アンデッドには、昼も夜もない 3

きまぐれに本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 急いで領都まで戻ってきたルナサとミーティは、そのまま何でも屋ショルディナーズギルドへと駆け込んだ。


 慌てて入ってくる少女二人を見て、小馬鹿にするよな顔をする者たちもいる。

 だが、彼女たちはそれを無視する。


 多くの利用者は、彼女たちが出入りしているのを知っているし、下級向けの仕事なら難なくこなしているのも見ているからだ。


 何より、彼女たちの様子は、普段の彼女たちを知っている者からすれば異様な感じに見えたのだから、警戒もするだろう。


 ルナサとミーティは一目散にカウンターへと駆け寄ると、受付の女性に声を掛ける。


「バッカスとクリスさんから伝言ッ、至急ギルマスにって!」


 端的に、ルナサはそう告げた。

 一から状況を説明するべきかもしれないが、悠長にしている余裕はない。


 受付嬢に、ギルマスに……と一回一回説明する時間も勿体ない。

 ならば――と、とっととギルドマスターに説明するべきだろうと判断したのだ。


 もっと言えば、ミーティが餓鬼喰い鼠に誘拐された時、真っ先にバッカスに声が掛かったことを思い出したというのもある。


 ギルドはバッカスを信用しているようだし、無視はしないのでは? と。


 ――ルナサはそう考えた。


「ルナサちゃん、よっぽどのコトみたいね。待ってて、呼んでくるわ」

「お願い!」


 そして、ルナサのその考えは功を奏したのだろう。

 受付の女性は即座に判断を下し、ギルドマスターを呼びに行ってくれるようだ。


 受付の女性が席を離れるのを確認すると、ルナサはすぐに身体を反転させて、ギルド内を見回す。


何でも屋ショルディナーのみんなッ、これからモキューロに行く予定なら、それは一旦待ってッ!

 ギルマスに判断を仰ぐ内容だけど、モキューロでちょっとふつうじゃないゾンビの群れが出たのッ!」

「ちょっとふつうじゃないゾンビだってさ! はははは! お嬢ちゃんからすればゾンビはどれもふつうじゃないんだろうな!」

「うるせぇ! 馬鹿は黙ってな!」


 必死なルナサを馬鹿にした者は、即座に周囲から黙らされる。

 その馬鹿に同調しようとした者たちも同様だ。


 やりこめられている馬鹿を横目に見ながら、一人の軽薄な雰囲気の男性剣士がルナサに訊ねる。


「ルナサちゃん。君の伝言はバッカスとクリスちゃんからだと言ってたな? 二人は?」

「色々気になるコトがあるから森の様子を見てくるって。だから伝言を頼まれた」


 うなずくルナサを見て、僅かに逡巡した男性は一つうなずく。


「よし。うちのパーティは、出発見合わせるぞ。

 バッカスとクリスちゃんが二人で様子を見ると判断している事態だ。

 何かあった場合、即座に動けるパーティがいた方がいいからな」


 彼のパーティはそれに意を唱えることはなかった。

 それだけ、バッカスとクリスが信用されているということなのだろう。


「ふぅ、あとはギルマスに説明するだけね」

「ルナサ……すごいね」


 物怖じすることなく立ち回ったルナサに、見ているだけだったミーティが、何とも言えない顔でそう言った。


「ありがと。でも、やるしかなかったから」

「それはそうなんだけど……」

「何であれ、すんなり進んで良かったわ」


 まだギルマスへの報告が残っている。

 だが、そのギルマスへと取り次ぐまでに懸念があったのだ。


 小馬鹿にされたり、取り合って貰えなかったり。

 だけど、その辺りが問題なく、円滑に状況が動いてくれたのは、本当にありがたかった。


 そうして、ルナサとミーティの二人がギルドマスターを待ちつつ、上がった呼吸を整えていると――


 バンッ! と大きな音を立てて、ドタドタと入ってくる集団がいた。


「慌ただしい奴らが千客万来だな」


 誰かが冗談めかして口にするが、声色は固い。

 

「どうした?」

「エメダーマの森に、また餓鬼喰い鼠が出た!」

「誰かが中途半端に傷つけたのか、折れた剣が突き刺さってたのよ」

「しかも妙にタフで、なかなか倒せなかったんだ」


 聞こえてくる報告に、ルナサとミーティが顔を見合わせる。

 そして、ミーティが声を上げた。


「あ、あの! その刺さってた剣で、誰か、怪我とかしませんでした!?」

「え? ああ。大したコトはないぞ……」

「見せてください!」


 大柄で筋肉質な魔術士風の大男が左手の甲の怪我を見せてくるなり、ミーティはその手を取った。


「ほら、大丈夫だろ?」

「いえ……これは……」


 ミーティがその傷口を確認すると、顔をしかめる。

 それを見て、魔術士の男性は困ったような顔をした。


「どうした嬢ちゃん、深刻そうな顔を……ぐっ」


 だが、ミーティへの問いの途中、急に苦しみ出す。そしてミーティを振り払うようにしながら、たたらを踏んだ。


「きゃあ!」

「ミーティ!」


 咄嗟にルナサがミーティを支える。

 そして、視線を魔術士の方に向けると、彼は左手首を押さえながら苦しみだしていた。


「みんなッ、その人から離れてッ! ルナサッ、あの剣……やっぱり生き物をゾンビに変えるモノみたい!」


 ミーティが傷口を見たとき、奇妙な魔力の淀みというか流れを感じたのだ。

 魔術士である彼本人も気づいていなかった、奇妙な淀み。


 今はそれが手の甲を中心にして全身に広がろうとしている。


「ゾンビって!」

「そうかッ、あの餓鬼喰い鼠が妙にタフだったのは……!」

「ストレイッ!」


 魔術士の男性――ストレイという名前らしい――の左手の甲に、刃が生えてくる。そしてそこを中心に皮膚がゆっくりと乾きひび割れていっているのが見て取れた。


 あまりにも異様な光景に、誰もが動きを止める。

 どうすれば良いのか、この場に居るベテランたちでも判断が付かない状況。


(これからするコトは半ば賭け。根拠があるワケじゃない。だけど――)


 その中で一人、物怖じすることなくストレイを見据え、まっすぐに右手を掲げた少女が一人。


(チカラがある者は、チカラがある者なりの責任を果たすべきッ!

 それを出来るチカラが自分自身にあるのにやらないのは、持論に対する怠慢だッ!)


 心の中で自分自身を叱咤して、ルナサは魔術発動の準備をする。


 魔力帯キャンパスを展開し、緑の神のチカラを中心に、青の神の眷属たる大気の神に祈りながら、術式を組み上げていく。


「ルナサッ!?」

「嬢ちゃんッ!?」


 ミーティが目を見開く。

 術式を読みとれた者たちも、急に何を始めるのかとルナサを見る。


「風乗り狐のきりきり舞ッ!」


 術式へと魔力を通し、呪文を口にして魔術を発動させる。

 ルナサが掲げた右手から、風の刃が放たれて、ストレイの手首を切り落とした。


「止血ッ!」


 言うだけ言うと、ルナサは再び右手を掲げ、再び魔力帯を展開。


 次は何をする気なのか――と、ルナサが展開する魔力帯を理解できる者たちが視線を巡らせれば、それは床に落ちたストレイの手を包むように展開されているのに気づく。


 甲に現れた刃はだいぶ大きくなっている。

 刃の突き刺さったような姿となったストレイの手が、勝手にカサカサと動いている。


「ひッ!?」


 誰かが悲鳴のような声を上げた。

 今さっきまで人の手だったモノが、理解できない何かへと変化してしまっている光景に、誰もが理解が追いつかない。


「冷やし狸の雪合戦ッ!」


 そんな混乱の渦中にあっても、少女の冷静な声が響く。


 魔術によってストレイの手を凍り付けにする。

 それでもルナサは手を掲げたまま様子を伺い――どうやら完全に沈黙したと判断すると大きく息を吐いた。


 次の瞬間、ヘナヘナと床に腰を落としてしまう。


「ルナサ!」

「は、はは……急に、チカラが抜けて……」


 ミーティが駆け寄ってルナサに触れると、彼女は身体を小刻みに震わせている。


 人に向けて魔術を使ったことはなかったし、もっと言えば人を傷つける為に魔術を放ったこともない。

 いくら相手を助ける為とはいえ、手首の切断なんてことをしてしまったことに、今更ながら怖くなってきたのだ。


「貴女ッ、ストレイに何を……ッ!」

「待て……ッ、ブーディ……ッ!」

「ストレイ?」


 床にへたり込むルナサに、ストレイの仲間の女性が怒りをぶつけようとする。それをストレイ本人が制した。


「すまん嬢ちゃん。助かった。そして嫌な役をやらせちまった」

「い、いえ……えっとストレイさん? が、無事だったなら、それで」

「ストレイ? 何を言ってるの?」


 ほとんどの人が理解できないという顔をしている中、ストレイは手首から先のない自分の腕を見つめ、近くにいた剣士――さっきルナサの忠告に耳を傾けてくれた人だ――に声を掛けた。


「ロック。腕をもうちょい詰めたい。この辺りを斬ってくれ」


 切断された手首部分から、子供の拳一つ分くらいの辺りを示すストレイに、声を掛けられた男性――ロックは意味が分からないという顔をする。


「は?」

「いいから早く斬ってくれ。嬢ちゃんの英断を無駄にしたくない」

「わ、わかった……」


 それでもストレイの迫力に気圧されたのか、言われた通りの場所を切り落とした。


 ストレイは即座に自分の腕を魔術で止血する。

 続けて、床に転がった手首の輪切りを凍結魔術で凍らせた。


「オレの傷を見てくれた嬢ちゃん。もう一度見てもらっていいか?

 自分でも確認したが、一応、別の奴にも見てもらいたいんだ」

「えっと、はい……」


 腕の切断面なんて本当は見たくないミーティだったが、それでもストレイの言葉の意味を理解できたので確認する。


「たぶん、大丈夫です。淀みのようなモノは、なくなってますから」

「そうか。改めて礼を言うよ二人とも。ゾンビにならずに済んだ」


 ルナサとミーティに頭を下げるストレイ。

 だが、周囲はいまいち理解が出来ない顔をする。


 それを見、ストレイは大きく息を吐いた。

 額に冷や汗を滲ませつつ、周囲へ向けて説明を口にする。


「オレたちが戦った餓鬼喰い鼠に刺さっていた剣。あれは、生き物をゾンビに変えるモノだった。そうだよな、嬢ちゃんたち?」


 ルナサとミーティがうなずくのを確認すると、ストレイは話を続けた。


「そしてあの剣は、あの剣で付いた傷から分体のようなものを生やして、ゾンビ仲間を増やしていく。実際、オレの左手はゾンビになってたワケだ」


 床に落ちたストレイの手が勝手に動き出してたのは多くのギャラリーがが目撃していた。だからこそ、その言葉に説得力がある。


「それに急に手が痛くなってきた辺りから、嬢ちゃんに手首を切られる瞬間まで、オレじゃない何かが頭の中でグチャグチャに暴れ回ってる感覚があったからな。

 腕の痛みと、頭の中をかき回される感覚に負けてたら、あっという間にゾンビになってたんだろうさ」


 自嘲気味に告げるストレイ。

 それを聞いて、ストレイ本人が口にした「嬢ちゃんの英断」の意味に、多くの人たちが気がついた。


「知り合いの突然のゾンビ化。しかもギルドという建物の中。

 ゾンビの身体から生えた剣で傷を負うと、そいつもゾンビになってしまう。

 嬢ちゃんがオレの手首を切り落とさなかった時、どうなってたと思う?」


 それを想像出来る者たちは息を呑んだ。

 大災害になりかねない、出来事だ。


 ましてや対ゾンビ戦に必要な何でも屋ショルディナーたちがそもそもゾンビ化してしまっている状況だろう。


 領衛騎士たちの準備よりも、ゾンビ化拡散の速度の方が早い可能性まである。

 ギルド内に沈黙が落ちる中、一人の男の声が小さいながらもしっかりと響く。


「なるほどな……なんか騒がしいなと思って黙って聞いてたが、バッカスとクリスが慌てて嬢ちゃんを寄越すワケだ」

「ギルドマスターさん!」

「待たせたな、嬢ちゃん。バッカスたちからの伝言を聞こう」


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【魔剣技師の酔いどれ話】

 実は魔術の呪文に使われる言葉にそれほど意味が無い。

 重要なのは、魔力帯へ乗せる神への祈りと、一緒に刻む術式。

 その為、呪文名は術者が使いやすい言葉を自分で付けている。

 中には幼少期にノリで付けた呪文名に後悔して改名する魔術士もいる。

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