アンデッドには、昼も夜もない 4


「身体に刃の刺さったゾンビ……か」


 ルナサの報告を受けて、ギルドマスター・ライルが下顎を撫でながらうめく。


 実際、ギルドの床には凍り付いたストレイの手が残っているので信憑性などを疑う気はない。


「うん。よく報告してくれた。ストレイの手の件もお手柄だ。

 バッカスも言ってたが、魔術士としても何でも屋ショルディナーとしても将来有望だ嬢ちゃんだな」

「え? アイツが……」


 人格はともかく能力は本物のバッカスが、陰で自分を褒めてくれていた事実に、ルナサの頬が無自覚に緩む。


「それに、報告の前にもう一人の嬢ちゃんを学園へ行くよう指示したのも悪くない判断だ」


 ミーティは、既にギルドにいない。

 ライルへの説明は自分がやるからと、ルナサが学校へ行くように頼んだのだ。


 エメダーマの森にゾンビ化した餓鬼喰い鼠が出た以上、ほかにもゾンビ化した魔獣がいても不思議ではない。

 そうでなくても、餓鬼喰い鼠というエメダーマに生息していない魔獣が再び現れたのだ。


 そんな場所へ、いつもの感覚で気軽に出かけられたら、何が起こるか分からない。

 生徒たちへの注意喚起をしてもらう為、ナキシーニュ先生か校長先生への伝言をミーティに頼んだのである。


「誰でも良いと言わず、告げるべき相手を明確にしたのも良いと思うぞ」

「そ、そうですか」


 続けて褒められて、ルナサのさらに口角がひくついた。

 真面目な場面なのであまりニヤけるのはよろしくないと思うのに、口元が動いてしまう。


「さて、嬢ちゃんは一度帰っていいぞ。

 嬢ちゃんがしてくれた報告を受けて、どう動くかを考えるのがギルドマスターの仕事だからな」

「いや、でも……」

「初めて人に向けて攻撃魔術を使ったんだろ?」

「……はい」

「剣なんかの武器と違って、魔術ってやつは手応えのようなモノを感じづらいらしいからな。

 学校での授業や、自主鍛錬で気軽に使っていたモノが、実は危険なモノだったと嬢ちゃんは自覚したんだ。

 今はまだ興奮やらなにやらで実感はないかと思うが、実感が湧いてきたらやばいぞ」

「やばい、ですか?」

「おう。何でも屋ショルディナーや騎士、傭兵なんかが、『新人病』と呼ぶ症状が出てくるはずだ」

「新人病?」

「もう一人の嬢ちゃん含めて、今日は枕元に水と洗面器でも置いておけ。

 夜遅くか、明日の朝か――いつになるかは分からないが、間違いなく突然目が覚めて吐くぞ」

「え?」

「今日だけは親と一緒だったり、デカいぬいぐるみを抱きしめたり、何なら仲の良い友人に近くにいてもらいながら寝た方がいい」

「ええっと、よくわからないけど、わかりました」


 あまりにもギルドマスターが真剣に言うので、ルナサは素直にうなずく。


「ああ、それと。どんなにシンドくても、明日はギルドに顔を出してくれ。

 今日の件の報酬を用意しておくし、聞きたいコトや話たいコトが増えてると思うからな」

「はい」

「それじゃあ、気をつけて帰れよ」


 そうしてルナサがギルドから去っていくのを見送ったところで、ストレイのパーティメンバーである女性ブーディがライルに声を掛ける。


「ギルマス、あの子たち大丈夫かしら?」

「さぁな。新人病だけは、どうにもならんだろ」


 新人病は、初めて人を殺したり――そうでなくとも、人を殺せるようなチカラを魔獣などにぶつけるなどした時になることの多い精神病のようなモノだ。

 無自覚に自分が使っていたチカラの危険性などを自覚することで、多大な精神負荷による体調不良を引き起こす。


「稀に掛からない人もいるけど?」

「そういう頭のネジが足りない奴と一緒にしてやるなよ。あの二人は間違いなく掛かるさ」

「真面目で優しそうな子たちだものね」


 ミーティは直接手を出してないそうだが、友人が腕を切り落とし、その上で、ゾンビ化進行状況確認の為に、ストレイの腕の断面を見ている。


 そもそも人が変じたゾンビと遭遇するだけで、結構キツいものがあるのだ。


「それよりストレイはどうした?」

「治療院に行ったわ。落とした手があんな状態だから、再生は無理そうだけどね」

「知り合いの魔導技師を紹介してやるよ」

「バッカス君のコト?」

「説得できりゃこの上なく上等な魔導義手を作って貰えるぜ」

「彼の説得とか、難しそうなんだけど?」

「旨い酒か高い酒。あるいは珍しい食材を一緒に持ってくと説得しやすいかもな」

「それ説得っていうかモノで釣ってるだけじゃない」

「似たようなモンだろ」


 ライルはブーディと軽口を叩きあってから、小さく息を吐く。

 それでお喋りは終わりだと、ブーディは判断すると、軽く挨拶をしてライルの元を離れていった。


「しばらくは、実力のない奴がエメダーマとモキューロには行かないよう手配するとして……あとはバッカスとクリスはどんな情報を持ってくるか次第か」


 とはいえ打てる手は打っておくしかないだろう。


「誰か領主邸へひとっ走り頼みたい」


 最悪、王都から討伐部隊の派遣を願う必要があるかもしれない。

 その為には、事前に報告をしておき、必要な時に流れが淀まず進むようにしておきたかった。



     ○ ● ○ ● ○



 日が暮れた頃。

 ギルドマスターの執務室。


「モキューロの森を中心に汚染が進んでいると言っても過言じゃなさそうだな」


 戻ってきたバッカスとクリスからの報告を受け、ライルは頭を抱える。


「こっちもライルからの話を聞いて納得した。

 折れた刀身は本物の剣じゃないんだな。恐らくモキューロの森のどこかに、原因となった魔剣か何かが転がってる可能性がある」

「あの森から原因となる武器を一つ探すなんて、かなり難しいわよ」


 バッカスの言葉に、クリスは顔をひきつらせる。

 それはライルも同感だった。


 回収の必要はあれど、森の中から魔剣を探すことは骨が折れるどころではない。


「とりあえず回収した刀身は知り合いの魔剣技師とちょっと調べとくわ」

「頼んだ。正直、どう扱って良いのかも分からなかったしな。ストレイの手も持ってくか?」

「そうだな。義手作るためのサンプルも必要だしよ。

 後日、連中に俺の工房に来るように言っといてくれ」

「わかった」

「格安で引き受けるが、赤字分の補填はおまえに頼るからなぁ、ライル」

「……ぐ、分かったよ」


 一瞬うめくものの、バッカスに負担を掛けるのは事実なので、ライルは言葉を飲み込みうなずいた。


「そうだ。バッカス、クリス。話は変わるんだが、嬢ちゃんたち……恐らくは新人病を発症するぞ」

「だろうな。ゾンビを見た上に手を切り落としたとあっちゃ、そうもなる」

何でも屋ショルディナーだろうと騎士だろうと、盗賊やら海賊やらの犯罪者と事を構えるコトになるんだから、いずれは遅かれ早かれってところはあるけど」


 クリスの言うことももっともだ。

 だが、敢えてバッカスは皮肉げに笑ってみせた。


「ミーティは職人希望だぞ。何でも屋なんて片手間なんだから、本来新人病とは縁がないんじゃないのか?」

「そうでもないわよ」


 だが、クリスは即座に否定して見せる。


「ミーティちゃんは、貴方に憧れているもの。

 必要な素材は自分の足で集めてくる――そんな職人を目指しているんだとしたら、やっぱりいずれは通る道でしょ?」

「まぁ……そうか。そこを目指しているってんなら、そうだな。

 だとしたらミーティも大変だよな。戦闘新人病だけでなく、職人新人病もいずれ直面するかもだしな」

「なんだ? 職人にもあるのか?」


 話を聞いてたライルが不思議そうに訊ねてきた。

 クリスも興味がありそうだ。


「まぁ戦闘新人病と比べると、直面する機会は少ないがあるにはあるぞ」

 

 そう前置いて、バッカスは口にする。


「ようするに自分の道具が意図とは違う使われ方に直面するコトだな。

 最悪、それで人殺しだの窃盗だのに使われている時、純粋すぎる職人ってのは、一時的にモノを作れなくなる」

「それって武器職人もなるの?」

「なるぞ。というか、武器職人に多い。

 騎士や何でも屋、傭兵たちが無辜むこの民を守る為に振るってくれるって信じている新人は多いからな」

「なるほど、純粋だわ」


 武器なんてものはとどのつまりは人殺しの道具だ。

 無辜の民を守る為に振るわれるかもしれないが、その対象が犯罪者であったり敵国の兵士だったりするのが常である。


 相手の属性や所属が何であれ、人を傷つける為の道具であることには変わりない。


「武器作っている時点で気づけ――というのは酷なのか?」


 ライルの問いにバッカスは肩をすくめる。


「意識と現実の隔たりってのは結構デカいのさ。人殺しの道具を作っているって自覚はあっても、実際それで人が殺されているところを見ると強い衝撃があるってワケだ」


 どちらの新人病であれ、直面してしまったならば乗り越えるしかない。

 こればかりは、助言や簡単なケアを出来ても、真に先へ進むとなると、本人が越えていくしかないのだ。


「クリス、悪いが明日はそれとなく二人の様子を見てやってくれ」

「いいけど、バッカスは見ないの?」

「ムーリーのところに行ってくる。もう少し、刃に関する情報がほしい」

「分かったわ」


 クリスが納得してくれたところで、今日はお開きだ。


「さて、俺は帰るぜライル。

 何かあれば声を掛けてくれて構わないが、ギルドと何でも屋に出来ることは、自分らでやってくれ」

「分かってる。情報収集、助かった」


 バッカスに頭を下げるライルに、クリスが訊ねる。


「王都から騎士の派遣を頼むのかしら?」

「そのつもりだ。うちのギルドじゃ腕利きが足りなさすぎるからな」


 腕利き筆頭がストレイとロックなのだが、その片方が文字通り手を失ってしまったのは意外と大きい。


「なら、中央騎士たちが来た時用に備えておかないとね。

 状況によっては騎士として駆り出されそうだし」

「元騎士も大変だな」

「ふふ。いずれはまた帰ろうかなとは思ってるから、問題はないんだけど」


 そうして、クリスは席を立つ。


「クリスも情報収集ありがとうな」

「どういたしまして。

 ライルさんは、何でも屋としては新人の私に、わざわざ少し上の階級証を用意してくれたんだもの。そのお礼くらいは果たさないとって思っているだけだから」


 ライルに笑い掛けるクリスを見、バッカスは思わず言葉をもらす。


「不正か?」

「してねーよ! 最初からある程度の知識や実力のある奴を、少し高めの階級からスタートさせられるって規定があるんだよ」

「知ってるよ。からかってるだけだ」


 いつも以上に皮肉っぽい笑顔を浮かべ、バッカスも立ち上がる。

 立ち上がった二人を見ながら、ライルは改めて頭を下げた。


「二人とも改めて、ありがとうな。かなり助かったよ」

「おう。んじゃ、またな」

「ふふ、失礼しますね」


 そうして二人が部屋を出ていってから、ライルは盛大に頭をかきむしりって、それから気合いを入れ直す。


「さて、嫌な忙しさが続きそうだな」


 だがそれでも文句は言っていられない。

 必要なことを解消したり用意したりする為に、ライルは机に向かうのだった。

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