騎士が来たりて、白バラ目覚める 3


「……バッカス……」

「お、目が覚めたか?」


 リビングで本を読んでいたバッカスは、寝室から出てきたクリスに名前を呼ばれて顔を上げる。


「思ったより早い目覚めだな。調子はどうだ?」

「まだ頭が痛いわ……でも、スッキリした気もする」

「そうか」


 本に栞を挟みテーブルの上に置くと、バッカスは立ち上がった。


「何か食えそうか?

 痛い思いをさせちまった詫びじゃないが、何か作るよ」

「そうね。せっかくだから頂こうかしら」

「んじゃあ、少し待ってな」


 立ち上がったバッカスと入れ替わるように、クリスが席に着く。

 テーブルに置かれていた表紙を見たクリスは不思議そうな顔をする。


「専門書かと思ったら随分と可愛らしい本を読んでたのね。女性向けの恋愛小説じゃないの、これ?」

「なんだ? 似合わないか?」

「そうね。似合わないわ……。それに、あなたが読むのだとしたら、専門書や技術書だと思ってたから、若者向けの小説を読んでるなんて意外だなって」

「俺だって娯楽小説くらい読むさ。

 それに、何となく読んでみたがわりと好みの物語だったぜ、それ。まだ最後まで読んでないけどな」

「へー」


 クリスは本に手を伸ばして、それを手元へとたぐり寄せた。


「作者は貴族なの?」

「知らん? ただそれなりに貴族を知ってるっぽいな。平民が思い描く貴族を下地に、実際の貴族らしい振る舞いなんかがちゃんと描かれている」

「ふーん……」


 興味があるのか本を開き目を落とし始め、そのまま空返事が増えていくクリスに苦笑しながら、バッカスは料理の準備を進めていく。


 バッカスがあの小説を読んでいた理由の一つに、前世で読んでいた貴族令嬢モノのラノベっぽさを感じたからというのがある。

 アヤミヴァイ種の緑花茶みどりはなちゃ同様に、ちょっとしか郷愁のようなものだろう。


 第二の人生である今世に大きい不満はないが、記憶に残っている前世の文化文明に対して、どうしても思いを馳せてしまうことがある。比べてしまうことがある。


 もちろん前世に対する割り切りや諦観は持ってはいるものの、お茶や本などで前世を思い起こすモノに触れた時、前世を意識してしまうのだ。


 肌に合うというのだろうか。

 それらに対してついつい手を出してしまうし、生産者や作者を応援したくなってしまう。


 そんな思いなど、誰にも口に出せないモノなので、心の奥底にしまっておく事柄なのだが。


「さて、コンロにフライパンを二つセットしまして……っと」


 心が前世への郷愁に支配されかけたので、頭を振り、自分の作業について一度口に出す。


 気持ちを料理に切り替えて、クリスのためのおやつの準備をしよう。


「ミーティや、おっさん、執事さんの分も作っておきますかね」


 ちょうど完成した頃に到着しそうな気がするのだ。


 炊いたお米エシルに、以前完成させた醤油風タレをひと垂らし。

 ザックリとかき混ぜておく。


 片方のフライパンに油を強いて、ざく切りしたタマネギノイノーと、牛系の魔獣オラフーブの一種である山岳のシナトノウム・グニ放浪牛レダナワ・オラフーブの薄切りバラ肉を投げ込んだ。


 この山岳の放浪牛は、名前の通り山岳地帯を放浪している牛型の魔獣だ。そしてこの魔獣の肉質は、非常に良い。

 手軽に手に入る牛肉としてはかなりコストパフォーマンスが良く、バッカスのお気に入りの魔獣肉でもある。


 肉を炒める傍らで、もう一つのフライパンに胡麻アモーグ油を敷く。

 そこに一センチほどの厚みの平たい板状にした、先ほどの醤油と和えたお米エシルを置いて、焼いていく。


 肉とタマネギノイノーに火が通ってきたら、焼き肉のタレ風に作ったソースを回し入れて、味を付ける。


 お米エシルの両面を焼いたら皿に移し、エチュレップという大葉のような形をしながらも、味と歯ごたえはレタスに近い野菜を一枚乗せた。


 そこにバッカス手製のマヨネーズを絞り、その上に炒めた肉。七味風ミックススパイスを少量ふりかけ、もう一枚のお米エシルバンズで挟めば――


「うっし。完成だな」


 同じ行程を繰り返し、必要数の量産を終わったくらいのタイミングで、玄関のドアがノックされる。


「バッカスさーん。依頼の報告に来ましたー! お客さんもお見えです!」

「ありがとな、ミーティ。入ってきていいぞ。お客さんがたも一緒にな」

「お邪魔しまーす」

「邪魔をするよ」

「失礼します」


 ミーティが、領主コーカスとその執事であるホルシスを連れて入ってくる。


「あ、クリスさん。お目覚めだったんですね」

「あら? ミーティ……に、叔父様?」


 人の気配が増えたことを感じて顔を上げたクリスが、コーカスの顔を見て驚いた顔をした。


「ふむ。貰った手紙の内容から感じる具合と比べると、元気そうだな」

「思ったより復活が早かったんだ」

「それは何よりだ」


 安堵した顔をするコーカス。

 その表情は完全に娘を案じる親のそれである。彼からすれば姪であっても可愛い娘同然なのだろう。


「ところでバッカス、良い匂いがするな?」

「言うと思ったよ。座って待っててくれコーカスさん。

 執事さんも一緒に座ってくれ。ミーティの分も含めて全員分ある」

「そうこなくてはな」

「ありがとうございます!」

「……旦那様、お嬢様……ご一緒して良いのですか?」


 やや戦慄しているホルシスに、クリスが笑いかける。


「そうよホルシス。平民の食卓ってこういう感じなの」

「で、では、失礼して……」


 主人や、その姪と食卓を共にすることに対する恐れ多さを感じながらも、誘われてしまえば断りづらいと、ホルシスは覚悟を決めて席に着く。


 ホルシスはむしろ、コーカスやクリスはなぜ大丈夫なのか――と思うほどである。


「それじゃあ、今日のメニューはコイツだ。

 名付けるなら、焼き肉エシルバーガーって、ところだな」


 エシルバーガーは半分を軽く油を弾く紙で包んである。

 さらに、クリス、コーカス、ホルシスには、ナイフとフォークを一緒にだした。


 ちなみに、四人座るとテーブルはいっぱいになってしまうので、バッカスはコンロの近くに予備の椅子を持ってきて座っている。

 当然、自分の分も用意してあるのだ。ここで食べる。


「ミーティさんの分のカトラリーがないようですが……」

「ああ。この手の料理の場合、平民はカトラリーを使うコトの方が少ないんだよ」

「そうなのですか」


 恐らく貴族社会からほとんど外に出たことがないのだろう。

 執事のホルシスは、ここに来る度にカルチャーショックを受けているようである。


「私もいらないわよ、バッカス」

「うむ。私もいらぬな」

「お嬢様……旦那様……ッ!?」


 そして平民スタイルをためらいなく実行する主人たちに、ホルシスが驚きで目を見開く。


 そんな執事を尻目に、バッカスたち四人は食の子神に祈りを捧げると、紙の部分を掴んで持ち上げる。


「さて、久々のバッカスの料理だ。楽しませてもらうぞ。

 クリスがよく自慢してくれるから、羨ましかったところでな」

「ははっ。領主になってから、コーカスさんとはあまり飲めてないしな」

「全くだ。また君とのんびりと飲みたいよ」


 そう言いながら、コーカスが大口を開けてかぶりつく。


 次の瞬間――


「バッカス。おかわりある?」

「あるよ……しかし、また食べる速度が上がってないか?」

「だってあなたの料理美味しいんだもの」

「理由になってねぇんだよなぁ……」


 呪いは解けても食欲は変わらないのだろう。

 バッカスはぼやきながら椅子から立ち上がり、おかわりの用意をしはじめた。


 ――クリスがおかわりを所望していた。


 口の中に頬張ったものを噛むのを忘れ、コーカスはホルシスと顔を見合わせる。


 一口食べて気に入ったから、事前におかわりがあるかを確認したのだろうか――と思って彼女の手元を見れば、紙だけ残して料理はすでに消えていた。


 コーカスは口の中のモノを飲み込んでから、首を傾げる。


「ホルシス。目の錯覚かもしれんが……クリスの手から一瞬で料理が消えたように見えた」

「私もです旦那様。一体何が起きたのか……」


 二人が戦々兢々せんせんきょうきょうしている横で、バッカスはふつうに対応し、ミーティは気にせずに自分の料理を食べている。


「ほれ、おかわりだ」

「ありがとう、バッカス。頂くわ」


 改めて確認しようと、コーカスはクリスの手元を注視する。


 クリスは包み紙の上からエシルバーガーを掴む。口元へと持って行く。

 ここまでは何の問題もない。


 大口を開けてかぶりつく。貴族としてははしたないが、別にそこにおかしな様子はない。


 美味しそうに咀嚼し、飲み込んで次の一口へ。

 そのサイクルが異様に早いが、おかしなところはない。


 そうして、二口目をかぶりつき……気がつくと、料理が消えている。


「あれ?」

「かぶりつく回数と減り方が一致してないのでは……?」

「だよな……?」


 しかし、バッカスとミーティは気にしていない。

 それどころか、バッカスは三つ目のエシルバーガーの用意をしはじめている。


 二人が食べないうちにミーティも食べ終わっており、彼女もまたおかわりを頼んでいた。


「量を食べるのは大食漢や育ち盛りで説明がつくが……」

「あのお嬢様の食べ方は一体……」

「…………」

「…………」

「ホルシス」

「はい」

「難しいコトは考えず、楽しもう」

「そうですね」


 やがて二人は考えることをやめ、料理を楽しもうと気を改めるのだった。


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