甘味の魔剣は、甘くない 2
「止まれ」
モキューロの森を進み、ムーリーがいつも実験に利用しているという場所へと向かっている途中、バッカスが小さな声で、だけど鋭く告げる。
ムーリーはすぐさま足を止め、横を歩くミーティを押さえた。
「バッカス君」
「少し先の茂みの向こう。
小さい声でそう口にするバッカス。
ムーリーは即座に意識を茂みの方へと向け、周囲を警戒しながら訊ねる。
「
「あいつらは基本、家族以外で群れを作らないからな。そう考えるのが妥当だろ」
番の場合、片方を倒すともう片方が激怒する可能性がある。怒って暴れ回ると手がつけられない場合もあり、正直面倒だ。
だがそのままやり過ごそうとしても、縄張りに入るものに敏感で、すぐに敵対心を抱く性格もあって、無視して進むのも難しい。
「ちょっと片づけてくる」
「一人で平気?」
「大鹿くらいならな。ミーティを頼む」
「任されたわ」
そう言ってバッカスは、学園での模擬戦の時に使っていた片刃曲剣を手に、気配を消しながらするすると森を先行する。
三叉矛のような先端の鋭い角も脅威だが、そもそもその巨体そのものが脅威と言える魔獣である。
バッカスはムーリーたちからある程度距離を取る。
それから、足下から適当な小石を拾った。
「それじゃあ、やりますかね」
独りごちながら、バッカスは親指で小石を弾く。
ただ弾くのではなく、魔力を乗せたものだ。
小石はちょっとした銃弾のように空を駆け、片方の大鹿の前足の
「!!!」
激痛で悲鳴のようなものを上げる大鹿A。
何事かと驚いている大鹿B。
バッカスはその瞬間、身を滑らせるように森を駆け、大鹿Bへと肉薄する。
大鹿Bがこちらに気づく。
だが、もう遅い。
「
鋭い呼気と共に、抜刀一閃。前足の片方を切り裂く。
バランスを崩した大鹿Bに対して、腰溜めに構えた剣を逆袈裟に振り上げつつ、飛び上がる。
「
黒の魔力を纏わせて、剣の射程を伸ばし、切れ味と殺傷力を高めたジャンプ斬りだ。黒く輝く魔力の刃が、大鹿Bの首を斬り落とす。
バッカスの石つぶてで苦悶にもがいていた大鹿Aが、信じられないものを見たかの表情を浮かべる。
だが、バッカスの動きは止まらない。
黒の魔力の残滓を払いつつ空中で納刀すると、今度は緑の魔力を拳に込める。
そして、大鹿Aが前足で地面を蹴り始めた時――
「
バッカスは大鹿Aの手前へ、拳で着地するかのようにして地面を叩く。
次の瞬間、その拳を中心にして、地面に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、そこから緑の魔力が吹き出した。
今にも突進しようとしていた大鹿Aが、その魔力衝撃波を受けて動きを止め、慌てたように距離を取る。
「
大鹿Aが怯んで下がったところへ、バッカスが間合いの外にも関わらず抜刀。
青の魔力を乗せた剣圧が空中を駆けて、大鹿Aの角を根本から斬り落とした。
突然、角を切り落とされるという事態に理解がついていけないのだろう。完全に動きを止めた大鹿Aへとバッカスは肉薄する。
抜きはなったままの剣に赤の魔力を込めて、炎へと変えるとそれを構えて地面を踏みしめ――
炎を纏った剣を振り上げながら飛び上がる。
本能か、直感か。大鹿Aはその一撃を身をよじって躱して見せるが、バッカスの攻撃は終わらない。
振り上げた時の勢いを殺さず、その遠心力に身を任せたまま後ろ回し蹴りを放つ。
大鹿Aはそれを躱すことができずに、強烈な一撃で頭を揺さぶられる。
それでも倒れなかったのは魔獣としての矜持か、相方を殺されたことへの復讐心か。
どちらであれ、むしろ蹴りで倒れていた方が被害が少なかったかもしれない。
「
蹴りを放ってもなおも無くなり切らない遠心力に乗って、バッカスは大鹿Aの首へと炎を纏った剣を振り下ろす。
斬り上げて、蹴りを放ち、最後に剣を振り下ろす三段攻撃を繰り出す
しかし、その斬撃は首の四分の三ほどを切り裂き、その断面を焼き焦がす。
それでも生きているのは魔獣の生命力故だろう。
だが、バッカスはそこで慌てることはなく、剣に白の魔力を乗せ――次の瞬間、目にもとまらぬ斬撃を繰り出した。
「
繋がっていた残りの四分の一を切り裂きながら、剣を納刀。
チンという鞘の音が響くと同時に、その首が地面へと落ちた。
「ま、こんなところか」
ふー……と息を吐き、ムーリーとミーティを呼ぼうとしたところで二人がやってくる。
「戦えるとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわよ!」
「そうか?」
「それに今、五色属性の全部を使ってましたよねッ!?」
「ん? ああ。あまり人に言ってないが、五色全ての加護を持ってる」
「羨ましい限りだわッ!」
「ええッ!? ふつう、人間が持てる色って一色から三色じゃないんですかッ!?」
「そこに関しては俺もわからん。持ってるもんは持ってるんだから、仕方がねぇだろ。
それに、別に加護として保有してない属性の魔力だって使えないワケじゃないんだ。そこまで騒ぐようなコトじゃない」
「いや、それとこれとはちょっと違うような……」
加護を保有していると、それと同じ色の属性の制御がしやすくなる程度のものだ。
保有する加護が単色であるほうが、同じ色の魔力の制御が格段ラクになる。
だからこそ単色の加護持ちは、職人であれ戦闘職であれ、その属性に特化した鍛錬をすることが多い。
そういうタイプは、特定の属性色の扱いは得意ながら、ほかの属性色を使うのが苦手なので、応用力が低い。ただ低い労力で高い力を発揮できるという利点がある。
逆にバッカスのような複数色の加護を持っていると、様々な属性を使いこなせるので、臨機応変な対応ができる。ただ純粋な出力や制御力は、どうしても単色より劣るので器用貧乏ともいえるだろう。
どっちも一長一短なので、どちらが良いとは言えない。
ただ、戦闘職からすると単色の方が好まれるし、職人からすると多色の方が好まれるというだけだ。
「俺の話はいいだろ。それよりお前ら、角いるか?」
「いいの?」
「ああ。二頭で左右一本ずつで計四本。
討伐したのが俺だから俺が二本貰うが、残りはそれぞれにやるよ」
「あらやだ、太っ腹!」
「やったー! ありがとうございます!」
「一緒に魔宝石もくれたり?」
「それはやらん」
「ですよねー」
ムーリーとミーティからしても欲しい代物だ。
とはいえ、まだミーティでは持て余してしまうかもしれないが。
「肉も片方やるよ、ムーリー。店でも個人でも、好きに使え」
「それは助かるわ! 今度食べに来てね、お礼の大鹿料理ごちそうするから!」
「そりゃあ楽しみなこった」
大喜びするムーリーに、バッカスも笑う。
それから二人でさっさと大鹿の処理をして、バッカスの腕輪へと収納した。
だが、処理をしていて奇妙なことに気がついた。
「どっちも雄だったわね」
「ああ。妙だな……?」
「どうしてですか?」
「さっきも言ったろ? こいつらは、家族で一つの群れだ。
父、母、子供。それがこの大鹿の群れだ。子供の数は多少違うけどな」
「そして、大人に成ると独立して自分の群れを作るの」
「確かにそれだと両方とも雄なのおかしいですね」
この大鹿たちが、大鹿としては珍しい同性愛でもしていたのであれば問題ないのだが――
「そう言えば、この間も大鹿いたのよね。
クリスちゃんに渡した大鹿――よくよく考えてみたら、群れていてもおかしくない大人だったハズなのに、一匹だけで襲ってきたわ」
「そいつだけ狩りや哨戒に出てた可能性は?」
「無いとは言い切れないけど、ほかの鹿が襲ってくる気配はなかったわ」
「ただの独身を貫いてただけじゃ……」
「人間ならともかく、動物や魔獣となると、そういうのは少ないとは思うんだが……」
しばらく考えていたが、結局答えは出なかったので、バッカスとムーリーは小さく息を吐く。
「帰ったら何でも屋ギルドに報告しとくか」
「そうね。それ以外に打てる手もないわね」
実際、だからどうしたと言われればそれまでの話だ。
ただ何かが引っかかるからこそ、報告だけはしておくべきだろう。
「報告するんだ?」
「こういう小さな異常ってのはな、何か良くないコトの前触れの可能性があるんだよ。
ミーティも、小さいコトでも気になったなら誰かに相談するクセをつけておけよー」
「はい!」
大鹿の件はひとまず終わりにし、三人は再び歩き出す。
ややして、ムーリーが目的地としていた少し開けた場所に出る。
「ここよ、ここ。魔獣も少ないし人も滅多に来ないから、よく実験に使ってるの」
「こんなところがあったんだな。今後は俺も使わせてもらっていいか?」
「もっちろん!」
そうして、ムーリーは自分が用意していた新作魔剣を取り出すのだった。
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今日は、準備が出来次第もう1話アップします٩( 'ω' )و
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