アンデッドには、昼も夜もない 2


「あれだな」

「ああ」


 バッカスのクリスの二人は茂みの陰からゾンビの様子を伺う。


 胸当てを貫通し、心臓に突き刺さった刃。

 乾燥し、カサカサにひび割れた肌。

 理性も正気もなければ、覇気も生気もない動き。


「なるほど、ゴブリンゾンビたちと同じ感じだな」

「やはり突き刺さっている剣が?」

「共通点はソレだしな。あとは腐るのではなく乾燥しているのもか。

 そこも通常のゾンビとは異なる点だし、ゴブリンゾンビとの共通点でもある」


 ともあれ、あの乾燥ゾンビが急に現れた原因も調べる必要があるだろう。


「あの制服……だいぶ汚れているが、ブイリュング王国の兵士の制服ではないか?」

「ブイリュングの……? 隣国の兵士のゾンビがなんでこんなところに……?」


 ゾンビの様子を伺ってい気づいたことを口にするクリスに、バッカスは目を眇めた。


「ゴブリンもブイリュング王国の山に多く生息してたよな……?」

「時折、国境付近の山から下りてきたゴブリンが、この森やレーシュ湖近辺に現れるコトはあるが……」


 ゾンビの発生そのものはブイリュング王国側なのかもしれない。

 二人の間に、ブイリュング王国に何か問題が発生しているのでは――という疑問が生じる。


 そんな時だ――


「バッカス、大鹿が来た」

「面倒な状況で……」


 舌打ちしそうになるのを堪え、クリスが示す方向へと視線を向ける。

 見れば、あの鹿は明らかにこちらに狙いを付けているようだった。


 まだ突撃してくる様子はないが、無視し続けるのも無理がある。


「仕方ねぇ、大鹿を片づけてくる。クリスはゾンビを頼む。それとも逆がいいか?」

「いや問題ない。何か気を付けるべきコトはあるか?」

「ふつうのゾンビよりもタフだ。倒せないようなら四肢を切り落とした上で首を刎ねろ」

「了解だ」

「それと、ゾンビ化の影響がどう伝播するかは分かってない。

 少なくともあの剣の破片で傷を負わんように気を付けろ。あと体液とかも浴びるなよ。可能なら一切の攻撃を受けるコトなく終わらせた方がいい」


 十騎士の候補になるだけの実力があろうとも、未知の相手には下手を打つ可能性がゼロではない。

 ここで気を付けるべきものを教えておけば、クリスならば上手いことやってくれるはずだという信頼はあった。


「案外、心配性だな」

「素体が強いとゾンビも強くなる可能性があるからな。保険だよ」


 からかうようなクリスの言葉に、バッカスは皮肉げな笑みを返す。


 そして、お互いの獲物をしとめる為に二人は動き出す。




 クリスは静かに茂みから出る。


(バッカスは妙にあの剣を警戒していたな……。

 魔剣技師の直感に、何か引っかかるコトでもあるのか?)


 だが、その警戒は信用に足るものだ。

 ならば、自分はバッカスの忠告を素直に受け入れて戦うだけだ。


「あ……ぁぁが……」


 ゾンビが呻きながらコチラを見る。

 その動作は緩慢だが、元の人間は隣国の兵。それなりに訓練を積んだモノである可能性があった。油断はしない。


 クリスは細身の長剣を引き抜くと、白の魔力を込めて振るう。


白影瞬塵ハクエイシュンジン!」


 一見すると一振り。

 だが、白い魔力に彩られた無数の刃が同時にゾンビに襲いかかる。


 速度を極めたようなバッカスの瞬抜刃と比べると遅いが、一般的に見れば脅威以外の何者でもない速度で繰り出される無数の連続斬撃。


 四方八方から襲いかかる攻撃は、ゾンビの全身をズタズタに切り裂いていく。だが、さすがはゾンビというべきか。バッカスの言う通りタフなようだ。緩慢な動きそのものは鈍ることなくこちらへと歩み寄ってくる。


「素直に四肢を切り落とすべきだな、これは」


 バッカスの言葉の意味を実感したクリスは、剣に緑の魔力を込めて切れ味と強度を高めた。


「変に彩技アーツを使うよりも、単純強化の方が効果がありそうだ」


 そして、ゾンビが攻撃してくるよりも先に、首を含めて四肢を全て切り落とす。


「……分かってはいたが、ゾンビがこの一体だけではなさそうだな」


 森の奥から、何かかが近づいてくる気配がある。


 今倒したゾンビと同じ服装のゾンビが三体。

 この森に生息する大型の兎――刃歯ラゲッダ・ハトゥート緑兎ネェイルグ・チブバルに、刃が突き刺さった個体が三匹。

 さらに、刃の突き刺さった餓鬼喰い鼠も一匹混じっている。


「これは……!? これがブイリュング王国の陰謀や不始末の類であったなら、政治的に拗れてもおかしくない状況だぞ……ッ!?」


 どれだけゾンビが増えているのか分からないが、目に見えたゾンビを全て倒すだけでは終わらなそうだ。


(キリがないようであれば、撤退を視野に入れなくては……)


 調査から生き残りへと意識を切り替えながら、クリスはバッカスの様子を伺うように視線を向けた。




 バッカスは、突撃する大鹿が自分に注目するように、わざと大げさに目の前に飛び出して見せる。

 クリスの方に行かれると困るので、これでこちらに目を付けてくれればいいのだが――


「……って、おいおい。マジか」


 いざ、大鹿の前に飛び出してみれば、その鹿の首に剣が貫通していた。


「こいつもゾンビだったってワケか」


 大鹿はバッカスに狙いを付けたようだが、突進してくる様子はない。

 ゾンビ化したことで、元の習性が失われてしまっているのだろうか。


「とりえず斬るか」


 通常の大鹿よりも動きが鈍いのであれば、バッカスにとっては脅威でもなんでもない。突進をしてこないのであればなおさらだ。


 一瞬で首を切り落とす。

 首なしでも襲ってくるかと警戒していたバッカスだったが、首が落ちると同時に、パタリと胴体も倒れ伏す。


「……首から上は健在ってか」


 地面に転がる首は目を動かしてこちらを見てくる。


「……いや、待てよ」


 ふと思いつきで、地面に転がる首を見る。

 刃が突き刺さっている場所よりもやや上の部分を切断した。

 すると、頭部は完全に死に絶えたように動かなくなる。


 先のゴブリンゾンビたちの様子を思い出し、バッカスの中でひとつの結論が出た。


「このゾンビどもに関しては、突き刺さった剣の破片が心臓ってワケだ」


 ゾンビ対策としては重要だろう。


 クリスもゾンビを倒し終わっているだろうし、合流してもう少し奥――可能ならば発生源を調べたいところだ。


 そう考えて抜いたままだった剣を納めた時、何かが近づいてくる気配を感じてそちらに視線を向ける。


「おいおい、マジかよ……」


 ゴブリンが五匹。

 刃歯の緑兎が二匹。

 突撃する大鹿が三匹。

 そして、服装がバラバラの人間が四匹。


 もちろん、その全てに剣の破片が突き刺さっている。


「こりゃあ……付き合い切れねぇぞ。

 ヘタ打てば、俺たちまで連中の仲間入りしかねないッ!」


 吐き捨てるように独りごちて、バッカスはクリスの方へと視線を向けた。



 偶然、二人の視線が交差する。

 どうにもクリス側にも魔獣のゾンビが現れているようだ。こちらよりも数は少なそうだが――


「バッカス、撤退だッ!」

「異議はねぇッ! 怪我だけは気を付けろよッ!」

「そちらもなッ!」


 そうして二人は撤退の為に駆けだした。


 木々や茂みを縫って、何とか併走する形で合流する。

 ゾンビたちの動きは緩慢だが、明らかにこちらを追いかけてきていた。


「町まで連れていけないぞッ!」

「分かってるッ、ここらで撒くさッ!」


 バッカスは視線で先に行けと告げると、足を止めて振り返る。


 向かってくるゾンビたちへと手を掲げた。


 黒の魔力をベースに、緑の眷属神である霧の神と、青の眷属神である夢の神への祈りを混ぜ合わせ、魔力帯に術式を刻み込む。


「光通さぬ悪夢よ、道阻む壁に至れッ!」


 バッカスの呪文と同時に、掲げた手からぶわっと――ドス黒いモヤのような、あるいは真っ黒な霧のようなモノが出現して周囲を包み込んだ。


 端から見ると怪しくて黒いモヤっとした塊だが、中に入ると方向感覚や五感を狂わせる効果を持つ。


 ゾンビたちにどこまで通じるかは分からないが、目眩ましとしては十分だろう。


 バッカスはすぐにクリスと合流し告げる。


「今のうちに、一気に退こう」

「了解だ」


 二人は走る速度を上げて、モキューロの森から抜け出すのだった。


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