この麺を炒めた、甲斐がある 1
ターギィ・ジョン魔術学校。
伝説の魔術師の名を冠するこの学校は、この領地の領主肝いりで建設された学校だ。
魔導工学によって大きな恩恵を得ている現代社会において、魔術に関する事柄に触れることなく大人になるにはデメリットが多すぎる――という理由から、領主が建てたものである。
すでに魔導工学技術は貴族のモノではなく、身分問わず生活に必要なモノとなっている――にも関わらず、いつまでも平民から学ぶ機会を奪うのは現実的なものではないという理念から生まれたそうだ。
これに関しては、王都にある王立学園への当てつけの意味もある。
現在の王立学園は、『誰にでも門戸を開き、身分に貴賤無く学べる場』を掲げながら、努力して入学してくる平民に対して、教師も生徒もバカにしたり邪魔したりすることが横行しているのだ。
そういう意味では、かなりの皮肉が含まれていると思われる。
もちろん、平民の中にはバッカスのように周囲のやっかみの一切をはねのけ、味方を増やし、その実力を示し続けながら王立学園を卒業した者もいる。
そのような偉業――というか異形というか――が時折、発生したりするのは事実だ。
だが、基本的に王立学園はバッカスのような存在を認めたがらない。
そんな王立学園を皮肉りまくったかのような観点と制度を持つのこの学校は、一部の貴族たちからは、国への叛意を植え付ける機関なのでは……と文句を言われたことも多々ある。
だが、そもそもこの学校――後援者の一人は、第一王子であるメイディン・シュテン・ヤーカザイである。
そういうことを口にする輩に対しては、メイディン王子がそれはもう楽しそうにドSスマイルを浮かべながら、むしろ君たちの方に叛意があるのでは? と訊ねるものだから、誰も文句を言わなくなった経緯があるとかないとか。
さておき――
このターギィ・ジョン魔術学校は、教育課程に魔術に関する勉学を含む基礎教養を学べる場所となっている。
特に読み書きや算術などは、魔術を勉強する上で重要な為、それらが覚束無い生徒用の専門教室があるくらいだ。
入学は基本無料。特定の授業を受けるには有料となってしまうのだが、入学から努力を続け、一定の成績を保ち続けられるのであれば、教師の推薦などによって、有料授業すら無料で受講させてもらえる。
さらに、魔術士、魔導騎士、魔導技師、錬金術師のみならず、
またそれぞれの職人ギルドや、領衛騎士などと提携し、各業種の見習いは、生徒と一緒に授業を受けたりすることも可能となっている。
それ故、戦闘魔術士や、魔導騎士、
その訓練場は、使用時には特殊な結界が張られ、魔術や戦闘用魔導具などの余波が外へと影響を与えないように造られている。
そんな訓練場に、学校とは無縁そうな男が一人。
ボサボサの黒髪に、暗色赤の双眸を持つ、無精ひげを生やした男。
黒い革のジャケットと同色のズボンに身をくるみ、黒い鞘に納められた
「悪いね、バッカス。呼び出しちゃって」
「別にいいんだが……珍しいな、メシューガ。
お前の方から、手合わせして欲しいと言い出すなんてよ」
向かいにいるのは、この学校の教師メシューガ・ナキシーニュ教諭だ。
話を聞く限り、彼があちらの男性――バッカス氏を呼びだしたようである。
そのナキシーニュ教諭も、普段の教師用のローブ姿ではなく、全体的に砂色でまとめられた動きやすそうな衣服を着ていた。
彼もまた艶を消された鞘に納まったダガーを腰の左右に帯び、武装している。
「ところで、この見学者の数はなんだ?」
「シークグリッサがうっかりこぼしちゃったみたいで」
そのせいで、この訓練場には学生たちだけでなく、興味を持った
バッカス氏が嘆息するのもわからないでもない。
「あのガキ、一度痛い目に遭うべきじゃないか? あー……いや、一応怖い目にはあってるのか」
「確か大型の餓鬼喰い鼠に襲われたんだっけ?」
「へこたれないのか曲がらないのか、まぁ――見込みはあるよな。色々と」
「あの真っ直ぐさはちょっと羨ましいというか眩しいよね」
バッカス氏とナキシーニュ教諭は苦笑しあうと、互いに準備運動のようなものをはじめた。
身体を動かしながらも、二人は様々なことを確認しあう。
「一応、見学席の手前には結界があるんだっけか?」
「それなりに丈夫だけど、お互いに本気出すと壊せる程度だから、ほどほどにやろう」
ナキシーニュ教諭の言葉にバッカス氏はひとつうなずくと、こちらをぐるりと見回してから告げる。
「つーわけで。俺とコイツがガチになると、結界がぶっこわれる可能性があるから気をつけとけ。
壊さないようにやるつもりだが、お互いに負けず嫌いな上に熱くなりやすいもんでね」
見学席の結界を壊す――その言葉を信じられる者はそう多くない。宮廷魔術士だって簡単ではないのだ。
「その辺り、お前頼りだからな。クリス」
「私は面白そうだから見学に来ただけなんだけど」
「見学料ってコトにならないかな? この中だとキミが頼りなんだけど」
ギャラリーに混じるクリスと呼ばれたピーチブロンドの女性は仕方なさげにうなずく。
彼女も生徒ではなさそうだ。
話を聞く限り、バッカス氏とナキシーニュ教諭の知人が、見学しにきたというだけなのだろう。
「二人に本気になられると、カンを取り戻す最中の私には荷が重いんだけど?」
だから、本気なんて出さずにやれ――と彼女は暗に言う。
クリス女史から見ても、本気を出した二人を前にするにはこの結界が頼りなさげに映るのだろうか。
「クリスさんがそこまで言うほどなの?」
「実際に目の当たりにしたコトはないけれどね。
でも、二人とも
ルナサ・シークグリッサ生徒とクリス女史のやりとりに、聞き耳を立てていた見学者たちは驚愕する。
学校でやる気なく教鞭を振るう姿の印象しかないナキシーニュ教諭が、選ばれし十騎士と同じだけの実力を保有している――それは、生徒として驚くことしかできない。
「
「え? クリスさん、朝騎士候補になったコトあるのッ!?」
シークグリッサ生徒の言葉に、目を見開くのは彼女の友人であるミーティ・アーシジーオ生徒だ。
そして、驚くのは見学者たちも同じである。
その片方である朝騎士候補に選ばれたことのある騎士が、バッカス氏とナキシーニュ教諭の実力を認めているのだ。
「ルナサちゃん。何でもポロポロお零ししちゃうそのお口。そろそろ物理的に縫い合わせさせて貰ってもいいかしら?
貴族や商人を相手にするコトのある立場としては、致命傷になりかねないわ」
少し口の端をつり上げながら、クリス女史はシークグリッサ生徒のほっぺたを引っ張る。
「私だからいいけど、気をつけないと本当にこのお口のせいで、暗殺者とか差し向けられても文句言えないからね?
こういう人が多い場所ではね。誰が聞いているのか分からないのよ?」
注意――というよりも警告に近いことを言われて、シークグリッサ生徒は青い顔をしながらうなずいた。
素直であることは美徳かもしれないが、確かに商人や貴族を相手にするには危険すぎる素養といえよう。
「メシューガ。どこまでアリだ?」
「基本禁止事項はナシで。
「了解だ。そこはお互いに気をつけよう」
見学者側がざわざわしている間に、二人は戦うための注意事項などの確認を終えたようだ。
それから二人は少し距離を離し、向き直る。
「んじゃ、やるか」
「うん」
ナキシーニュ教諭がうなずくと同時に、どこからともなく取り出したコインをバッカス氏が親指で弾く。
同時に二人は――特に構えることなく、自然体のような姿勢で見つめ合う。
宙高く舞うコイン。
くるくると回転しながら、やがてそれが地面へと落ちる。
次の瞬間――
いつの間にかダガーを一振り抜き放っていたナキシーニュ教諭が、バッカス氏の左側から躍り掛かっていた。
それに対して、バッカス氏は左手で握っていた鞘のままの肢閃刃で受け止める。
速い。
速すぎて、馴れない者たちの目にはその結果部分しか映らない。
だが、見学者たちのそんな戸惑いなど無視するように状況は進んでいく。
「
ナキシーニュ教諭の一撃を防いだバッカス氏は、剣を握らぬ拳に白の魔力を集めて
バッカス氏が繰り出した彩技は、その名の通り、目映く輝く拳で、相手の目を焼きつつ、重い拳を叩きつける技だ。
しかし、ナキシーニュ教諭はそんな目眩ましなど通用しないとばかりに、再び姿を消すように動き、バッカス氏の背後へと移動した。
「ふッ!」
「見えてるぜッ!」
「まだまだ!」
攻撃を受け止められるや否や、またもやナキシーニュ教諭は姿を消す。
「先生が消えるのって彩技?」
「でも、技名を口にしてないじゃん?」
生徒たちのざわつきを、戦っている二人は気にせずに攻防を続けていく。
彩技とは魔術のように魔力を外へ投射せず、自分の内側にある魔力を身体強化や武装強化に用いて繰り出す技術だ。
技によっては一見すると大道芸のような動きに見えることもある。だが、彩技として発動された技は、その利用された魔力によって必殺技足りうる性能を持つ。
彩技を使うには、身体の動きと体内の魔力の流れを一致させる必要がある。
それを一種の流れとして、ルーティン化する為、技名を口にするのが当たり前となっていた。
ようするに、技名を口にすることで、身体の動きと魔力の流れを、即座に一致させる習慣づけと言ってもいいだろう。
もっともその流れを自然に行えるようにする為には、当然のように幾度とない鍛錬と実戦が必要なのは言うまでもあるまい。
もちろん、言葉に出さずとも身体の動きと体内の魔力の流れを制御すれば、声を出さずとも使用は可能だ。その分、難易度は跳ね上がる。
ナキシーニュ教諭が姿を消すように動くのは、無声彩技を利用しているのかもしれない。
幾度目となる姿消失を行い、ナキシーニュ教諭はバッカス氏の死角から、左手に持つダガーを袈裟懸けに斬る。
それを躱すバッカス氏へ、続けてナキシーニュ教諭は右手のダガーで袈裟懸けを繰り出す。
身体を反らしてそれも避けるバッカス氏。
そこへすかさずナキシーニュ教諭は、二刀を構えた。
「
交差した両手を開くように繰り出す同時斬撃。
しかし、バッカス氏はそれをも軽く後ろへ跳んで躱してみせた。
ナキシーニュ教諭が繰り出す魔力を込めた二刀のダガーによる三連斬り。その速度は目で追うのがギリギリの速度だった。
――にもかかわらず、バッカス氏は余裕を持って連撃を躱してみせる。
バッカス氏は後ろへ跳んだ直後、不可視の
「燃え差しの妖精よ、
炎が広がる。
魔力帯の端から徐々に――ではなく、魔力帯が一斉に燃え盛るように。
しかし、完全に燃え上がるよりも速く、ナキシーニュ教諭もまた自身の魔力帯を広げ、術式を投射していた。
その形は、まるでバッカス氏の術式に自身の術式を上書きするかのようだ。
「無色透明は諦めの色」
普段の頼りなさげな雰囲気とは異なる、冷酷なまでに淡々とした声でナキシーニュ教諭が呪文を紡ぐ。
すると、ナキシーニュ教諭を喰らおうとする炎の
だが、バッカス氏は驚くことはなく、右手を剣の柄へと添えながら駆ける。
「
刹那――バッカス氏の右手がブレて見えた。
しかし、それだけだ。見学者のほとんどは何が起きたか分からない。
「
「そりゃどうもッ、
二人のやりとりで、どれだけの見学者が理解できたか。
バッカス氏の手がブレた僅かな時間に、刃が抜き放たれ斬撃を繰り出し、すぐ鞘に戻されたと。
高度な
近接戦闘にしても魔術戦にしても、展開が速すぎてついていけない。
「うん。少しずつカンが戻ってきた」
「そりゃ何より。もう少し段階をあげるか?」
「そうだね。お願いするよ」
二人の動きはどんどんと激しさを増していき、見学している生徒たちを置いてきぼりにしていく。
そして、置いてきぼりにされるのは、生徒だけでない。
ナキシーニュ教諭に良い感情を持たない故、この模擬戦の不出来を笑ってやろうという理由で見学にきていた教師たちすら置いてきぼりにしていく。
あるいは、そもそもからしてナキシーニュ教諭は、ことあるごとに喧嘩を売ってくる教師たちを牽制するべく、友人との模擬戦を目立つ場所で行うことにしたのではないだろうか。
二人の戦いを見学する傍ら、置いてきぼりにされている、あまり印象の良くない教師たち。
その様子を眺めながら、学校長は密かに笑うのだった。
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【魔剣技師の酔いどれ話】
酒呑みの多い町ケミノーサ
実は、酒飲みのアナグラム。
これに限らず、全部が全部ってワケじゃないですが、本作の人名・地名は割と酒飲み関連ワードをモジった奴が多いです。
エダマメとか味塩とか。
そもそも主人公のバッカス・ノーンベイズからして、バッカスの酒&呑兵衛から来てますので。
毎度毎度ランキングの話をするのもアレな気もしてきたので、
本日からは控えまする٩( 'ω' )و
それはそれとして、皆様、ブクマ・☆・♡などでの応援いつもありがとうございます!
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