派遣されてきたりした場合の宿舎として使うつもりで用意してたモノなの」
「隔離か」
「有り体で言えばね。向こうの方が広くて豪華だから、第一隊の自尊心を傷つけず隔離するのにピッタリなのよ」
「なるほどなぁ……」
コーカスからしてみると、姪を傷つけた上で婚約破棄をしたクズが隊長の部隊なんだよな――とバッカスは胸中で苦笑する。
領主として冷静な判断が下せる人物だからこそ、隔離程度で済ませているが、そうでなかった場合、第一隊は領主から徹底的な嫌がらせを受けても不思議ではない立場だ。
それを理解できず隔離用のお屋敷で自尊心を満たせるなんていうのは、どれだけ現実が見えていないのだろうか。
「向こうの屋敷ならなら夜襲を仕掛けて燃やしても問題ないわよ?」
「俺に何をやらせるつもりだ?」
「食べる以外にもそういう目的でジャガ芋を回収したんじゃないの?」
「純粋に食べるつもりだったんだけどな」
「あら、意外」
「お前は俺をどう思ってるんだ?」
どちらかというと、大量の芋そのものが、第一隊の連中の仕込みの可能性はある。
そういう意味で考えれば、自分たちが用意した芋で勝手に大炎上する光景というのは面白そうではあるが。
そんな物騒なやりとりをしながら二人は町を歩き、領主の屋敷までやってきた。
クリスがいるので門では当然顔パスである。
屋敷に通され、コーカスはバッカスを出迎えるなり訊ねてきた。
「それで夜の何時頃に向こうの屋敷に火を着けるんだ?」
「おたくもその姪もどうして俺を放火魔にしたがるんだよッ!」
「なんだしないのか」
「露骨にガッカリするんじゃあないッ!」
まったく――と嘆息しながら、バッカスは改めて目的を伝える。
「そういうコトなら構わんぞ。一緒していいか?」
「ん? 構わないが、旨いっていっても芋だぞ」
「それでもだ」
そんなワケで、ハラペコ騎士クリスと、その叔父である領主コーカス、さらに手の空いている領衛騎士たちも加えて、爆弾芋を食べる会が始まるのだった。
・
・
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領主邸。
第二隊駐在中の離れ。
「クリスちゃんが絡んだ時点で場所が領主邸なのは覚悟してたけど、まさか領主様までいらっしゃるなんて……!」
戦慄しているムーリーを無視して、バッカスは第一隊の面々と領衛騎士たちに向かって軽い自己紹介と挨拶をする。
「バッカス・ノーンベイズだ。領主のコーカスさんに頼まれて、第二隊へ討伐に必要な魔導具の提供なんかをさせてもらっている。
今日は、おたくらの隊長さんたちから暇を持て余しているからと相談され、領衛騎士たちを交えて爆弾芋を美味しく食べる方法を教えるコトになった。よろしく頼む」
バッカスのフランクな自己紹介は、貴族によっては嫌う者も多いのだが、この第二隊の騎士たちにそういう嫌悪を抱く者はいないらしい。
恐らくは悪友辺りが手を回してそういう人物が集まりやすくなるようにしているのだろう。
領衛騎士たちからは、むしろ「あの人が……」という視線が飛んでくる。
コーカスやクリスがどのような説明をしているか些か気になる。だが、そのことは脇へと置いて話を進めた。
「こっちはムーリー・クー。料理人にして魔剣技師の、俺の友人だ。
料理人としての腕前はヘタな宮廷料理人よりも上だと思ってる」
「ちょッ、バッカス君ッ!? それはちょっと買いぶりすぎよッ!」
「忌憚のない感想なんだけどな」
ニヤリと笑ってそう返してやれば、ムーリーは額に手を当てて天を仰ぐ。
料理ギルドでやられたことへの仕返しに成功したバッカスは、改めて騎士たちを見回した。
「とはいえ、あんま難しく考えず、芋料理を食べて楽しむ場だと思ってくれていい。領主やその姪のクリスティアーナも、許可するどころか一緒になって楽しむ気まんまんだしな」
そう言って二人を見れば、コーカスもクリスも期待感を隠しもせずにうなずいている。
「そうそう。このお芋会、第一隊にはナイショにしてくれな?」
茶目っ気たっぷりにそう口にしてから、バッカスはムーリーと共に調理をする為の準備を始めた。
「まず爆弾芋の基本知識だ」
ツタと繋がった状態だと燃えないこと。そして、ツタから切り離し、皮の表面が乾くにつれて発火しやすくなることを説明する。
「なので水の中で皮を剥くのが基本的な使い方だ。
発火成分は水に溶け込むし、水の量が多ければ燃えなくなるので、溶け込んだ水を川や池に捨てれば危険はない……が、問題は皮だ」
水を張った鍋の中で芋の皮を向くのを実演しながら、バッカスは続ける。
そして、水の中から皮を一切れとって、示す。
「皮に含まれる発火成分はなかなか水に溶けないので、乾くと発火しやすい状態に戻る。なので適当に捨てると山火事や森火事の原因になりかねない。捨てるなら湿った地中深くに捨てろ。
だが乾いた爆弾芋の皮は着火材として優秀だ。適切に利用すれば、火が欲しい時にすぐに火を
町中では危険視されやすいジャガ芋だが、使い方を間違えなければ野営の時に便利な万能植物という面がある。
「今回のこれは後で別の使い方をするんで、脇によけておいて……次にいくぞ」
何事も使い方次第ということだろう。
そう告げれば騎士たちも、クリスやコーカスも感心したような顔をする。
しかし、ここでバッカスはテーブルをひっくり返すようなことを告げた。
「さて、皮の剥き方の説明をしてはみたものの――手っ取り早く食いたい時に皮を剥くのは面倒だし、皮の処分を考えるのも面倒だろう?
発火成分を持つ液体……火薬膜ははふつうに食えるし、食っちまえば燃えなくなるから、皮ごと食っちまえばいい」
「は?」
ポカンとする騎士たちの様子にバッカスは笑いながら、底の深い鍋を取り出し、底でザルを組み合わせて高さを作る。
「爆弾芋を水につけ、その中で十字に切り込みをいれる。ちょっと深めにな。
芋の中にはナイフを入れた時の摩擦で発火する奴もいるから、必ず水の中でやれよ」
そうして切り込みを入れた芋を、鍋の中央付近の高さにセットされたザルの中へと入れた。
それを見ていたムーリーも、同じように鍋にザルをセットし、水の中で切り込みをいれた芋を置いていく。
「あとは鍋にしっかり蓋をして火に掛ける。
こいつは鍋底の水が沸騰した時に出てくる湯気で食材に火を入れる『蒸す』って手法でな。直接火にかけるのではなく、水分をたっぷり含んだ蒸気で火を入れていくから発火しない。余計な発火成分は勝手に溶けだし減っていくから食べる時に燃えるコトもないんだ」
蒸している間に、バッカスは爆弾芋に関する話を続けてる。
「それと補足なんだが――イエラブ芋など、芋類の多くは、その芽に毒が含まれていることが多い。それは爆弾芋も例外じゃない。
芽は導火線であると同時に毒を持っているので、水の中で芽を取り除いたら、その水は捨てろ。この毒も水に溶けやすいんだ。
だから、爆弾芋をどう調理するにしても、芽を取り除くのに使う水と、皮を剥いたり切り込みを入れたりするのに使う水は一緒にするなよ。
水の中で芽を取り除いたら、調理用の水に漬ける前に一度流水で洗え。
爆弾芋の毒は死ぬような毒じゃないが腹を壊す。適切に処理できないなら、部隊全員が野営地から動けなくなるからな」
全員が腹を壊して動けないとか、遠征途中としては最悪の状態なのは間違いない。
「しかしバッカス君って、本当に色んな知識持ってるのね」
「調べようと思えば調べられる範囲でな。使えるかどうかはともかく様々な知識を深めておくコトは悪いコトじゃあないぜ?
それこそ、全裸で未知なる土地に放り出されても生き延びれる可能性があるわけだしな」
「全裸で未知なる土地に放り出されるコトなんてあるかしら?」
「無いとは言えないだろ?
古代人の変な遺跡とか、ノリで作った魔剣が想定外の挙動をしてどこかへ強制転移させられたりとか」
あるあ……ねーよ! と騎士たちの心が一つになったのだが、逆にムーリーは非常に真剣な顔になったので、全員が首を傾げる。
そして、真顔も真顔でムーリーは確かに……と首肯した。
「そう言われちゃうとそうね。アタシの魔剣も黒いモノしか出なくなる不思議な挙動をしはじめちゃったワケだし、魔剣が想定外の挙動をしたせいで。全裸で未知なる土地に放り出される可能性は確かにありそうよ」
「だろ?」
二人の魔剣技師が大真面目にそんなやりとりをするものだから、騎士たちもさすがにざわめきだす。
「皆、あの二人は魔剣技師の中でも例外中の例外だ。変な言動を真に受けないように」
そんな騎士たちに、クリスが呆れた様子で解説する。
騎士たちの中に安堵が広がっていく。
そんな中、クリスの言い方に、バッカスとムーリーは心外な――と抗議するような視線を送るのだった。
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