厄介ごとの、ミルフィーユ 2



「これは……面倒が減っていいな」


 剣付きゾンビバッツ・デッドロウズだけとはいえ、事前に位置を把握できるというのは、斥候としては非常にありがたい。


 そんなことを思いながら、アイクはバッカスから貸し出された魔導具を使って、自分の手が届く範囲の剣付きゾンビバッツ・デッドロウズを奇襲と不意打ちで片っ端から倒していく。


 彼が手にしているナタは、見た目はシンプルながら名工が打ったというナタだ。

 枝葉を斬り散らすのにはもちろん、敵を倒すのにも役に立つ。


「ん?」


 そんな折り、アイクは妙な気配を感じて足を止めた。

 手元の魔導具を見ると、光の位置と、その妙な気配を感じる場所は一致しているようだ。


「バッカスは、知性あるゾンビと遭遇したと言っていたな」


 口の中で小さく独りごち、アイクはゆっくりとその気配のある方へと向かっていく。


 物陰からその気配の主を探っていると、アイクはそれを見つけた。


 その剣付きゾンビバッツ・デッドロウズは、胸から刃の生えた人間だった。


 槍を携えている上に、それをただの棒ではなく、槍として持ち運んでいるように見える。


(知性あるゾンビ、それも人間か……厄介だな、面倒くさい)


 槍使いともなれば、ロックかバッカスに任せたい。

 例え相手がへっぽこでも、アイクとしては正面切って戦いたくない相手である。


 そうでなくとも、イスキィかサンタスに手を貸して貰いたい。

 とにかく、接近戦が強い相手と独りで戦いたくない。


 奇襲や不意打ちは得意だが、それを失敗してしまえば、白兵戦をせざるを得ない。アイクはそれがあまり得意ではないので、フォローしてくれる相棒が欲しいのだ。


(近くにいるのは……っと)


 何であれ、近くにいる仲間の元へと一度戻ろう。


(魔導具が便利で調子に乗りすぎたな。みんなから少し離れすぎた)


 そう思った矢先だ――


「……ガァァァァ……!!」

「気づかれたッ!?」


 槍使いのゾンビがこちらへと向かってくる。

 明確にアイクを認識しているとしか思えない動きだ。


 気配は消していた。物音も立てないよう意識していた。

 それをまさか気づかれるとは思わなかった。


 ならば何か別の要因で気付かれたか――だが、それを考えている暇はなさそうだ。


「クソッ、面倒なッ!」


 毒づきながら立ち上がる。

 そこへ、槍使いのゾンビが踏み込んでくる。


双骸槍ソウガイソウ

彩技アーツ、だとぉ……ッ!?」


 槍をくるくると回転させながら勢いをつけ、連続で二度振り下ろしてくる。


「面倒すぎるぞッ!」


 何とか二連撃を躱して、アイクはナタを構えた。


「槍使いのゾンビだッ! 彩技も使うッ! 誰か援護をッ!」


 即座に叫ぶ。

 現状、この森の中で音や動きに反応するのは魔獣よりもゾンビの方が多い。


 だが、大半の剣付きゾンビバッツ・デッドロウズの動きは、お世辞にも速いとはいえないのだ。


 だから、叫ぶ。

 助けを求めずに槍使いのゾンビと戦うより、誰かを呼んだ方が速い。

 この大声でゾンビが集まってきても、全員揃えば逃げるのも難しくはないのだから。


 そんなアイクの思惑を理解しているのかいないのか、槍使いのゾンビは槍を構えた。


疾骸槍シツガイソウ


 小さく後ろに下がってから、勢いよく突進してくる。


「アンタ、生前は強かったんだろうな」


 もしかしたら、アイクでは勝負にならない相手だった可能性もある。

 だが、ゾンビ化によって技のキレも鋭さも、格段に下がっているというのだけは、何となく理解できた。


 だからアイクも反撃を狙える。


「おらッ!」


 素早い突進突きを身をよじって躱しながら、アイクはナタを振り下ろす。


 倒せずとも、身体の一部を斬り裂ければ、動きを鈍らせるくらいにはなるだろう。

 そう思った一撃だったのだが、槍使いのゾンビは、アイクの動きに反応して見せた。


骸鏡転砕ガイキョウテンサイ


 槍で、ナタを受け止められる。


(コイツ……ッ!)


 それどころか、槍に角度を付けられていて、受け止められたナタがそこを滑っていく。


(先の彩技を使った時より動きのキレが……ッ!)


 受け流され体勢を崩したところで、槍の柄で脇腹を殴られる。


「ぐッ……!」


 続けて、よろめくアイクに向けて、今度は槍が勢いよく振り上げられた。


「ごぉぉ……ッ!?」


 間合いが近すぎた為に刃こそ当たらないが、それでもフルスイングに近い勢いで槍の柄を叩きつけられ、地面を転がる。


(効いた……ぞ、クソッタレ……。

 先の二回は小手調べ――知性あるゾンビ、その面倒くささを甘く見ていた……ッ!)


 アバラが何本か折れた感触があった。

 素早く立ち上がり、呼吸をしようとすると、胸に激痛が走る。


(まずい……ッ!?)


 そんなアイクの元へ、槍使いのゾンビが構えながら近づいてくる。


 どうする――と痛みに耐えながら思考を巡らせていた時だ。


「アイクッ!」

「ロックッ!」


 魔力を狼の形にして剣に纏わせたロックが、アイクと槍使いの間に滑りこんでくる。


狼牙月荒ロウガゲッコウッ!」


 そして、剣を振り抜き、その魔力を解き放つ。

 狼型の魔力は三日月を描くように空を駆け、槍使いに襲いかかった。


「ガァッァァ……!」


 槍使いはそれを受け止めて、吼える。


「アレク。ゾンビ化は発症してないな」

「そっちは大丈夫だ。だが面倒かけて悪いがアバラは何本かイっちまってる……」

「バッカスがいて良かったな」

「全くだ」


 ロックの言葉に、アイクは安堵しながらうなずく。

 バッカスは治癒の魔術が使えたはずだ。


「アイク、周囲を警戒しながら下がってるんだ」

「面倒を呼び込んじまってすまん、頼む」


 頭を下げて離れていくアイク。

 槍使いはアイクではなく、ロックを見据えている。


「アイクも決して弱くないんだが……。

 ゾンビ化してなお、アイクを圧倒できる槍使いか。

 どれだけ、生前の腕が良かったんだか……」


 生前にどんだけ強かろうと、この森のゾンビ化現象は、タネを知らなければ避けられないのだろう。


「泥肉依頼が出ているワケでもない強者……。

 どこの誰だか知らないけど、心穏やかに五彩に還ってくれ」


 剣付きゾンビバッツ・デッドロウズの弱点は突き出た刃。

 あれを肉体と切り離せば動きは止まる。


 ロックは魔力を狼の形にして剣に纏わせる。

 それを見、槍使いは己の槍に淀んだ魔力を大量に纏わせながら、その場で高く飛び上がった。


 こちらの魔力を見、ゾンビも生中な技ではダメだと判断したのだろう。


 飛び上がったゾンビは、空中で身体を弓なりに逸らし、タメを作ってから――


骸魔屍刃槍ガイマシジンソウ


 ――その槍をロックめがけて投げつける。


 同時に、ロックは地面を蹴った。

 相手の彩技をギリギリで躱す。


 投げられた槍が地面に突き刺さり、黒の魔力を炸裂させている。


 ロックは背中で爆風を感じながらも、槍使いに肉薄し狼型の魔力ごとその剣を突き出す。


狼月裂噛ロウゲツレッコウッ!」


 突きとともに解き放たれた狼型の魔力は、槍使いの心臓に突き刺さる刃をかみ砕き、そのまま内側から背中を食い破って外へと飛び出していく。


 胸部に穴をあけた槍使いは、ドサリと、地面に落ちた。もう動く気配はない。


 ロックは小さく息を吐いて、振り向くと、思ったより大きいなクレーターができている。


「直撃してたらやばかったな」

「生前は結構な使い手だったんだろうよ」


 呟くロックの言葉に、反応が返ってきて顔を上げる。

 バッカスが茂みをかき分けながら駆け寄ってきた。


「悪い遅くなった。アイクは?」

「あっちだ。アバラをやられたらしいから治療を頼む」

「あいよ」


 軽い調子で返事をしてアイクの元へと向かうバッカス。とりあえず、アイクは大丈夫だろうと安堵しながら、探知の魔導具を見る。


 幸いにして、この騒ぎに反応して集まってくるゾンビはなさそうだ。


 小さく息を吐いてから、アイクの元へと向かおうとした時、イスキィの声が聞こえて顔を上げる。


「ロック」

「どうした?」


 普段の軽薄な表情はなりを潜め、かなり真面目な顔をしている。


「森の奥にある池、わかるよな?」

「ミュアーズいけだろ? カエルゴーフ系の魔獣が多くいる池だよな? 知ってるよ」

「そこに、何かいる」

「何か?」


 イスキィの抽象的な言い方にロックは眉を潜めた。

 その様子に、気持ちは分かる――とでも言うように、イスキィは補足する。


「そうとしか言いようがないのさ。

 全身から例の刃を顔を出している、大きな何かだった。

 サンタスが様子を見ているが、周囲に剣付きゾンビバッツ・デッドロウズが多すぎて近づけない」


 ロックはその言葉にうなずいた。


「アイクが怪我をして、バッカスに見て貰っている。

 二人に声を掛けて、池に行く」

「戦うのかい?」


 イスキィの言葉に、ロックは首を横に振った。


「調べられるだけ調べて帰る。

 問題児がいるとはいえ、討伐の為に騎士が派遣されているんだ。

 筋としては、そっちを通すべきだろ? 何より無理して危険を冒す必要もない」

「了解だ。アイクは大丈夫かい?」

「アバラが折られたみたいだけど、無事だ」

「このクレーターは?」

「そこに倒れているゾンビがやった。腕利きの槍使いだったよ」

「知性あるゾンビか……イヤだねぇ、手強そうで」

「実際、強かったよ。初手の大技ぶっぱで倒せなかったら、苦戦したのは間違いない」

「聞きたくなかった話だね……」


 やれやれと、本気で嫌そうにするイスキィと共に、ロックはアイクとバッカスがいるところへ向かって歩き出すのだった。



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