甘味の魔剣は、甘くない 5


 突き出した剣から出現した謎の黒い物体。

 意味不明すぎるその物体を前に、バッカスとムーリーが顔を見合わせる中、ミーティは無警戒にそれを手にする。


「ミーティちゃん。お願いだから、検証中の事柄へ、無警戒に手を伸ばすのやめてちょうだい。心臓に悪いわ」

「同感だ。お前、もうちょっと好奇心を制御するコトを覚えた方がいいぞ」


 そもそも飛び出してきた黒い物体が何なのかは分からないのだ。


「うーん、これ……黒くて堅くて太いですねぇ……」

「…………」

「…………」


 ムーリーとバッカスは揃って頭を抱える。


 ミーティは好奇心と魔導具と、魔導具によって作り出された謎の物質に触れられる嬉しさで蕩けた顔でそれを言うのだ。


 相手が対象年齢範囲外でかつ年下とはいえ、精神が健全な男子である二人には、いささか思うことはある。


「ルナサの奴がウチに道場破りしに来た理由が分かった気がする」

「誰だか知らないけど、職人工房への道場破りってどういう状況?」

「ものの例えだよ。ミーティの友達が、ミーティに何をしたって殴り込んできただけだ」

「……ああ」


 どうやらムーリーは理解してくれたらしい。


「熱く語るミーティの姿を見た男子は、なんかそわそわしてたらしいぞ」

「慌ててあなたのところへ殴り込みに言っちゃうのも仕方ないわね」


 二人で遠い目をしていると、ミーティが声を掛けてくる。


「すっごい堅いんですけど、これ……ダエルブじゃないかなぁ」

「ダエルブぅ?」

「その黒い塊が?」

「はい!」


 ミーティが触ってる間、ミーティに異変がないので触る分には問題なさそうだ。


 バッカスは黒い物質を受け取る。

 思っていたよりも軽い。スカスカというワケではないが、水分の少ない軽さという印象だ。


 コンコン。


 裏拳で軽く叩く。

 硬質的な触感。だが金属よりも堅い木材を叩いている時の感触に似ている。


 軽くツメを立ててみるが、表面を削るのは難しそうだ。


「これが本当にダエルブだとして……食えるのか?」

「真っ黒いし、とんでもなく堅そうよね。スープとかに浸しても、すぐに食べれそうにないわ」


 バッカスは黒い物質をムーリーに手渡す。

 ムーリーも似たような方法で具合を確かめるが、印象としてはバッカスと同じようなものだった。


「でも、ダエルブっぽい香りしません?」


 ミーティに言われ、ムーリーは黒い物質を鼻のそばに近づける。

 スンスンと鼻を動かし、ムーリーは眉を顰めた。


「言われてみればするわね。

 発酵に近い酸味のある香りと、仄かに小麦の香りが……味見をしてみたいところだけど」

「どうやって食うんだよ。簡単に割れそうにねぇし、小さくなったところで噛み砕くのは難しそうだぞ」

「そうよねぇ」


 うーん……と、みんなで悩んでいると、何か思いついたのかミーティが挙手をする。


「ちょっと試してみてもいいですか?」

「もちろん」


 ミーティは黒い物質を受け取り……ペロリとふつうに舐めた。


「そうか、舐めればよかったのか」

「盲点だったわ」


 二人が感心していると、ミーティは何やら酷い顔になっていく。


「ミーティちゃん?」

「これ、ダエルブです。間違いありません」

「言うわりには顔がすごいコトになってるぞ」

「めちゃくちゃ不味いです」


 ミーティの言葉に、そういうことか――と二人は苦笑する。


「発酵臭というか酸味というかがあって、そのクセすっごい塩辛くて、かろうじてダエルブらしい甘みがあるというかなんというか……」


 彼女の説明を聞いていると、バッカスは何か思い出したように手を打った。


「すっかり廃れちまったみたいだが、黒ダエルブってあったよな?」

「あったわね。黒小麦を使って作ったダエルブで、完成させたあと風通しの良い場所に置いてガチガチに固める味は二の次の保存食」

「腐らないように塩を大量に使ったらしいぜ」

「納得ね」


 つまり、この黒い物質はまさにその黒ダエルブなのだろう。


「問題はどうして設定してないそんなものが剣から出てきたのか、だけれど」

「あとで、術式を解析するしかねぇんだろうな」


 黒ダエルブが出てくる挙動というのは、バッカスの前世で言うところのバグなのだろう。

 解析して答えが出ればいいが、原因不明とかだったりすると目も当てられない。


「まぁ面白い魔剣だと思うぜ」


 借りたままになっていた魔剣ティーワスをバッカスは振るう。

 返す前にもう一度唐揚げでも食べたいな……と思ったのだ。


 ところが――


「おっと?」

「あれ?」

「おや?」


 ――黒ダエルブが飛び出してきた。


 地面に落ちるダエルブを誰もキャッチしない。


「……とりゃ」


 バッカスが剣を横一文字に振るう。


 ――黒いダエルブが飛び出してきた。


「うそでしょ」


 ムーリーの顔が青ざめていく。


「……そりゃ」


 バッカスが剣を縦一文字に振るう。


 ――黒いダエルブが飛び出してきた。


「お願い、嘘って言って……」


 青ざめるを通り越して、涙目になっていくムーリー。

 さすがにこれにはバッカスも同情を禁じ得ない。


 だが、バッカスは容赦なく剣を振るう。


「うりゃりゃっと五連斬り!」


 バッカスは残った斬撃パターン全てを同時に繰り出した。


 ――黒いダエルブが五個飛び出してきた。


「嘘でしょぉぉぉぉぉぉ……ッ!?」


 ムーリーの悲鳴が森に響く。


「あー……その、なんだ。俺が突きを試したせいだよな? すまん」

「いいわ。バッカス君のせいじゃないもの。遅かれ早かれ突きを試したらなってたんでしょうし……」


 申し訳ない気分で剣を返すバッカスに、ムーリーは首を横に振る。

 そんなムーリーを慰めるように、ミーティは声を掛けてきた。


「あ、あの!」

「なに? ミーティちゃん?」

「このダエルブ、すっごい魔力が乗りやすいです!」

「……それで?」

「えっと、その……」


 うまく言葉で説明できないのだろう。

 彼女は黒いダエルブを一つ手に取り、魔力を込める。


「こんなコトができますッ!」


 それを思い切り投げた。

 すると、魔力を纏って光り輝きながらすごい勢いで飛んでいき、樹木に直撃。ぶつかった樹木の幹を粉砕すると同時にダエルブも砕け散る。


「おー! なかなかの威力じゃねーか。こりゃ、無限投擲武器発生装置として悪くないんじゃないか?」


 そのことにバッカスが素直な感想を口にするも――


「そんなのッ、何の慰めにもならないわよォォォ~~……ッ!!

 あと食べ物を粗末にするようなのはダメェェェ~~……ッ!!」


 ――結局、ムーリーの悲痛な叫び声が、日が落ち始めた森に木霊こだまするのだった。


 

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