アンデッドには、昼も夜もない 5


 ムーリーの店――ではなく工房で、バッカスとムーリーは、件の刃を調べている。


 彼の自宅兼工房は、お店の裏手にあり、お店の方で何か起きてもすぐに行ける距離となっていた。


 その工房で、ムーリーは刃から読みとれる術式を見て顔をしかめる。


「気持ち悪いわね、これ」

「だよな」


 読みとりづらい呪詛のような術式。

 刀身が持つ妙に淀んだ魔力。


 ふつうに魔剣を作ろうとしたらこんな術式にはならないし、魔力もここまで淀まない。


 どれもこれも、気持ち悪いと言い表すのがピッタリだ。


「情報を統合すると、自己増殖してる感じかしらね」

「増殖するのが目的なのか、増殖した先に目的があるのか悩ましいところだけどな」

「どっちの目的であっても、ゾンビの増え方は無節操じゃないかしら?」

「そりゃあ、新しく生えた刃でも引っかければゾンビ化するからだろ」

「そうなんだけど、それにしたって無節操でしょう?

 魔剣の実験した時に残った破片が原因とかの方が、しっくり来る気がするわよ」

「そうか、その可能性もあるのか。

 しかしそうなると、なおさら解決が難しくなるな……」


 バッカスは頭を掻いて嘆息する。

 ムーリーの推測が正しかった場合、一振りの魔剣を探すよりもさらに難しい。


「作った人の性格も悪そうよね。試作段階でこの規模の問題が生じるコトに気づかなかったのかしら?」

「気にしてない可能性があるぞ。たまにいるだろ。自分の作りたい魔剣や魔導具が作れればよくて、それによって生じる諸問題に我関せずな奴」

「あー……いるいる。その手の人、アタシは大嫌いよ」

「俺もだよ」


 道具を悪用するものは当然いる。

 作り手がどれだけの思いを込めたものであろうとも、使い手に悪意があれば悪用されてしまう。


 だから、魔剣や魔導具を作る職人たち――特に魔剣のようなオーダーメイドのワンオフ品の作り手――は、それを見越した安全装置をつけておくことも多い。


 だが中には作りたいから作った。実験したいからした――というだけで、使い手が大怪我しようが、使い手が悪用しようが、まったく気にしない者というのがいるのだ。

 そういう者たちは、安全装置なんてそもそも頭にない。

 例えば、今回のゾンビのような騒ぎが起きても、「それに自分が何の関係があるの?」と本気で言ってくる。


 バッカスとムーリーは、この刃から、そういう作り手の無責任さのようなモノを感じていた。


「バッカス君、もう一つだけ、嫌な推測があるんだけど」

「今更だな。何を推測したって嫌な内容にしからなんだろ」


 やけくそ気味な皮肉を口にして、バッカスはムーリーの言葉の先を促す。それに、ムーリーはうなずく。


「ゾンビ化する刃の増殖は副産物。

 本来あるいは本体にはまったく違う効果だったりするかな、って」

「なるほど、嫌な推測だな。

 何が嫌かって、それが事実であった場合、この刃をどれだけ調べたところで答えがまったく見つからないってところが、特に嫌だ」

「だから言ったじゃない。嫌な推測って」


 何であれ、この刃の破片でもろもろ推測するにも限界があるということは間違いなかった。


 ムーリーも同じ結論に至ったのだろう。

 机の上に乗っている刃を丁寧に布で包んでいく。


「ま、今日はこのくらいかしらね。お返しするわ」

「ムーリーがこういうのを悪用するような奴じゃなくてよかったよ」


 それを受け取って、腕輪に収納しながらバッカスが言うと、ムーリーは軽く肩をすくめる。


「興味がないワケじゃないわよ。むしろ興味はアリアリね。

 とはいえ、趣味じゃないのよ。こんな誰も幸せになりようのない効果は、アタシの趣味と全く合わない」

「誰も幸せになりようのない効果ってのは同意だな。何を考えてこんなもん作ったんだか」


 誰とも知れない奴の作った魔剣の後始末。そんなものをやらされる身にもなってほしいところだ。


「そうだ、バッカス君。お腹すいてない?」


 使った道具などを片づけながら、ムーリーが訊ねてくる。

 それに、バッカスは自分の腹をさすりにながらうなずいた。


「ん? すいてるけど、それがどうした?」

お店ウチのまかない。食べてってちょうだいな」

「お? いいのか? んじゃあ、お言葉に甘えさせて貰いますかね」


 そうして、片づけを終えたムーリーに案内されるように工房から出て、お店の裏口へ向かう。

 そこから従業員用の控え室のようなところへと通された。


「狭くて悪いわね」

「問題ないな。ごちそうして貰う側だしよ」

「そう言って貰えると助かるわ」


 笑いながら、ムーリーはいくつかあるテーブル――というより机という方が正しいか――から椅子を引き、バッカスに座るように促す。


「それに綺麗な裏方だと思うぜ」


 その椅子に腰を下ろしながら、バッカスは素直な感想を口にした。


「その辺りは気を使ってるし、お店の子たちにも気を使って貰ってるのよ。

 工房はアタシの為のアタシの城だから散らかってても気にならないんだけどね。お店って、アタシの城ではあるけど、でもアタシだけの城じゃないでしょう?」

「そういう考え方、嫌いじゃないな」


 とはいえ、工房もそこまで散らかっている印象はないので、ムーリーの根が綺麗好きというのもあるのだろう。


「ちょっと準備するから、待っててもらえる?」

「ああ」


 軽く手を振って厨房に向かうムーリーを見送りながら、バッカスは周囲を見回す。 

 

 ごちそうになりに来ているはずなのに、前世のバイトの面接の待ち時間を思い出して――何となく身動みじろぎなんかをしてしまう。


 何とも落ち着かない心地のまま、バッカスはぼんやりと考える。


(なんか落ち着かなくなって身動ぎしてしまう魔剣とかどうだろうか)


 自分で思考しておきながら、何がどうだろうか――なのだろうか。


(ま、そういう意味のない面白効果というかパーティのジョークグッズ的な効果を持つ魔剣とかあってもいいんだよな)


 存在意義のない魔剣。

 案外、そういうのを作ると見えて来るものもあるかもしれない。


 そんな益体も無いことを考えていると、ムーリーがお皿を持って戻ってきた。


「お待たせ」

「むしろ早いと思うぞ」

「ありがと」


 バッカスの前にお皿を置きながら、ムーリーが笑う。


「見栄えは悪いけどね」

「余り物の組み合わせたまかないってのは、店の裏方でしか味わえないレア料理だろ? 結構好きだぜ」

「つまり、こういうの初めてじゃないのね?」

「おう」


 楽しそうにうなずきながら、バッカスはムーリーが出してきた料理を見る。


エシルのバター炒めに、パスタ用のミートソースを掛けて、チーズを乗せた感じの奴だな」

「正解。見ただけで当ててくるんだから、もう……。

 ちなみに一緒に乗ってる大きなソーセージはおまけよ」

「ありがとさん」


 自分の分も用意してきたのだろう。

 バッカスの横に椅子を持ってきて、ムーリーもそこに座った。


「いただきます」


 示し合わせたワケではないが、一緒に食神への祈りを捧げて、スプーンを手に取る。


 まずはバターエシルだけ。

 バターの風味と、仄かなニンニクチルラーガの風味。味付けも食材もシンプルながら、飽きることなく最後まで食べれる味になっている。


 ミートソースと一緒に食べても喧嘩せずに調和する。


 そのミートソースも、トマトオタモーツの優しい酸味と、肉の甘みとコクをしっかりの感じられる一品だ。

 バターエシルと一緒に食べることで、まろやかに、だけどしっかりとした食べ応えを感じる味になる。


 チーズも一緒に食べれば、コクと旨味はより強くなる。

 ともするとしつこくなりそうな組み合わせながら、不思議とスルスルと食べ進められる。


 まかないとはいえ、その辺りの食べやすさや食べ心地は、ムーリーがこだわっているところなのだろう。


「美味いな」

「ふふ、ありがとう」


 ソーセージも良い味だ。

 元々質の良いソーセージを、一度軽く茹でてから、フライパンで焼いたのだろう。

 皮に包まれた肉がみっちり詰まったそれに噛みつけば、中から肉汁が溢れ出してくる。


「バッカス君。このバターエシル。もうちょっと売れそうな方法ないかしら?」

「人気無いのか?」

エシル料理そのものがイマイチなの。

 お店の子たちからは、バターエシルは結構人気なんだけど」


 前世で食べたバターライスと比べても、ムーリーのコレは非常に質が高い。だが、人気がないと来た。

 食べて貰えれば人気が出そうなのだが……そもそも食べようとする人が少ないのだろう。


「これ、単体で出してるのか?」

「どういうコト?」

「個人的には、なんだが……バターエシルだけを一品料理として出すのは手が出しづらい。味を知ってる俺でも、って意味だぞ」

「なら、どうすればいいかしら?」

「肉料理や魚料理と一緒に出す。ようするにパンダエルブの代わりに、こいつを食べる形だ」


 この辺りは前世でよく見たセットメニューの考え方だ。

 ムーリーの店では元々ランチセットなどもやっているのだから、無理なく受け入れられることだろう。


「付け合わせのパンダエルブエシルに変更可能、みたいなのも良いかもな」

「なるほど」


 バッカスの提案に、ムーリーの脳が色々と計算を始めだしたようだ。


「何なら最初は知って貰う為に、パンダエルブを一緒に提供する料理に、小皿でバターエシルを出してもいいかもしれないぞ。

 まだまだエシルは知名度が低いから、まずは知ってもらうところから、ってな」


 そんなムーリーの様子を伺いつつ、バッカスは思いついたことを口にしていく。

 ムーリーはそんなバッカスの顔を見ながら、ふと心の底から思ったことを口に出した。


「……バッカス君。商人としてもやっていけるんじゃないの?」

「嫌だよ。面倒くさい……交渉だの腹のさぐり合いだのってのは、好きじゃあない」


 露骨に嫌な顔をしてバッカスは否定する。


「まぁアタシもあんまり好きじゃないわね。お店経営なんてしていると、どうしても必要になる場面はあるんだけど」

「そういう時、こんな面倒なコトしたくて食事処を開いたワケじゃねぇ! ってならないのか?」

「なるわよ。余計なコトせずに、料理と魔剣作っていられれば、それが理想だもの」

「ままならねぇよな」

「ままならないわねぇ」


 そんな雑談をしているうちに、バッカスは出された料理を綺麗に平らげた。


「ごっそさん。マジで美味かったぜ」

「お粗末様。そう言って貰えると嬉しいわ。お皿、そのままでいいわよ」


 ムーリーの言葉にうなずき、バッカスは立ち上がる。


「もうちょっとゆっくりしていってもいいのに」

「そうしたいんだがな……。

 急ぐ必要はないが、やっておきたいコトはあるんだよ」


 その言葉で、何となくムーリーは察した。


「ほんと、面倒な魔剣が現れたわね」

「全くだ」


 揃って嘆息し、バッカスは顔を上げる。


「それじゃあ、失礼するぜ」

「ええ。次はもう少し楽しい魔剣のお話か料理の話がしたいわね」

「同感だよ」


 そうしてバッカスはムーリーのお店を後にするのだった。


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