誤解を招くな、運を招け 6
本日更新2話目٩( 'ω' )و
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「あれ? クリスさん?」
「知り合い?」
噴水の前で何やら揉め事っぽい空気を醸し出している男女を見たルナサに、先生が訊ねる。
それに、ルナサはうなずいた。
「あ、はい。今の話に出てきた騎士さんです」
「なるほど」
そう思って先生が観察すれば、確かにあの女性――腕が立つ。
どうにも鍛錬をしばらくしていなかった形跡も見てとれるが、それを取り戻すように、最近鍛錬を再開しただろうことも伺えた。
「惚れた男の為に剣まで捨てたってのに、最後に自分が捨てられたら世話がないよなぁ」
女性の方も騎士だと聞いている。そんな彼女に対してためらうことなく貶めるようなことを口にできる男。身なりからして、彼も貴族なのだろう。
「どうせ壊れたのなら、俺の女にならないか?」
「どうしてあの男も、あの男の取り巻きもこんなに下劣なんだ?」
だとすれば貴族同士の言い争い。
いくらこの街が、平民に寛容な貴族が多い街とはいえ、彼のような明らかに余所者の貴族ともなれば話は別だ。
それをわかっているからこそ、周囲の者たちも彼女らを遠巻きにする。 巻き込まれてはたまらないからだ。
「その下劣な奴の甘い言葉に惑わされて人生めちゃくちゃにされた女がお前だろ? ならお前は下劣以下ってなぁ……ッ!」
下世話な表情と声で、恐らくは彼女を貶める為だけに、この広場で大きな声を出している。
その醜悪な精神性は、先生にとっては唾棄すべき存在だ。
あの手の存在は、鉄火場において一番身体を張っているだろうチカラあるモノを背後から焼き殺す。
「シークグリッサ。いいかい、あの手の輩こそが君の持論とは対極に位置する、本当の意味でチカラに責任を持たない輩で…………………って、シークグリッサがいない??」
自分の横に座っていた生徒がいつの間にかいなくなっていて、先生は内心でダラダラと汗を流す。
そして、自分で自分にその焦燥は正しいと心で花丸を描きながら、件の女性の方へと視線を向ければ――
「ちょっと、そこアンタッ!」
「え? ルナサちゃんッ!?」
「そういう話をこんな場所で堂々するモンじゃないでしょッ!!」
「なんだ、お前は?」
ビシっと指を突きだし、正論を堂々と口にする。
だが、それが通じるような相手であれば、そもそもこんな広場で堂々と女性の評判を落とすような非常識なマネはすまい。
「ほんとにもう、あの
先生は頭を抱えながら立ち上がる。
荒事と暴力は好きではない。だが、幸いなことに、荒事と暴力による解決手段はもっとも得意とするところだ。
やれやれ――と軽い覚悟を決めたところで、ルナサの言葉が響く。
「いくら変な男に引っかかって騎士を辞めたコトが事実であっても、それを大声で言って貶めていい理由にはならないでしょうがッ!」
フォローのようでフォローになっていない言葉を全力で告げるルナサ。
「かはっ」
横で吐血しかかっている女性に気づいていないのか、ルナサは指を突きつけたまま男へ告げる。
「そもそも男性に免疫のない女性を、甘い言葉でその気にさせて、都合の良い女に仕立てあげた上で捨てる詐欺なんて吐いて捨てるほどあるけど、そういうのは全部詐欺をする方が悪いもんでしょうがッ!
そりゃあまぁその手の詐欺に対して警戒もせず甘い言葉に引っかかっちゃう女性側もほんのちょっぴりぐらいは悪いかもだけどッ!」
「ごふっ」
横で吐血するように身体を丸めだした女性にまったく気づかずに言い切ったルナサに、指を差されている男は、とりあえず色々考えてから問いかけた。
「あー……なぁ嬢ちゃん。
お前はその女を助けにきたのか? それともトドメを刺しにきたのか?」
「え? トドメ?」
言われて、なぜか横でうずくまっている女性を見て悲鳴をあげた。
「クリスさんッ!? どうしましたッ!?」
それをキミがどうしたと問うのか――と、思わずツッコミを入れたくなりながら、先生はそこへ近づいていく。
「そうね、悪い男に引っかかった私が悪いのよね……」
「しっかりしてくださいクリスさん! それでもさっき一緒にいた男はその詐欺野郎比べれば何倍もマシなハズですッ!」
「待ってッ! その誤解を受けそうな言い回しやめてッ!」
「なんだ? お前、捨てられたばっかだってのに次の男か? お高い騎士様も実は尻軽だったのか?」
「ほら誤解されてるッ!?」
(……なんかグダグダになってきてる……。
割り込む機会を逸しちゃった気もしてきたし……)
先生が困っていると、そこへ新たな男性の声が割り込んできた。
「お前ら……なんで往来のど真ん中で誤解を拡散するような漫才してんだ?」
「待ってバッカス! 誤解を振りまいてるのはルナサちゃんだけよッ!」
「え? あたし何か誤解を振りまいてた?」
『無自覚ッ!!』
バッカスとクリスだけでなく、男と先生……それどころか野次馬までもが一緒になってツッコミを入れてしまう。
「いや急になんだお前」
そして、男の近くにいながらも一緒になって叫んでしまった先生に対して、男が目を眇めた。
だが、そんな男など完全に無視するのが、バッカスだった。
「ん? ああ! メシューガじゃん! 久しぶりじゃねーか! まだ教師の仕事を続けてんの?」
「おかげさまでね。結構楽しくやらせてもらってるよ。良い職場を紹介してくれてありがとう、バッカス」
「え? 先生、バッカスさんと知り合い……っていうか紹介??」
さらに状況がグダついてきたところで、ついに男が叫ぶ。
「結局、テメェら何なんだよッ!!」
思わずギャラリーもそれにうなずきそうになるのだが、バッカスと先生は半眼で男を睨みつけて告げる。
「お前こそ何なんだ?」
「キミこそ何なんだ?」
二人の剣呑な雰囲気に圧され、男は一歩後ずさる。
その横で、クリスは冷や汗を流していた。
(この二人……殺気だけなら、十騎士並かそれ以上だったりしない……?)
なぜそれだけの実力者が市井で酒飲みながら魔導具を作ってたり、学校で教師なんてものをしているのだろうか。
そうは思うが、二人とも事情があるのだろうと、クリスは胸中の言葉を飲み込んだ。
口に出してしまえば、自分に対するブーメランになりかねない言葉だ。
「どうせあのバカガキの取り巻き風情なんだろうけどな……どうしてお前がクリスを見下せる? そもそも家格はクリスの方が上だろう。
それにお前が金魚のフンみてぇにくっついて回ってるバカガキだって、偉いのはオヤジさんであって、テメェ自身は実績も何にもねぇガキだろうが」
「主人がバカにしていた女だから取り巻きの自分もバカにして良いなんて思ってこんなコトしてるってコト?
だとしたらどうしようもないな。そもそも家格としては負けてるんでしょ? じゃあ彼女のお父さんが怒ったらどうなるの?」
「お叱りですめばいいけどな。
今回の件がキッカケで派閥争いの天秤が大きく傾いたり、両親や親類が裏で手を回して準備していた何らかの
「貴族のそういうところ面倒だと思うけど、貴族として生まれたならそういうのもちゃんと把握して動くべきだよね。
それができずに、こんなところまでやってきてわざわざ彼女を貶めるとか、バカじゃないの?」
バッカスと先生、言いたい放題である。
さすがにこれには、男も
「好き勝手いいやがってッ! テメェらは家格どころか平民だろうがッ!
貴族である俺に対する不敬だろうッ!!」
一見正論である。
だが、この二人はその程度で怯むような柔な人間ではない。
「お前ン家よりも家格が上の家とのコネが複数あるぜ?」
「バッカスのおかげで多少はボクもコネがあるかな」
そこにクリスも加わってくる。
「そういえば伯父様と仲が良いのよね、バッカス?」
「まぁな。王都に住んでた時、飲み仲間だったし。
あ、クリスのオヤジさんとも何度か飲んだぜ」
「出たよ、バッカスの謎人脈。
ボクよりも
「学生時代、外面完璧なドラ息子の面倒を見たくもねぇのに見せられてたからな。そのせいで、そいつのご両親から覚えが良くなっただけだよ」
「待ってバッカス。貴方の言うドラ息子って……」
なおルナサは会話についていけずに、微妙に疎外感を覚えながら佇んでいる。最初に勇んで飛び込んだのは自分だったのに、バッカスと先生に色々とももっていかれてちょっぴり不満げである。
そして当事者である男の方は、バッカスと先生の言葉で青ざめはじめていた。
「……で? 貴族だの権力だのがなんだって?
これでも一応、俺は国に貢献してるんだぜ? 何なら国王夫妻から直接依頼を受けて魔導具を作ったコトもある。
ロクな貢献もしてねぇで偉そうにしているだけのガキと、国を筆頭に色んな貴族からの依頼でそれなりに魔導具納品したりしている俺と、切り捨てられるのって、どっちだと思う?」
バッカスは軽く上体を反らし、相手を下目遣いで見下ろしながら告げた。
(バッカスの有用性を理解している王子殿下がいる限り、目の前の男が切り捨てられるに決まってるけどね。
殿下、無能が大嫌いっていうのを公言しているし)
自分にこの仕事を斡旋してくれたのはバッカスと、その時バッカスと一緒にいた王子を思い出しつつ、苦笑する。
その時のことを思えば――コネがあるといえば、先生にも王子とのコネがあると言えるかもしれない。
王子とバッカスだけは先生の過去を知っている為、先生の有用性もまた理解していることだろう。
(有用に使われるのは嫌いだけど、有用性があるって面だけは多少表に出しておくべきだと思うしね。
本当にダラダラ生きるには、多少の有能さが必要ってコトなんだろうけど……。
あー……やだやだ。もうずっとダラダラ教師しながら生きたいのにさぁ……)
そういう考え方は、きっとルナサは嫌いだろうけれど。
今回の騒動をグダグダにさせた張本人たる生徒を見ながら、先生は小さく苦笑する。
「……だ、だが……ッ!
その女が尻軽だっていう情報だけは……」
「誤解だって言ってんだろ。
確かにコイツは、よくうちに遊びに来ているけどな」
「だったら」
「最後まで話を聞け。
俺がやってんのはカウンセリングだよ。
聞き慣れねぇ言葉だとは思うが――まぁ簡単に言やぁ、精神修復のお手伝いってところか。
肉体のキズと違って、心のキズってのは放っておいても治るもんじゃねぇからな。
話し相手になって、相談相手になって、時々旨いメシ食わせて……そうやって地道に心のキズってやつを治療してやってんだ」
「そうなの?」
驚いたような顔をするクリスに、バッカスは意味深な笑みを浮かべて肩をすくめる。
それは、肯定のようでもあり、否定のようでもある仕草だった。
だがどちらであっても、この場でそれを問いただす意味はないので、クリスは余計なことを口にしないように、噤むことにする。
「その治療をフイにするてぇなら、お前は俺の敵だ。
暴力、魔力、財力、権力その他諸々のあらゆるチカラを使ってテメェを潰す」
(あ、これは紛れもない本心だ。
気に入って懐に入れた相手を守る時には容赦ないんだよなぁ……)
おかげで自分もずいぶん助けてもらったな――と、先生は過去を思い出す。
こうして、完全に分が悪いと悟った男は――
「クッソ! お前たちの顔は覚えたからなッ!
絶対に後悔させてやるッ! 覚えてやがれッ!!」
「覚えておいてやるから、俺の言葉も覚えておけよ。次にまたケンカ売ってきたなら、そのときはテメェの精神も肉体も魂も……完膚なきまでにボコにすっから。
現在過去未来、異世界平行世界……あらゆる世界に存在するお前という存在とその魂に
お決まりような台詞を吐いて逃げ出そうとする男。
その男の言葉に被せて告げられるバッカスの言葉に、彼はビビりながら逃げることになった。
そんな逃げる男のことなど気にもせず、先生はバッカスに声を掛ける。
「あのさ、バッカス。ちょっと頼みがあるんだけど」
「内容にもよるな」
「一つが、白くてとろとろのアレが食べたいっていうのなんだけど」
「まぁそれくらいならい構わんが……ほかにもあるのか?」
「うん。そっちが本題。あのさ――」
バッカスもバッカスで、今し方の男と口論していた様子など微塵も見せず、久々に遭遇した知り合いに、友好的なシニカルスマイルを向けるのだった。
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