騎士が来たりて、白バラ目覚める 4


 姪っ子の特殊能力(?)に驚いてしまったので、一口目は味わいそこねてしまった。


 コーカスは改めて、エシルバーガーなる料理にかぶりつく。


 表面が香ばしく焼き固められたエシルは、ほんのりと独特の塩気を感じる。

 焼き固められたエシルの荒野を、己の歯で切り拓いていくと、甘辛く炒められた肉とノイノーが待ち受けていた。


 エシルから独特の塩気を感じるものの、それだけでは物足りない。それをこの肉とノイノーが纏う甘辛いタレが合わさることで、しっかりとした味へと変わっていく。

 だが、肉とノイノーだけでは濃い感じる味付けだが、これがエシルと組み合わさることで、完璧な風味へと変化した。


 相変わらず見事な味の配分だと、コーカスはうなる。


 一見、彩りだけのように見えるエチュレップのシャクシャクとした食感も良い。

 これもまた、エシルと炒め肉だけでは足りない爽やかさのようなモノを足してくれている。


 食べ進めていると、途中で新しい味が追加された。


 まろやかなコクとほのかな酸味が加わったのだ。

 美味しくともやや単調になりそうな、炒め肉の味を別方向へと導いていく。

 かすかに感じる竜の爪のような刺激も良い。

 この刺激が後を引くので、もう一口また食べたくなるのだ。


 かじりついた断面を見ると、白いクリームのようなものがある。

 小さく砕かれた赤いモノも混ざっているようなので、これが竜の爪なのだろう。


(この白いのはマヨネーズか! 今、貴族の間で流行っているモノだな!)


 まだ貴族の間では使い道が模索されている調味料だ。

 以前より美食の国から流れてきていたモノだが、近頃ようやく製法も広まりだして最近特にに注目されている調味料である。


 基本的には料理に大量に掛けることで、珍しい調味料を大量に利用できるという自慢に使われている。


 だが、バッカスは、量を使えば満足するだけの者たちを嘲笑うかのように、マヨネーズを使いこなしていた。


 少量を真ん中に入れておくことで、途中で味を変える。それによって飽きなく最後まで食べられるようにした仕掛けとして。


 横を見ればホルシスも驚きながら食べ進めていた。


「旦那様……バッカス氏とは一体……」

「さてな。魔導技師にして、現代の美食屋の二つ名を持つ何でも屋にして、趣味が料理の暇人だという認識で良いと思うぞ」


 それ以上追求すると疲れるだけだし、事と次第によってはつついた藪から棒や蛇どころか魔王が飛び出してきたりする可能性がある人物だ。


 コーカスは暗にそれを示唆し、ホルシスもそれを理解したようにうなずく。


「ねぇ、バッカス。これのレシピって貰える?」

「いいぞー。ムーリーにも渡そうかと思ってるしな」

「バッカスとムーリー、それぞれが作ったモノの食べ比べは面白そうね」

「クリスさん、それをやる時は是非誘ってください!」

「もちろん」


 それに、バッカスやミーティと楽しそうにやりとりをしているクリスを見ていると、難しいことなどどうでも良くなってくる気分にもなる。


「療養に来た当初はどうしたものかと思ったが……あの顔を見ると安心するな」

「ええ。全くです」


 コーカスの言葉にホルシスも同意する。

 療養として屋敷にやって来た当初は、全てを失った幽鬼のようだったのだから。


 そして、ここまでクリスが回復した影にいるのは、間違いなくバッカスのおかげだろう。

 そのことに、コーカスもホルシスも言葉や態度には出さないが、感謝しているのは間違いない。


 ホルシスは馴れない賑やかな食卓というモノに戸惑いながらも、バッカスに対する印象は、当初から大きく変わっていた。




「さて、三時のおやつを楽しみ終わったところで、ちょっと真面目な話がしたい」


 おやつ――という言葉を聞いて、コーカスとホルシスはクリスを見た。


「おやつか」

「おやつでしたか」


 エシルバーガーを五個ほど食べていたが、彼女にとってはおやつなのだろうか。


「おやつです。夕食はちゃんと食べれますのでご心配なさらず」

「そこの心配をしているワケではないんだが……」


 少しズレたクリスの反応にコーカスがこめかみを押さえる。

 その様子に、ミーティが首を傾げた。


「クリスさんって、家だとそんなに食べないんですか?」

「最近は同じくらい食べてると思うけど」


 クリスの答えに戸惑ったのはコーカスとホルシスだ。

 二人は顔を見合わせて、眉をひそめる。


「食べてたか?」

「…………冷静に思い直してみると、食べていた気がしますね」


 馴れた給仕たちが、クリスが食べ終わる機を見て手早く配膳しているのかもしれない。


「……真面目な話、していいか?」


 困ったように声をあげるバッカスに、四人は申し訳なさそうな顔をしてうなずいた。


「ミーティ。話を始める前に玄関のカギを確認してきてくれ」


 言われるがまま確認をし、ミーティは戻ってくる。


「掛けてきました」


 ならばヨシ――とバッカスはうなずくと、部屋の片隅にある箱から、剣の柄のようなモノを三つほど持ってきた。


「それ、さっき私を斬った魔剣ね。いっぱい作ってたのね」

「必要になると思ってな」


 クリスの言う「私を斬った」という言葉に、コーカスとホルシスはぎょっとするが、バッカスは気にした様子もなく、その剣の柄を差し出してくる。


「クリスとミーティ、そしてコーカスさんへ渡しておく」

「どういうコトだ?」


 首を傾げるコーカスの横で、ミーティは目を輝かせながらそれに手を伸ばした。


「ミーティ。席を立って、少し離れたところでそれに魔力を流せ。

 光よ、という言葉で刀身が生える」

「わかりました!」


 ウキウキした様子で席を立ったミーティは周囲の様子を確認してから、「光よ」と口にする。


 すると、ナイフのような短い刀身が現れた。


「その剣で、自分が座ってた椅子に触れてみな」

「はい!」


 恐る恐るといった様子でミーティは椅子に触れる。

 だが――


「あれ? この剣、椅子に触れないですよ?」


 椅子の背もたれに向かって剣を振るっているものの、それは椅子を素通りしてしまっているように見える。


「そうだよ。物理的な干渉力は一切持ってない。それは刃物としての機能は全くない。何かを切断なんて不可能な剣だ」

「何なのだ、この魔剣は?」


 あまりにも不可解な魔剣に、コーカスが思わず問いかける。

 それに対してバッカスは真面目な顔で、問い返した。


「コーカスさんや執事さんは、魔力帯の感知は出来るか?」

「ああ。本職ほどではないがな。最低限は読みとれる」

「私もです」

「うし。なら話が早いな」


 そう言うとバッカスは魔力帯を展開し、ボールのように丸めて見せる。


「ミーティ。この魔力帯を狙え」

「はい!」


 そのやりとりで、コーカスとホルシスも、魔剣の効果に気づく。


「てい!」


 ミーティが魔力帯の塊を切りつけると、それが切り裂かれて霧散するのが見てとれた。


「見ての通り、魔力帯を筆頭に魔力によって組み上げられたモノを斬る魔剣だよ。

 身体強化している相手なら、身体強化を引っ剥がすこともできる。

 まぁ物理作用はどうしようもねぇから、魔力を込めた投石とかはどうにもならんけどな。

 石の纏う魔力を斬れても、飛んでくる石そのものを打ち落とせるワケじゃねぇし」


 何とも微妙な魔剣に感じるが、クリスはそれで納得ができたらしい。


「派遣されてくる騎士団に混じる魔剣使いへの対策ね」

「ああ。あの魔剣は女の精神を蝕むからな。解放された気分はどうだ、クリス?」

「スッキリした感じはするけど、何か変わったかと言われるとわからないわ」

「それならそれでいいさ。少なくとも呪いは解けているハズだ。

 だがまぁ、あのバカに近づかないに越したコトはない」

「そうするわ。また呪いを受けたりしたら迷惑を掛けちゃうもの」

「だからこの魔剣を渡すんだよ」

「また呪いを掛けられたとき、完全に縛られる前に、まずいと思った時点で自分に突き立てろってコト?」

「おう」


 なるほど――と、クリスはうなずき、剣を手にする。


「バッカスさん。これ刀身がナイフみたいですけど、これが限界の長さですか?」

「いや。込める魔力量による。多めに込めれば長くなる。

 一度その刀身を消してから、魔力を込めなおして起動してみな。

 ちなみに、消すときの呪文は、闇よ――だ」

「闇よ」


 言うないなや、ミーティはそれを口にして刀身を消した。

 そして、改めて魔力を込めなおしたミーティが刀身を呼び出せば、先ほどよりも長いモノが現れる。


「ミーティも気を付けろよ。

 バカの持つ魔剣の呪いにやられると、全てをなげうってでも魔剣の持ち主に貢ぐような恋に恋する乙女になるぞ」

「恋に恋する乙女でもふつうは全てをなげうって貢いだりしないと思いますけど」


 バッカスたちのやりとりを見ながら、コーカスとホルシスの表情は徐々に険しくなっていく。

 流れてくる情報を統合すれば、自ずと答えが見えてきてしまうのだ。


「バッカス」

「どうした?」


 領主として、あるいは可愛い姪っ子の叔父として、あるいは一人の貴族として。

 コーカスは非常に真面目な顔をして、問いかけた。


「そのバカの名は?」

「問わなくても、気づいてんだろ?」


 意味ありげなバッカスの笑み。


 背後では、バッカスとコーカスが難しい話をしようとしていると察知したミーティが、輪に入っても仕方ないとばかりに、刃を出したり消したりしながらブンブン振り回して遊びだしていた。


 剣が物質に干渉しないのが不思議で面白いようだ。

 それで壁や棚、置物や観葉植物などに触れて回っている。


 その様子を横目で見てから、コーカスは真面目な顔で、その名前を口にした。


「シムワーン・チャフ・ドルトンド」

「正解」


 クリスの婚約者にして、クリスが全てをなげうってでも愛そうとした男。そして、最後に全てを捨てたクリスを捨てた男。


 だが、今のバッカスたちのやりとりを聞いていれば嫌でも推察ができてしまう。


「クリスティアーナ、君は……」

「知らないうちに、呪いを掛けられてたみたいです」

「急いで姉上に手紙を書かなければならんか……」


 眉間をつまみながら天井を仰ぐコーカスに、バッカスが肩を竦めて告げる。


「その必要はないぞコーカスさん」

「どういうコトだ?」

「バルクォートさんも気づいてる。俺が手紙も出してたしな」


 事も無げに言ってのけるバッカスに、コーカスとクリスは呆れたような困ったような表情を浮かべて苦笑した。


「そういえばバッカスはお父様と知り合いだったわね」

義兄上あにうえの謎の情報網の一端は君だったりしないか?」

「コーカスさんの質問に、否定する要素はないな」


 ニヤリ――と笑うバッカスに、コーカスは思わず嘆息する。


「なんであれ、保険だよ保険。この剣はな」

「君の悪友から密命でも下ったかな?」

「根回しの気配だけだよ。直接的な依頼はない」


 バッカスとコーカスが睨みあう。


 二人を尻目に、ミーティが興味本位に窓に置いてある魔導具の方へと近づいていく。剣の刀身は出したままだ。


 それにバッカスが気づくと、睨みあいをやめて、慌ててそちらへと向き直り声をかけた。


「ストップだ、ミーティ!

 その剣で稼働中の魔導具に触れるな! 中の術式がぶっこわれるッ!」

「え?」


 窓際にある稼働中の空気清浄の魔導具に、ミーティが持っていた剣が触れる。


「あ」


 刹那――内部の術式が壊れ、循環が乱れる気配がした。

 魔導具の内部で、術式から漏れた魔力がバチバチと音を立てる。


「あ」


 空気清浄の魔導具が煙を吐きながら、ゆっくりとその稼働を止めていく。


「ミィィィィ――――ティィィ――……ッッ!!」

「ご、ごめんなさぁぁぁぁいぃぃぃ!!」


 その日、わりと本気でバッカスは雷を落とした。



 叱られているミーティを見ながら、ホルシスはコーカスに訊ねる。


「追求しなくてよろしいのですか?」

「無駄だろうな。バッカスは振る舞いこそは平民だが、その在り方はへたな貴族よりも貴族らしい。彼の悪友が絡んでいる時は特に、な」


 バッカスの悪友とやらが誰なのかホルシスには分からない。

 だが、先のやりとりで間違いなくその人物は大物貴族であることは予想がつく。そして、今回の一件に絡んでいるということも。


「だが、おかげでわざわざ騎士隊が二つも派遣されてくる理由も分かったな」

「といいますと?」

「片方はバッカスなり私なりが叩き潰すコト前提の派遣だよ。

 なんなら、先見隊として派遣し全員がゾンビに変わってしまっても、私は責任を追及されたりしないだろう。そういう根回しもされているだろうからな」


 忌々しげに告げるコーカス。

 ホルシスはこの派遣隊を選んだ見知らぬ人物の性格の悪さに、思わず頭を抱えたくなるのだった。


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