甘味の魔剣は、甘くない 1


 きまぐれに本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 ムーリーの店で食事をした数日後。


 バッカスは自分の工房で新しい魔剣のアイデア出しをしていた。

 珍しく誰も乱入してこないので、妄想が捗る……などと思っていたのだが――


「いるかしら?」

「いるぞ。勝手に入って来てくれ」


 ――どうやら今日も来客があるようだ。


「お邪魔するわね」

「ムーリーか。よくここが分かったな」

「アナタ有名じゃない。何でも屋ショルディナーズギルドに行って聞けばすぐ分かったわよ」

「そうかい」


 会話をしながら、手元の紙にアイデアを書き殴る。


「あら、仕事中だった?」

「そうでもない。新作の魔剣を考えてただけだ」

「どんなの? って聞いてもいいかしら?」

「刃の無い刀剣型の魔剣だな。

 前回はコダワリすぎて自分で刀身を作ったが、めっちゃくちゃ大変だったんだよ。だから、次は刃の無い剣でいこうかな、と」

「アナタのコダワリっぷりは相当ね。

 魔剣技師でも、自分で刀身まで作ろうだなんて人、そういないわよ」


 バッカスの答えに、ムーリーは呆れたような感心したような、どちらともとれる調子で笑った。


「ところでムーリー。何の用だ?」

「あ、そうそう。アタシの新作魔剣が完成したのよ。

 これから森にでもいって試して来ようと思って。一緒にどう?」

「面白そうだな。付き合うぜ」

「そうこなくっちゃッ!」


 他人の魔剣の実験なんて、そうそう出会えるものではない。

 バッカスは目を輝かせると、イスから立ち上がった。


「ちょいと出掛ける準備してくるから、少し待っててくれ。

 それとも、ウチの方に来るか? あっちはあっちで、自作の家庭用魔導具があるけどよ」

「そうね。悩むけど、自宅の方を見せて貰ってもいいかしら?

 家庭用魔導具や、この前言ってた調理用の改造魔導具とか気になるもの」

「あいよ」


 そうして、バッカスはムーリーを連れて、自宅への階段を上がっていくと――


「あ、バッカスさん。いたー!」


 玄関の前に、なぜかミーティが待ちかまえていた。


 ・

 ・

 ・


 準備を終えてモキューロの森にある実験できそうな場所へと向かう。

 目的地までの道中、ムーリーとミーティのテンションは無駄に高かった。


「すごかったわねぇ、バッカス君の家の中ッ!」

「そうなんですよッ! すごすぎて定期的に見に来たくなっちゃって!」

「分かるわぁ……!」


 二人は意気投合したように、熱く語り合っている。

 こういう熱の入り方はベテランも駆け出しも関係ないのかもしれない。


「アウェイ感ハンパねぇな」


 誘われたのは自分だったはずである。

 気がつけばミーティの方が、元々のメンバーであるかのようだ。


 ――と、そんなことを考えていた矢先に、言い忘れていたことを思い出す。


 そろそろ森の入り口も見えてきたし、言っておかなければならないだろう。


「そうだ、ミーティ」

「はい?」

「お前、モキューロの森は初めてか?」

「うん。基本的にはエメダーマの森にしかいかないし」

「まぁそうよね。ミーティちゃんくらいの歳の子だと、あっちよね」


 実際問題、餓鬼喰い鼠が現れなければ比較的安全なのがエメダーマの森だ。

 町から近く、生息している魔獣も、駆け出しの何でも屋はおろか、多少剣や魔術を学んだばかりの子供でも対処できるのが多い。

 餓鬼喰い鼠のいた森の壁あたりよりも、さらに奥地へ行くと相応に危険は増すのだが――そもそもそんな場所に足を踏み入れる者は少ない。


 何より浅い部分でも、定番の品や品質の悪い品でよければ、多数の素材が採取が可能なのだ。ミーティのような駆け出しには十分である。


「……って、そうか。それを言い忘れてたわね」


 バッカスが何を言おうとしているのかを理解したムーリーが、額に手を当てて天を仰ぐ。


 それを横目に、バッカスは真面目な顔で告げた。


「いいか、ミーティ。モキューロの森をエメダーマの森と同じつもりでいたら危ないってのはしっかり把握しとけ。本来、駆け出しが来るような森じゃない」

「具体的にはどの辺が危ないんですか?」

「単純に、生息している魔獣の危険度が段違いなのが一つ」


 バッカスの言葉を引き継ぐように、ムーリーが続ける。


「あとは毒草や毒キノコなんかの有毒植物が多いのよね。

 エメダーマの森と同じ感じで採取していると、見た目ソックリな有毒植物を掴みかねないから、知識と観察力が必要なの」


 もちろん、その有毒植物なども薬や魔導具などの材料になることはある。

 だが、それを求めてモキューロの森に来るということは、相応の実力や知識を持っているからこそだろう。


「森の中では俺とムーリーの指示に従えよ。

 勝手に離れてはぐれた場合の安全は保障できない」

「そうね。好き勝手動くにしても、アタシたちの手が届く範囲にして欲しいわ」

「わかりました!」


 快活に返事をするミーティを、バッカスはぼんやりと観察する。

 少なくとも、好き勝手するタイプの子ではないので、バッカスとムーリーの言葉に従ってはくれるはずだ。


「基本的にこの森って、アタシやバッカス君みたいに、戦える職人でもなきゃ自分で来たりはしないのよ」

「まぁな。とはいえ何でも屋ショルディナーに依頼して、質の悪いモン納品されるくらいなら、自分で取りに来た方が確実だってのはある」

「そこが難しいところなのよね。アタシは食事処の経営もあるから、どうしても時間の都合、何でも屋に頼っちゃうんだけど……理解のない人からの納品だと厳しくてねぇ」


 確かに、料理人と魔剣技師と採取を同時進行するのは大変だろう。

 バッカスの場合は、魔剣技師と魔導技師は被っているところも多いので平行で何でも屋ショルディナーをする余裕があるだけだ。

 

「魔導具の材料かー……」


 ミーティが二人のやりとりを聞きながら難しい顔をする。

 何を考えているかは知らないが、いっぱしの職人顔だ。


 案外、作りたいけど足りない材料という壁にぶち当たっているのかもしれない。


(ま、そういうのは自分で解決してこそだしな。

 誰かを頼るにしても、自分で調達するにしても、まずは自分で考えた上で動くコトこそが勉強ってやつだろうさ)


 バッカスが手を差し伸べるのは簡単だが、それはミーティの為にならないはずだ。


 それはそれとして――


「ムーリー、何なら俺に直接依頼ライブクエスト投げてくれてもいいぞ。もちろん、俺の手が空いている時に限るけどな」

「え? ホント?」

「嘘は言わねぇよ。あくまでも俺の手が届く範囲の品になるけどな。

 魔導具や魔剣の素材だけでなく、食材の調達も請け負うぜ。基本は一人前程度の分量に限るけどな」


 大量発注というのは、作成依頼にしろ調達依頼にしろシンドイのだ。

 なので、バッカスは基本的に大量発注は請け負わないようにしている。


 そういうのは本職がやればいい。

 副業何でも屋としては、最低限の仕事を細々とできればいいのである。


「十分よ! 今度、必要なモノがあったら相談させてもらうわね!」


 やったわ! と手を合わせて喜ぶムーリー。

 それを見て、ミーティがバッカスに訊ねる。


「わたしからの依頼も受けて貰えますか?」

何でも屋ショルディナーズギルドの基本相場価格を支払えるならな」

「うっ」


 別にバッカスも意地悪でこんな言い方をしているワケではない。

 ムーリーからの依頼だって、貰うものは貰うつもりだ。それをムーリーが理解した上で、話が成立している。


「当然、調達するモンの採取難易度によって料金は変わるぞ。

 遠方であったり、魔獣素材や、採取方法が特殊な素材なんかは割高になる」


 危険度が高かったり、採取に特殊な知識が必要な依頼はどうしても料金が増える。ミーティの表情を見る限り、そこは彼女も理解できているようだ。


「駆け出し職人の素材調達は、職人として一皮剥ける為の壁よね」

「その壁を壊せたところで、一人前になれるかどうかはわからねぇけどな。それに職人ギルドに所属しちまえば簡単に崩せる壁だ」

「バッカス君は所属したの?」


 純粋な疑問として訊ねてくるムーリーに、バッカスは挑発的な笑顔を浮かべて答える。


「本格的に職人を始めた時には手元に金はあったしな。材料も、自分で集めるだけの腕はあったんだよ。

 職人ギルドに所属する利点は多いが、不利点も少なからずある。俺はその不利点が気に入らないから、協力こそすれ所属はしてない」

「あらま。ホントに異端なのね、バッカス君」

「そういうアンタはどうなんだ、ムーリー?」

「アタシ? アタシはもうわりと最初から魔導具ギルドと料理ギルドの二足のブーツよ。どっちも安定してきたところで、魔導具ギルドは脱退。バッカス君と同じく協力こそすれ所属はしてない状態に変えたわ。だからメイン所属は料理ギルドなのよね」

「あんたも十分に異端じゃねーか」

「だってアタシの本命は魔剣であって魔導具じゃないもの!」

「そりゃそうだ。俺も似たようなモンだしな!」


 わはははは――と、バッカスとムーリーは笑いあう。

 

 良くも悪くも参考にならない二人を見ながら、ミーティは自分はどうしたいのだろうと考える。

 明らかに考え込んでいるのが顔に出ているミーティの肩を、先輩技師の二人は軽く叩いた。


「考えるのもいいが、考えすぎねぇのも大事だぜ」

「バッカス君の言う通りね。ここで考えても答えが出ないコトをここで考えたって意味ないわ」

「案外、物事は成り行き任せでもなんとかなるもんだしな」

「それは確かにあるわね。でも成り行きに任せて良いのかどうかは、常に判断する必要があるけれど、ね?」


 皮肉げに笑うバッカス。

 励ますように片目を瞑るムーリー。


「二人の言っているコトの意味を、全部が全部分かりませんけど、でも、わたしがんばりますねっ!」


 それでも、すごい技師二人からの言葉に、ミーティは精一杯の思いを込めてうなずくのだった。


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