男はみんな、立派な魔剣を持っている 8
来客用のイスを連ねてベッドを作りそこへルナサを寝かせ、仮眠用に用意してあったタオルケットをかけてから、バッカスは本題に入る。
ミーティは仕事の邪魔をする気はないのだろう。
バッカスがストロパリカに向き直った辺りで、少しその場からズレて遠巻きにしていた。
「とりあえず、だ。ストロパリカ注文の品は一応完成している」
「助かるわ。今日の夜に指名予約が入ったから、使いたかったの」
「ただ、正直言っちまうと、俺が――というよりも、魔導工学としても初に近いモンになっちまったんだよ」
「それは、また……予定通りの支払いでいいの?」
「予算内に納めてるからそこは気にしなくていい」
結果として業界初クラスの魔導具になってしまっただけなので、ストロパリカが気にする必要はない。
視界の端でミーティの顔がどんどん
「少し待ってろ」
ストロパリカに告げて、バッカスは工房の奥にある部屋へと入る。
ややして戻ってきたバッカスが持ってきたのは、親指を模した模型と、二つの
片方は指輪サイズ。もう片方は頭用のモノである。
「これは?」
「術式が正常に動くか確認するために作った試作品だよ。
現物はすでに梱包してきた。そのまま持ち運ぶのもアレだしな」
バッカスはミーティを手招きして呼ぶ。
「実物の魔導輪具は三つだ。魔剣バンドを装着する前に、足用と書いてあるやつを両方の太股の付け根に付けろ。
ちなみにこの試作品は右手の親指用な。付け根に付けてくれ」
そう言って、バッカスはミーティに手渡す。
それを受け取ったミーティはそれはもう嬉しそうな表情で、右手の親指に付けた。
「こっちは頭用だ。魔宝石が額の正面にくるように付ける」
同じようにミーティに手渡すと、彼女は喜々としてそれを頭に装着した。
「機能のオン・オフは額の魔宝石で行う。
普段は仕事中は外してるかもしれないが、これを使う時だけは日常用の魔導輪具は身につけておいてくれ」
「わかったわ」
ストロパリカがうなずくのを確認してから、バッカスはミーティに視線を向ける。
すると彼女は心得たとばかりに、額の魔宝石に触れた。
「起動しました。
特に何かあるって感じじゃないですけど?」
「この親指の模型に、左手で触ってみな」
「?」
言われるがまま、ミーティがその模型に触れると――
「ひゃう!?」
悲鳴とともに触れた左手を引っ込めた。
それから、自分の右手に触れながらマジマジと、右手の親指を見る。
「バッカスさん、今の……」
「模型の感覚と、お前さんの右手の親指の感覚を共有してるんだよ」
「へー!」
なんとなく理屈を理解したのか、今度はしっかりと模型に触れた。
「うあ、なんか不思議! 自分で触ってるハズなのに自分じゃないような……」
ミーティの様子を見ていたストロパリカの顔にも笑顔が浮かんでくる。
「ねぇ、私も試してみたいんだけど」
「ちょっと待っててくださいね。今、止めて渡します」
「あ、止めなくていいわよ。コレだけあれば」
「え?」
言うなりストロパリカは親指の模型を手に取ると、妖艶に笑った。
そして、口を開き舌を伸ばすとレロり……と艶めかしくそれを舐めた。
「ひゃわ……ッ!?」
「いい反応ね」
「あ、あの……!」
何か直感したのか、ミーティがストロパリカを止めようとするも、彼女は気にせずに模型を口に含んだ。
ミーティに見せつけるように口の中で弄ぶ姿に、バッカスもバッカスで何となく居心地が悪い。
「なんか、親指が……舐められてるだけ、なのに……うう……」
「ゾクゾクしちゃうでしょう?」
いつの間にかミーティの背後へと移動していたストロパリカが耳元で囁く。
「あぅ……」
「私に掛かれば、言うコトを聞かない悪い子なんて――その指を舐めるだけで、簡単に壊せちゃうの」
「あ、あの……」
「自分の欲望に素直なのはいいけど、お友達に魔術を掛けるのは良くないわ。そういう子はね、もっと欲望と欲求に素直な悪い大人の玩具にされるのがオチなのよ」
やり方はともかく、どうやらストロパリカなりのお説教のようだ。
バッカスもあとでするつもりだったのだが、してくれるのならばそれで良いかと静観することにした。
「うう……」
ミーティの耳元で指の模型をぴちゃりぴちゃりと音を立てるように舐めながら囁く。
「そういう危ない大人の手管によって、アナタは本来の欲求は、悪い大人に仕込まれる別の欲求で上書きされてしまう。元に戻れなくなるくらいまで
「は、はい……」
うなずくミーティの眦から滲む涙は、反省か、恐怖か、それとも別の何かか。
何であれ、お説教とはいえやりすぎなのも困るのでバッカスは軽く制する。
「あんまやりすぎんなよ。ミーティが変な扉を開けたらどうすんだ?」
「その時はちゃんと責任はとるわよ?」
あっけらかんと口にするストロパリカに、バッカスは肩を竦める。
「冗談よ」
そう言うと、ストロパリカは妖艶な雰囲気を霧散させてから、ミーティの額の魔宝石に触れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ペタリとへたり込んでしまうミーティに、ストロパリカは優しい眼差しで見下ろした。
「魔導具への情熱を注ぐコトは悪いコトじゃないのよ?
でもね、周囲を省みなさすぎる行いは、それをやりすぎた時に、巡り巡って大変な出来事として還ってくるモノなの。気をつけないさいね」
「は、はい……」
息も絶え絶えにうなずくミーティに、柔らかな微笑みを返してからストロパリカはバッカスに向き直る。
「舐めちゃったし、これも貰うわ。使い道はいくらでもありそうだしね。いくら?」
「それくらいならタダでいいよ。むしろこっちからの迷惑料として収めてくれ」
「それじゃあ遠慮なく」
「一応、魔剣バンドの方にも説明書は付けてあるから、使う前に目を通しておいてくれ。専用の機能もいくつか付けてある」
「分かったわ」
「ただ、どの機能も初めての試みのモノが多いんだ。気づいたコトや不具合があったら、すぐに言ってくれ。
説明書を無視したり、不具合を放置したりして怪我をするのはお前さんだけでなく、お前さんの遊び相手もだからな。下手したら遊び相手の方が酷い怪我をする可能性がある」
「心しておくわ。色々ありがとう」
丁寧にお辞儀するストロパリカに、バッカスは肩の荷を降ろすように息を吐く。
楽しい作業ではあったが、だからといって疲れないワケではないのだ。
何であれ、あとはストロパリカから報酬を貰えばこの仕事も一段落である。
バッカスがそう思っていたところに――
「あのー……」
なぜかクリスの声が聞こえてきて、バッカスの顔がひきつっていく。
「なんで気配を消してるんだお前は」
「いやその、ミーティちゃんが変な声出してたから、その……」
顔を真っ赤にしているクリスを見、思わず頭を抱えるバッカス。
「ここは、いつからそのぉ……卑猥なコトを楽しむお店になったのかしら?」
「それに関しては完全に私のせいだわ。ごめんなさい」
「ええっと、貴女は?」
「これの依頼人なの。この子はちょっとイケナイコトをしてたから、お仕置きをね」
「イケナイコト……!」
クリスが目を見開き、耳まで顔を朱に染める。
ストロパリカの釈明は、どうやら逆効果だったらしい。
「どうして俺の周りの女どもは、誤解ばかり招くんだよ! ホントそろそろいい加減、幸運を招いてくれッ!!」
居たたまれなくなったバッカスはそう叫ぶ。
それに対し――
「い、言い訳なら聞くわよ、バッカス」
――なぜか戦闘でもするかのように身構えるクリス。
とはいえ、言い訳を聞こうとしてくれるのは大変ありがたい。
「素直に聞き入れる態度になってくれるのは助かる」
「出来れば食事をしながらを望むのだけれど」
「結局お前はそれかよ」
「今日はパスタの気分ね」
「日に日に図々しくなってるな」
「オタモーツ系のソースがいいわね」
「要求が細かいな」
盛大にして非常に長時間の嘆息を漏らしたあと、バッカスは椅子から立ち上がる。
「ストロパリカ。昼は食ったか?」
「えーっと、まだだけど?」
突然の質問に理解が出来ないのか、ストロパリカは首を傾げた。
逆にそれだけで意味を理解できたハラペコ騎士は手を叩く。
「分かったわ! 彼女の分も上乗せで問題ない。三人分の支払いをするからよろしくね?」
「あそこでルナサが寝てるんだけどな」
「じゃあ四人分で。でも何で寝てるの?」
「ミーティから事情聴取しとけ。俺は準備してくる。
人数的に部屋だと狭いから、
「はーい」
あれよあれよと進んでいく会話に、ストロパリカは置いてけぼりだ。ちなみにミーティは放心したままである。
工房から外へ出ながら、バッカスはぼんやりと考える。
……注文はパスタ。しかも
そして今日のランチ仲間の中に幻娼のストロパリカもいるとなれば、メニューは決まったようなものだろう。
「こういうのもお誂え向きって言うのかね」
ぐったりとうめきながら、バッカスは工房横の階段を上っていくのだった。
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今日は次の準備が出来次第もう1話行きます!٩( 'ω' )و
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