この麺を炒めた、甲斐がある 2


「解せぬ……」


 模擬戦を終えたあとの訓練場で、大量の麺を炒めながら、バッカスは遠い目をしていた。


 学校側が用意してくれた屋台用のコンロと、その上に乗せて使う大型の鉄板。


 ストルマの油を薄く敷いた鉄板の上に、板金皮の猪ロムラーボアの薄切り肉と、大量のキャベツっぽい味の野菜を炒め合わせている。


 このキャベツっぽい味の野菜はエガブニプといい、見た目は前世で言う松の葉に似ている細長いものだ。だけど食べたときの味と歯ごたえと味はキャベツという野菜である。


 肉と野菜に火が通ったら、バッカス特製のミックススパイスソースをたっぷりとふりかけ、混ぜ合わせていく。


 ソース焼そば――を作りたかったのだが、肝心のウスターソースがまだ作り出せていない。

 だが、魚介系のダシや、魚醤のようなモノは手には入れられた。

 なので、それらを組み合わせて作ったタイ風焼そばパッタイっぽい味のミックススパイスソースを今回は使用している。


 ちなみに麺は、バッカスのコダワリの手打ち麺。

 この世界、パスタはあるが中華麺に近い麺を見かけなかったので、バッカスが自作した。鹹水かんすいの調達手段だけは記憶が曖昧だったので試行錯誤だったが。


 いつでも食べられるように大量生産して、腕輪の保管庫に入れておいたのだが――どうやら、今日はそのストックを全て使い切りそうである。


「良い匂いね」

「だろ」


 ソワソワした様子で声を掛けてくるクリスに、バッカスは笑う。


「ところで聞きたいんだが」

「なにかしら?」

「俺は何でこんなところで料理してるんだ?」

「だいたいルナサちゃんのせいかな」


 それ、何度目の質問かしら――と苦笑しながらも、クリスは律儀に答えてくれる。


「やっぱアイツ痛い目みるべきだろ」

「料理を始めてからこっち、何度も聞いてきたその答えにも飽きてきたわね」

「それでくだんのガキンチョはどこだ?」

「今はあっちでお説教されてるわ」

「ふむ」


 クリスが示す方へと視線を向ければ、確かにメシューガに叱られているルナサの姿があった。


 バッカスは鉄板の焼そばを炒める手を止めないまま、二人のやりとりに耳を傾ける。


「いいかい、シークグリッサ。君のその素直さは美徳ではあるが、些か素直が過ぎるのは問題だ」

「いや、でも……アイツが料理上手なのは本当だし……」

「そうだね、バッカスが料理上手なのは本当だ。

 でもね。個人的な知り合いである君が、バッカスにお願いするならいざ知らず、『みんなも食べてみるべき』なんて言い方はね。よろしくない」

「はい……」

「おかげでボクを嫌っている教師たちが調子に乗って、こんな食事会を開いてしまった。それもバッカスの意志を無視して、だよ?」

「ううっ……」

「何より、この場の支払いは誰がするのかな? 材料費とか手数料とかさ」

「え? 話を広げた先生たちじゃないんですか?」

「そう。本来ならね。でも彼らはそのつもりなんて一切ないよ。

 バッカスの料理が美味しいか不味いかも関係ないんだ。ただただ連中は難癖を付けたいだけなんだ。難癖をつけて、支払いは全部バッカスやボクに任せる。

 ようするに、バッカスを困らせてボクの顔に泥を塗りたいだけなんだよ」

「えっと、意味が分からないんですけど……」

「そうだね。正直、ボクも意味が分からない。だけどこういうコトは珍しくない。だから発言には気をつける必要がある。あるいは気をつけるべき場面がある……と言うべきかな」

「納得できないんですけど……」

「納得できる出来ないの話じゃないんだ。そういうコトになった。それだけが事実なんだから」

「むぅ……」


 メシューガの言葉を、ルナサはいまいち納得が出来ないようだ。

 バッカスに言わせれば、納得できるかどうかは大事なことだが、同時に世の中は納得できないことばかりなのだから、我慢して飲み込むしかない話でもある。


 それでも飲み込めないなら戦うしかない。

 どうやって戦うかは納得の内容と、その場によって変わってくるが。


 しかし、メシューガはそういう言い方でルナサを突き放すようなことはなく、穏やかな表情のまま、物語でも読み聞かせるように話しかける。


「シークグリッサ。君はもう少し物事の過程を意識するべきだ。

 君の思考は始点と終点だけで、それらを結ぶ過程という線に関しての意識が足りていない。しかもその終点も理想だけで現実感が足りてない」

「すみません。どういう意味ですか?」

「魔術で例えるなら、魔術帯キャンパスを意識せず、結果だけを求めていると言えばいいかな……?

 火が欲しい時に、術式の構築や祈るべき神を考慮せず、とりあえず魔力を炎へと変えているだけのようなもの――と言えば分かるかい?」

「それって手から炎が出ず、口やお尻から出ちゃう可能性があるんじゃ……」

「その通りだよ。そしてその結果が、この訓練場で料理をしているバッカスという図だろう?」

「あ……」

「自分の発言がどう解釈され、どう扱われるか。それを考慮しなかった結果だよ。君の言う火の魔術がお尻から発動するのと、何が違うのかな?」


 ルナサはそこで項垂うなだれた。

 どうやら自分のやらかしに理解が至ったらしい。


 それを見、バッカスは小さく肩を竦めた。

 溜飲は下がった――ということにしてやろうと、小さく苦笑する。


「それにしてもメシューガのやつ、ちゃんと教師やってるのな」

「詳しいコトは知らないけど、彼――貴方に感謝していたでしょう?

 それってつまり、そういうコトなんだと思うのだけど」

「そうか。ちゃんとやってるって言うなら、ここで焼そば作るのも仕方ないと思えるな」

「何がどう仕方ないのかしら?」

「ここ麺を炒める甲斐もあるってな」


 口ではぶつくさ言いながらも、バッカスは最初から最後まで手際が良かった。

 そういう意味では、彼は最初からメシューガの顔を立てる為に料理をするつもりだったのかもしれない。


「まぁガキのやらかしだ。それに対しては口で言うほど怒っちゃいねぇってコトだよ」

「でしょうね」


 バッカスの言葉にうなずきながら、クリスはチラリと訓練場の隅の方へと視線を向ける。


 最初こそニヤニヤしていたのに、今ではどこか困ったような怯えたような顔をしてこちらを見ている教師が二人。


 取るに足らない小物たちではあるが、大人としての責任は果たしてもらいたいところである。


 そう思っているのは、どうやらクリスだけではないようだ。


「とはいえ、だ。

 ガキがやらかしたコトを、叱るでも注意するでもなく、自分らの都合の良いように利用する大人にゃあ怒ってるぜ」

「気が合うわね、私もよ」


 さて、どうしたものか――と考えているうちに、焼そばは良い具合に炒まってきていた。


「頃合いか」


 屋台用の使い捨ての皿の用意もある。

 それに焼そばを盛り、駆け出し職人たちに練習がてら作らせまくった少し不格好な木製フォークを添えた。


 このフォークは、木工職人の親方が駆け出し向けの練習方法に悩んでいた時にバッカスが提案したものだ。定期的に一定数の購入をしている。


 すぐには必要にならずとも、お祭りの時や今回のような場面で気軽に使い捨てられるカトラリーとして用意しておくと、便利なのである。


 そして準備を終えたバッカスがルナサを呼ぶ。


「お~い、ルナサ~」

「は、はい!」


 メシューガのお説教中に名前を呼ばれたルナサがビクりと身体を震わせる。


「メシューガも一緒に受け取れ。お前らがまず最初だ」

「私にはくれないの?」


 いたずらっぽく訊ねてくるクリスに、バッカスはやれやれと小さく息を吐く。


「お前さんは次な」


 身内贔屓と言われるかもしれないが、バッカスとしては最初からそのつもりである。


 すると、どこからともなくひょっこりとミーティが現れた。


「バッカスさーん」

「こっちのガキもいたか。まぁクリスの次だぞ」

「やった!」


 そうして身内に提供しつつ、バッカスは声を上げる。


「料理は完成だ! だが、受け取りはガキが優先だ。

 大人は多少の分別を付けろよ。ここが学校である以上、主役はガキだかんな! 大人はちゃんと大人として振る舞え!」

「バッカスの言葉遣いはどうなのさ」


 素朴な疑問とばかりに口に出してくるメシューガに、バッカスは不敵な笑みを浮かべた。


「俺は良いんだよ。そこ以外で揚げ足も取れねぇバカな大人を炙り出す為だからな」

「単に素ってだけでしょう?」


 即座にツッコミを入れてくるクリスに、バッカスは憮然とした様子で口を尖らせるのだった。


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 今日は準備が出来次第、次話も公開しますわよー٩( 'ω' )و

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