甘味の魔剣は、甘くない 4


 振るった剣から突然飛び出してきた触手魔獣型の腸詰めタコさんウィンナー


「ソーセージが出てきたッ!?」

甘味ティーワス要素どこだよッ?!」


 思わずツッコミを入れたバッカスを横に、飛び出してきたそれをキャッチしたミーティは、そのまま口に放り込んだ。


「ミーティ、そういうのは安全確認してから口にいれなさい」


 思わずお母さん口調で叱るバッカスに苦笑しながら、ミーティはモゴモゴと口を動かし……。


「美味しいです!」

「ふつうに食えるんだな」


 嬉しそうに顔を輝かせるミーティを見、バッカスは思わず苦笑する。

 そんな二人を見ながら、ムーリーはウィンクをして笑って見せた。


「この程度で驚いてちゃダメよ」


 そう言って、また剣を振り下ろす。

 先ほどは右上から袈裟懸けに振り下ろしたが、今度は左上からの袈裟懸けだ。


 すると、また剣から何かが飛び出してくる。

 バッカスはそれを慌ててキャッチした。


「唐揚げ……だとッ!?」

「美味しそう!」


 目を輝かせるミーティを横目に、バッカスはそれを口に放り込む。


「なるほど。ふつうに旨い」


 熱々ではないが温かい唐揚げは、前世のレンチン唐揚げやコンビニのホットフードを思い出すような味だった。

 

 言ってしまえばジャンクな味だ。

 バッカスやムーリーなら、自作でもっと美味しいものを作れるだろう。


 だが、手軽にそれなりのモノを食べられるという点において、この魔剣は最高である。


「その剣、酒は出ないのか?」

「出ないわねぇ、残念だけど」

「ソレは本当に残念だ」


 心の底から残念そうに、バッカスは息を吐く。

 タコさんウィンナーに唐揚げまで出せるのだ。酒が出るなら、買い取って延々と晩酌に使いたいところだったのだが。


「ほかにも何か出せるんですか?」

「もちろんよ、ミーティちゃん!」


 ミーティにせがまれるように、ムーリーはその剣を縦一文字に振り下ろす。


 そして、ミーティは飛び出してきたモノを目を輝かせながらキャッチする。


「サンドイッチだ!」


 薄切りしたダエルブパンに具材を挟む、バッカスの前世でも同じみの一品だ。

 この世界にはサンドイッチ伯ことモンタギュー氏はいないはずだが、どういうワケがそういう名前になっている。


 これも先輩転生者の命名なのだろうと、バッカスは適当に受け入れていた。


「中身はタマゴ! これも美味しい!」


 もはやミーティの輝く笑顔は、ムーリーの魔剣を楽しんでいるのか、飛び出してきた料理を楽しんでいるのか分からない。

 どちらにせよ、嬉しそうなのは何よりである。


 それはそれとして――バッカスは観察しながら、思っていたことを口にした。


「剣の振り方で飛び出してくるモンが変わるんだな」

「そうなの。全部で八種類よ」

「今の上から下への三種と、下から上への三種。それから横斬りの左右ってところか」

「さっすがバッカス君。ご明察」


 そう聞くと、ほかにも何が出てくるか気になるところだ。


 振ると食べ物が出てくる魔剣。

 言葉にすると、どこか馬鹿馬鹿しさはあるが、なかなかどうして悪くない。


「ミーティちゃん。それを食べたら、この剣振ってみない?」

「いいんですかッ!?」


 ムーリーに声を掛けられるなり、結構残っていたサンドイッチを一気に頬張ったかと思うと一瞬で嚥下えんかしたミーティが目を――いや全身を嬉しいという感情で輝かせる。


「え、ええ……。どうぞ。

 魔力を込めたら、上から下へ真っ直ぐに振り下ろしてみて」

「はい!」


 言われるがままにミーティが剣を振り下ろすと、サンドイッチが飛び出してきた。


 ムーリーはそれをキャッチして、ミーティに手渡した。


「どうぞ。あなたが呼び出したサンドイッチよ」

「簡単に使えるんですね、この剣。魔力も思ったより使わないし」

「一番の目的は緊急時の食料確保だからね。魔力消費が大きかったら、使い物にならないでしょう?」


 その言葉に、バッカスは合点がいくものがあった。

 だから味が二の次になっているのだろう、と。


 もちろん最低ラインの味は確保していると思う。

 いくら食料を召喚できる魔剣とはいえ、最低限食べられる味というのは、料理人としての一線だったはずだ。


(質量保存の法則なんてモノはこの世界には当てはまらないのかねぇ……。

 少なくとも、これまでそこに違和を覚えたコトはないんだが……)


 バッカスは、ぼんやりとそんなことを思う。

 そして、そこまで思考してから、急に正気に戻ったようにハッとした。


(いや待て。マジでどうなってんだッ!?

 魔力を物質に変換するところまではいい。地面の隆起や、魔力衝撃波なんかの魔術は、多少周辺の自然や空気を利用しているとはいえ魔力そのものの効果で物質的な変換をしていると言っても過言じゃない。

 ならあの唐揚げはどこから来た? 味は間違いなく唐揚げだったぞ)


 しかし、本当に鳥の味だったのかと言われると自信がなくなってくる。

 そもそもお菓子なもとい可笑しな挙動に惑わされてしまっているが、物質創造ともなれば、神剣の領域に片足を踏み入れているような――


 纏まらない思考をごちゃごちゃと絡ませながらバッカスが顔をしかめていると、ミーティとムーリーののんきなやりとりが聞こえてくる。


「このサンドイッチ、生クリームと果物だー!」

「ふふ、やっぱり甘味もほしくなるでしょう?」


 どうやら、二度目のサンドイッチはタマゴではなくフルーツサンドだったらしい。


 中身が違うことに関して、バッカスは訊ねる。


「何が挟まってるのか選べないのか?」

「いいえ。基本タマゴか果物よ」

「選定基準は?」

「使い手が男か女か、ね」

「そんなんどうやって区別してんだ?」

「企業秘密♪」

「チッ」


 ムーリーが秘匿したいというのであれば仕方がない。

 バッカスとしても、舌打ちこそしたものの無理矢理聞き出そうとも思っていない。


「まぁ、中身が影響するのはサンドイッチとおにぎりだけね」

「おにぎりもあるのかよ。ほかには何が出てくるんだ?」

「オムレツね。中身のないプレーンな奴だけど、お砂糖と蜂蜜を使った甘いのと、アマク・ナヒア風のフォンを使ったしょっぱいのの二種類」

「お? だし巻きも出せるのか? ちょっと試していいか?」

「どうぞ」


 神皇国アマク・ナヒア。

 言ってしまえば和風な文化体系を持つ国だ。

 その国で作られているフォンを使ったオムレツとなれば、だし巻きタマゴのことだろう。


 バッカスは剣を借りる。


「お求めのオムレツは、右下から左上に振り上げるの」

「りょーかい」


 ワクワクしながら言われた通りに剣を振るうと、オムレツが飛び出してくる。

 オムレツというか、堅焼きされた炒り卵に近いか。


 ともあれ、ひとかたまりになったそれを自分でキャッチして口に運ぶ。


「おー……これは、割と求めてた味に近い。

 アマク・ナヒア風出汁フォンの風味ってなかなか味わえなくてなぁ、好きなんだけど」


 昆布ウブノクだけだと、この味は出せないのだ。


「調味料込みで材料集めすると大変なのよねぇ」

「それな」


 和風文化の国だけあって、バッカスは前世を思い出す味の多いアマク・ナヒア料理が好きだ。

 この世界独自の進化をしている面はあれど、根幹は似ているので大変ありがたい。


 もっとも、二人が嘆息しあうように、材料がなかなか手に入らないという問題はあるのだが。


「あ、そういえば」


 タマゴの付いた手のひらをペロリと舐めながら、バッカスは魔剣ティーワスを見る。


「突きって何か設定してあるのか?」

「そう言えばしてないわね」

「やってみてもいいか?」

「何も出ないだけだと思うけど、いいわよ」


 ダメと言わないのは、ムーリーもまた意識してなかった使い方をするとどうなるかを知りたいのだろう。


「えいっ!」

「可愛い女の子ならいざしらず、アナタが可愛く言ってもねぇ」

「うるせぇ」


 ノリで剣を付きだしたバッカス。

 その様子に思わずムーリーは冷たいツッコミを入れた。


「?」

「?」

「?」


 その直後、剣から謎の黒い塊が飛び出してきたので、三人一斉に首を傾げるのだった。


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