魔剣技師ムーリーの、甘味食堂 4


 バッカスは、上に乗っている泥土でいどからまりうおをフォークで崩す。

 思ってた以上に柔らかく、簡単にほぐれたことに驚きつつそれを一口、口に運んだ。


(この風味、食感……完全にウナギじゃねーか!)


 皮目をパリっと焼き上げた感じからして、関西風に近い仕上げ方がされているのだろう。

 そのままでも美味しいが、身を崩し、ほかの具や麺とともに食べるのもいい。


(魚介のダシとニンニクに似た野菜チルラーガの効いたトマト似の野菜オタモーツソースとの相性もバッチシだ)


 だが、決してお綺麗なだけのハーモニーではない。


 各種魚介のうまみ。

 オタモーツのうまみ。

 絡まり魚のうまみ。

 そして麺の持つ小麦の風味。


 口に運ぶたびに、それらが、オタモーツまみれになりなが殴り合うかのような、ただのペスカトーレでは収まらない美味しさがある。


(前世で喰ったペスカトーレにもひけを取らねぇな。

 いや、前世含めて今まで喰ってきたペスカトーレの中で一番うまいまであるか?)


 とはいえ、この世界に生まれ落ちて二十七年。だいぶ前世の記憶が薄れているので、その感覚が正しいかどうかは分からないが。


(このイカの輪切りみてぇなやつ、見た目に反して味はタコだな。

 こっちはベビーホタテより小さいが、味は濃厚なホタテだ。

 このエビは……おう。まんまエビだな。良い味だ)


 殴り合いを終えた食材たちは、オタモーツまみれになりながらも、よい笑顔で大の字になって寝転がり笑い合う。


 そんな幻覚が見えてくるかのような、色んなうまみの応酬だった。


「旨かった。一気に喰っちまったな」


 ふぅー……と息を吐いた時、ちょうと食べ終わったらしいクリスと目があった。




 クリスはスプーンを手にしながらも、僅かなためらいがあった。


 林檎似の果実エルッパのリゾット。

 カリカリに焼かれた大きな薄切りベーコンが添えられている。


 見れば、リゾットの方にも刻まれたベーコンと――分かりづらいが小さく刻まれたエルッパも入っているようだ。


 自分で頼んでおいてなんだが、甘酸っぱい果物エルッパとエシルを合わせるという発想がなく、予想もつかない。その為、食べることに少々のためらいがあった。


 何ともなしにバッカスを見ると、彼は上に乗った絡まり魚を口にし、驚いたような顔をして以降、一気に食べ進めだした。


(バッカスが美味しそうに食べているのだから、大丈夫よね?)


 頼んだ料理は違えど、バッカスが美味しそうに食べている料理を作る料理人が作ったモノならば、変なものは出さないだろうという、遠回りな信頼だ。


 クリスは意を決してリゾットを口に運ぶ。


「あ」


 思わず声が漏れる。


 エルッパの爽やかな香りと甘みが口に広がった。

 それと同時に、ベーコンの塩気とうまみもやってくる。


 甘い。だけどしょっぱい。

 甘じょっぱいとは違う感覚。

 甘くてしょっぱいのだ。


 シャクシャクとした、エルッパの食感も良い。


 エルッパとベーコンのうまみをたっぷりと蓄えた米を噛みしめる。


 米の味とともに溢れ出すその、甘酸っぱくてしょっぱいという新しい風味に、クリスは一瞬で魅了されてしまった。


 カリカリに焼かれた薄焼きベーコンと一緒に頬張る。

 すると、舌の上で踊るエルッパとベーコンが、自分の担当を交代する。


 ベーコンの塩気と脂を感じたあと、エルッパの甘みと香りが爽やかに広がるのだ。しょっぱくて甘い。

 ハート型にカットされたエルッパを灯した瞳でリゾットの脇を見れば、小皿が一つおいてあるのに気が付く。


 そこに、無数の黒い粒が乗っていた。


(正体は分からないけど、楽しみ方はバッカスが作ってくれたオカユと同じはずよね?)


 半分ほど食べたところで、クリスはリゾットにその黒い粒を振りかける。


 ふわりと香る刺激的な香り。


(これは、スパイス……黒胡椒かしら?)


 辛いモノはやや苦手な為、振りかけてから少しだけ後悔する。

 だが、ここまで魅了されてしまっていると、その程度のためらいでは止まれなかった。


 甘酸っぱくてしょっぱいリゾットに、ピリリとした刺激が加わった。

 それだけで、味が引き締まった気がする。


 エシル、エルッパ、ベーコンの穏やかな三重奏に混ざった刺激的な旋律。

 だが、それは三者の演奏を邪魔するのではなく、三者をより質の高い演奏をさせるべく引っ張り上げていく。


(ふんわりとした空気を引き締め、しっかりと導く、厳しい指揮者のようね) 


 より強く、エルッパのリゾットの世界へと引きずり込まれ、魅了されていくのを自覚しながら、クリスはスプーンを動かし続けた。


「ほぅ……」


 気がつけば、一気に食べてしまっていた。

 エルッパのリゾットを綺麗に食べ終えて顔を上げると、先に食べ終わっていたらしいバッカスと視線が交差する。


 お互い、特に言葉は発しなかったものの、その視線で「美味しかったね」という言葉を交わし、自然と笑みが浮かんでいた。



 そしてバッカスとクリスがお互いに一息ついた頃合いを見計らい、ムーリーがテーブルへとやってくる。


「お待たせ。お茶とティーワスを持ってきたわ

 さぁどうぞ。タルトとオシルコよ」


 クリスの前に出されたタルトは、その生地の上に、白いクリーム。その上に小さくカットされたエパルグがちりばめられていた。

 宝石のように煌めく黄緑色の果実は、宝石のようだ。


 キラキラと輝いているのは、恐らくハチミツやシロップなどに一度潜らせたからだろう。


 余談だがエパルグは、バッカスからすると味も見た目も前世の白ブドウそっくりな果実である。

 ただ、サイズがまったく違う。一粒が大きめのリンゴほどのサイズなのだ。


 また、木に成っている姿も、密集に房になっているワケではなく、地球のリンゴやミカン同様に、一個づつ実っている。


 その味と香り、そしてお手軽さからお酒やジュースのみならず、庶民のおやつとしても人気の定番フルーツだ。


「エパルグのタルト……見た目も華やかだな」

「そりゃあね。味だけでなく目でも楽しんで欲しいもの」

「嫌いじゃないぜ。その心がけ」

「ありがとう」


 バッカスがムーリーとそんなやりとりをしていると、クリスが不思議そうな顔をしているのに気がついた。


「だけど、バッカスが頼んだオシルコ? って華がないんじゃない?」

「まぁ華やかにするのが難しい料理だからねぇ」


 苦笑するムーリーに、バッカスもうなずく。

 

 小さな豆の浮いた黒紫色の汁の中に、一口サイズの白い物体が浮いているビジュアルは、確かに初見だと不思議に思うかもしれない。


「豆を甘く煮た汁に、モチというエシルや芋から作る具を入れて作るんだよ」

「あら? じゃあお米エシル料理なの?」


 米好き騎士エシルジャンキーが目を輝かせるが、ムーリーはゆっくりと首を横に振る。


「本当はお米エシルで作りたかったんだけどねぇ……上手くできなかったのよ。

 なので、オラト芋を代用して作った、オラトモチよ」


 それを聞きながら、バッカスはそのオラトモチを口に運ぶ。

 もちもちとした食感。お米の風味はなくとも、仄かな甘みを持つ芋の味は悪くない。


 豆との相性も良い。


「どう?」

「美味い。これ――汁の方を、オラトモチに併せて少し落ち着いた味にしてあるな」

「そうなの! オラトイモはお米エシルと比べるとどうしても甘みが強いから、スープの甘みを強くするとケンカしちゃうのよねー!」


 一口食べて工夫したところを当ててくるバッカスに、ムーリーは嬉しそうにクネクネする。


「ちなみに、モチ用に使ったエシルって、ちゃんとモチゴメを使ったか?」

「え?」

「正式な品種名は分からないけどよ。モチゴメって品種を使わないとダメだったはずだぜ」

「そういうコトかぁ……」


 恐らくはふつうに手に入る米で作ろうとしたのだろう。

 あるいは、彼が手に入れたレシピには、わざとその情報が記載されていなかったのか。


 何となく後者に当たりをつけて、バッカスは告げる。


「ニーダングのレシピはわざと抜け漏れを作ってる場合もある。

 おかしいなと感じたら、レシピには描かれてない何かが存在する可能性があるから気をつけた方がいいぜ」

「……なるほど。心当たりあるわ。良い情報をありがとう」


 桃色の瞳に真剣な色を滲ませて、ムーリーが礼を告げる。

 彼にとっては、貴重な情報だったのだろう。


 そんなバッカスを見ながら、クリスは関心していた。


「それにしても、バッカスはよく知ってるわね」

「ほんとよね~。オシルコなんて知名度の低い料理の詳細まで知ってるなんて」

「時々、何でも屋ショルディナー仲間からは、現代の美食屋でも目指してるのかって言われるな」

「それくらい好きなのね! やっぱり、お料理についてちゃんとお話聞きたいわ!」

「そんな人と知り合えてご飯をごちそうして貰えてるなんて、結構幸運かもしれないわねぇ」

「うちは魔剣工房であって食堂じゃねぇんだけどなぁ……」

「ふふ。アタシも食べにお邪魔していいかしら」

「もちろんよ」

「何でクリスが良い顔で返事してんだよ」


 暇つぶしに食事をしに来そうな奴が増えそうじゃないか――そんなことを思いながら、バッカスはやや渋めに入れられたアヤミヴァイの花茶を啜る。


「クリスちゃん、タルトを食べてみてくれない?」

「ええ、そうね。頂くわ」


 そんなバッカスの様子をクスクスと笑いながら、クリスはエパルグのタルトを口に運ぶ。


「まぁ!」


 甘過ぎないクリームと、エパルグの爽やかな甘さが口の中に広がっていく。

 サックリとしたタルト生地も、堅くなく柔らかくなく、良い具合だ。


 そのまま二口、三口とどんどん食べてしまう。


「ふふ、いい顔をありがとう」

「こいつ、美味いモンを美味そうに喰ってくれるから、作り甲斐あるんだよな」

「わかるわ。この顔を見ちゃうとね」


 ムーリーとバッカスがそんなやりとりをしている。

 だが、クリスは一口食べて心を奪われてしまったタルトに夢中で、二人のやりとりは聞こえていなかった。


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