騎士が来たりて、白バラ目覚める 2
クリスの分の花茶とお茶請けを用意したあと、バッカスは少し離れた場所に椅子をおいて腰をかけている。
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、足を組んで、いかにも不機嫌ですという雰囲気を隠そうとせず。
「バッカス、なんでもそんな不機嫌なんだい?」
「おっさんが言うかね。やらかしの主犯だろ」
「ぐぅ……」
それを言われると……と、シダキは呻いて口を閉じる。
落ちる沈黙に耐えられなかったのか、今度はクリスが謝罪してきた。
「なんていうか、申し訳なかったわバッカス」
「そうだな。揃いも揃って人のお膳立てや気遣いを台無しにしやがって」
「うううっ……」
鍵がかかっていなかったとはいえ、確かに家主の許可無く飛び込んでしまったのはクリスである。
うなだれるシダキとクリスを横目に、バッカスは大きく嘆息して椅子から立ち上がると、壁際に置いてある箱を漁り出す。
箱を漁りながら、背中越しにクリスへと告げる。
「明日の午後、シムワーン率いる騎士隊がこの町に到着する」
「え?」
「バッカス!?」
目を瞬くクリス。
バッカスの名前を鋭く呼ぶシダキ。
箱から剣の柄らしきものを取り出してから、クリスを見ると彼女の顔が僅かに上気しているのが見て取れた。それを見、バッカスは二人に気づかれぬように顔をしかめる。
「だが、お前をシムワーンと会わせるワケにはいかなくてな」
「どうしてッ!?」
「ここでどうしてと訊ねてくる時点で、自分の様子がおかしいと気づけよクリス」
「え? あ。
そうよ……別に、会う必要なんて……でも……」
「シムワーンはお前に呪いを掛けている。自分に惚れるようになる強烈な奴をな。最低のクズだ」
「彼のコトを悪く言わないで!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がるクリスに、バッカスは意にも介さず冷静に訊ねた。
「なんでだ?」
「なんでって……!
……なんでかしら……あれ? バッカス、私……おかしいかも……」
「自覚してくれたようで何よりだ」
感情の安定しない自分に戸惑いを見せるクリス。
「嫌っていいはずなのに、嫌いになれてない……?
むしろ会いたい? あって、だきついて……? なんで? あれ?」
戸惑いながら、無自覚に眦に涙をためていくのを見、バッカスは柄だけの剣に魔力を込めた。
「光よ」
設定してあるキーワードを口にすると、そこにワイヤーフレームで描かれたような刀身が現れる。
「バッカスッ!?」
それを見、シダキが目を見開く。
一方でクリスは、自分の中にうずまくシムワーンへの好意と嫌悪の螺旋に、完全に困惑していた。
「まぁ何だ。クリス。悪いが少し耐えてくれ」
「……なにに?」
言うが早いか、バッカスはそのワイヤーフレームだけの刀身で、クリスを斬った。
「え?」
「は?」
斬られたクリスは目を見開き、それを見ていたシダキもまた驚いたように目を見開く。
次の瞬間ーー
「あぐ……あああああッ!?」
クリスは頭を抱えて、膝をつく。
「む? ちょっと呪いにたまっていた魔力が多いのか? 一時的な気絶で済む想定だったんだが……」
「いや何をのんびりしているんだバッカス! というか斬ったよな? 君、クリスティアーナ嬢をためらいなく斬ったよなッ!?」
クリスの悲鳴のようなうめき声と、掴みかかって叫んでくるシダキ。
双方の騒音にバッカスは眉を
「ああ……頭、痛い……ぐうう……」
やがてプツリと糸が切れたかのように、クリスが倒れる。
「ふむ。思ったより侵蝕が深かったみたいだな」
「バッカス……何をした?」
さっきまでの情けないおっさんの姿から一転、
こういうところは流石だなと思いながら、バッカスは答えた。
「シムワーンが掛けた呪いを斬った」
「は?」
「ちょうど刀身の無い魔剣を作っててな。
物理的な作用を持たず、目に見えない術式や魔力帯を切り裂けたら面白そうだと思ったんだ」
そして、「闇よ」ともう一つのキーワードを口にして、その刀身を消滅させる。
「本来なら苦痛は少ないはずなんだが、よっぽど深いところに根付いてたんだろう。消滅するまでの僅かな時間、クリスを苦しめた」
「君は……」
「見ての通りだシダキのおっさん。
クリスだけじゃねぇからな? クリスはその精神への侵蝕がほかよりも深かったが、大なり小なり同じ呪いを掛けられてる女は多数いる」
「…………」
シムワーンの名前が出てから、クリスの反応はおかしかった。
名前を聞いただけで
「貴族としても、騎士としても、親としても……決断の時だぜ、シダキ・マーク・ドルトンド。
そのどれを選んでも、俺はおたくの選択に敬意を持って応えるさ」
告げて、バッカスは魔剣の柄を投げる。
それを受け取りながら、シダキは顔を上げた。
「銘は『
魔力を流し『光よ』と口にすれば刀身が生える。『闇よ』と唱えれば刀身を消せる。原理的には
そいつを悪友に届けてくれ。悪友の手に届くまでの間、壊さなければ、おっさんがどう使おうと構わない」
「いいのかい?」
「大量生産は無理だが、予備はいくつか作ってある」
「そうか」
しばらく
「お茶、ごちそうさま」
「クリスのことは気にするな。介抱しておく」
「重ね重ね世話をかけるな」
「……今はそんなコトを気にすんなよ。自分のコトだけをを考えときな、おっさん」
「ああ。では、失礼するよ」
シダキは綺麗な貴族式の一礼を見せると、玄関へと向かっていく。
「おっと失礼、お嬢さん。
バッカスなら中にいるよ。少々取り込み中だがね」
玄関のドアを開けた時、誰かがいたらしい。
貴族らしい気取った態度でその誰かとすれ違うと、シダキが階段を降りていく気配がする。
「えーっと、バッカスさん。入って大丈夫、ですか?」
どうやらシダキがすれ違ったのはミーティだったようだ。
恐る恐るという様子で、彼女が玄関から顔を出す。
「大丈夫だ。むしろ、入ってきてくれ。ちょいと頼みたいコトがある」
バッカスはクリスを抱き抱えながら、ミーティに返事をする。
それを受けてミーティが入ってくるなり、バッカスに横抱きされたクリスを見て驚いた。
「え? クリスさん? 大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。少し寝てれば目を覚ますだろ」
「涙のあと、ありません? 痴話喧嘩ですか? それともあのおじさんと一緒にいじめたんですか?」
「どうして俺たちを悪役扱いしようとするんだ?」
ミーティとそんなやりとりをしながら、バッカスはクリスを自分のベッドに寝かせる。
それから、静かに寝室を出て、ドアを閉めてからミーティに答えた。
「ちょっとした呪いの解呪をしてたんだ。
解呪される時、相当な頭痛があったようでな、泣きながら意識を失っちまった」
「それは……相当辛かったでしょうね……って呪い?」
「ちなみに呪いの根元はクリスの元婚約者」
「捨てた後に呪ったんですか?」
「いや。たぶん婚約直前とか婚約中じゃないか?
女を恋に恋する乙女に変える呪いだ。呪いを掛けた男以外、眼中に入らなくなる類のな」
「え? じゃあクリスさんがいろいろ大事なモノを手放したのって……」
「呪いのせいだろうな。男に気に入られたくて、男の言うとおりにしちまってたんだろう」
「最ッ低!」
「俺もそう思うぜ」
そんなやりとりをしながらテーブルを片づけ、新たにミーティ用にお茶とお茶請けを用意した。
「んで、頼みっていうのがだな。
いつぞやと同じように、領主様の屋敷へ手紙を頼む」
「わかりました。寝てるクリスさんのお迎えですね。本当に、前と同じ状況な気がします」
「だな。依頼の内容も前回と同じだ。それでいいか?」
「問題ありません」
もぐもぐとクッキーを食べながら了解を示すミーティに、バッカスはうなずく。
「助かる。ちょっと一筆してくるから、お茶でもして待っててくれ。お菓子のおかわりも置いておく」
「はい! おかわりも頂きますね!」
嬉しそうにお茶請けを食べているミーティに小さく笑いながら、バッカスは手紙を書きに動くのだった。
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