誤解を招くな、運を招け 5


 勢いのままバッカスの家を飛び出し、宛もないまま噴水広場にやってきたルナサが、ぼんやりと呟く。


「あー……ごちそうさまとも言わずに出てきちゃったな……」


 国境にほど近い辺境の地ミガイノーヤ領の領都ケミノーサは、麦酒ミルツエールの街という印象が強い街だ。

 実際、麦の栽培には力を入れているし、お酒に限らず麦の加工品が強い街というのは間違いない。


 とはいえ、やはりお酒が有名だ。それを求めてやってくる観光客が多い。麦の生産以外では観光客で稼いでいる街とも言えるだろう。

 だからこそ、景観や居心地の良さなどを重視した街づくりになっている。


 故に、観光客向けのスポットなども多数存在していた。


 今ルナサがいる噴水広場も、昔は無かったそうで、作られたのは比較的最近なんだそうである。


 魔導具を複数組み合わせて水を噴出、循環させる。その噴出のパターンを複数作り時間とともに変遷させていくことで、様々な表情を見せる。

 一般人から見れば、ただすごいな~綺麗だな~という感想になるが、ルナサの友人であるミーティからすると、超絶技術の組み合わせによる奇跡のような噴水なんだそうである。


 興味がないので、何がすごいのかはよく分からないけど、この噴水は街の人の憩いの場所になっているし、観光客からも評判だ。


 広場には屋台が出ていて、串料理やサンドイッチのような食べ物はもちろん、当たり前のように麦酒ミルツエールを売っている。


 ちなみに最近は、煎ったミルツを煮出して作る麦茶ミルツティーというものが流行り初めていて、エール屋台では一緒に置いてあることも多い。

 酒精を含まないこのお茶は、サッパリしていながら甘く香ばしい風味がする為、大人から子供まで好んで飲まれる。


 ルナサは、エール屋台でそれを購入し、噴水の見える木陰に設置されたベンチに腰をかけた。


 噴水によって作られた広場。そこに人が集まり、集まった人に向けて屋台が出る。


 すごい技術チカラを持った人が作った噴水によって、チカラを持たない人が幸せになる。

 ルナサにとって、この光景こそがチカラある者の責任によって築かれた光景だと、そう思っていた。


 だが――魔剣技師を自称するバッカスや、次期白朝はくちょうの騎士候補になるほどすごい騎士だった過去を持つクリスと出会って、それが揺らぎだした。


 あの二人は、高い能力チカラを持っていながら、その義務と責任を果たしていないのだ。


 幼い頃――いまよりも半分くらいの歳の頃だ。

 まだ井の中の蛙で、近隣の年上の不良程度にならケンカしても負けなかったルナサがやらかした大失敗。


 チンピラに絡まれていった近所の子供たち。

 自分はケンカが強いのだからその子たちを守らなければならない――そう思って、不良なんて足下にも及ばないほど怖いチンピラたちに、同じようにケンカを売ってしまったことがある。


 当然、勝てるわけもなく、その時は通りがかりの剣士に助けられたのだ。


 恐らくは高貴の出だろうその金髪で整った顔立ちの男は、男の友人だというどこか見窄らしい無精ひげを生やした黒髪の男に、ルナサを助けたことを咎められていた。


『お前ね、行く先々で騒ぎに首突っ込むなよ。お目付役扱いされている俺が怒られるんだよ』

『いいじゃないか。チカラ無き者を助けるは、チカラ有る者の責務だと、みんな言うだろう? 僕には財力も権力も暴力も……その全てがあるんだしね』


 その言葉に、幼いルナサは衝撃を受けた。

 自分が思っていたこと、考えていたことが言語化されたような衝撃だ。


 そして衝撃を受けていた為に、その後に続く、友人だという見窄らしい無精ひげの男の言葉を聞いていなかった。


『都合の良い時にだけ、そういうカッコ良さげに聞こえる台詞を吐くんじゃあない。単にチンピラいたぶって憂さ晴らししたかっただけだろうが』


 その出来事が幸か不幸かは分からないのだが、ルナサは責任を持ってチカラが振るえる存在になれるようにがんばった。努力した。


 今もなお現在進行形で、がんばっている最中である。

 一人前の魔術士になって、そのチカラで色んなモノを守りたい。


 守る為にはチカラがいるし、チカラを持つからにはチカラ無きものを守る義務がある。


 だからこそ、分からない。

 バッカスとクリスは義務と責任を果たしていないことに。


 麦茶ミルツティーの入った容器を持つ手にチカラが入り始めた時、自分を呼ぶ中性的な声が聞こえた。


「シークグリッサ」


 顔を上げると、そこには見覚えのある男性がいる。


「ナキシーニュ先生」


 手入れが全然されてなさそうなくすんだ銀の髪に、頼りなさげな眼差しをする紫の瞳を持つその人物は、ルナサが通うダーギィ・ジョン魔術学校の教師だ。


 名前をメシューガ・ナキシーニュという。

 ルナサが飛び出した時間の授業を担当していた教師である。


「あ……」


 先生の名前を口にしてから、自分が授業をサボってしまったことを思い出した。


「君が思いこみと暴走で授業をサボるのは学校の名物になっているからね」

「ごめんなさい……」

「今日はどうして飛び出したんだい?」

「ええっと……」


 ルナサが言葉を選んでいると、「横、いい?」と訊ねられたので、うなずく。

 先生が横に座るのを待ってから、ルナサは答えた。


「ミーティが、先日出会った人がすごかったって……恍惚な顔して卑猥っぽいコトを口にしてたから……つい、何かそういう目にあったのかなって……」

「それで、その人のところに?」

「はい……」


 しょんぼりと、うなずく。


「会えたの?」

「会えました。そして、あまり食べたコトのない料理を振る舞われました」

「料理?」

「食べた感想としては、だいたいミーティと同じになりました」


 先生はそこで苦笑した。

 でもそれだけだ。そこでルナサを叱責することも、バカにすることもない。


「誤解が解けて良かったじゃないか。その割には浮かない顔をしているみたいだけど?」

「料理を作ってくれた魔導技師さんと、一緒にいた女性騎士さんは、どちらもすごい人なのに、責任を果たしてないように見えて……」

「責任?」


 ルナサの中でも整理しきれていない話だ。

 口にしながら整理している為、少し分かりづらいかもしれない。

 それでも、先生は「何言っているのか分からない」と早々に切ったりせずに、話を聞き出そうとしてくれる。


「チカラを持つものは、チカラ無きものの為に、チカラを振るう責任がある――小さい頃、そんな言葉を聞いてから、ずっと信じてきたんですけど……」

「ああ、なるほど」


 先生は一つうなずいてから、少し考える素振りを見せる。


「それは君の持論だと、そう捉えていいかな?」

「持論……持論……? 持論……そうかも、しれません」

「なら答えは簡単だ。それは単に君の持論にすぎない。それを他人に当てはめようとするから矛盾する。それだけの話だよ。

 君がその言葉を信じ、持論とするのは勝手だけど、その尺度だけで他人を推し測ろうとすれば、測りきれないのはアタリマエじゃないか」


 さらりと、そう口にする先生の言葉に理解が付いていかずに、ルナサは目を瞬く。


「君がその言葉とどこで出会い、どうして持論にしようとしたのかは分からない。君にとっては救いの言葉だったり、悩みの壁を壊すキッカケの言葉だったのかもしれない。

 だけど、その全ては『君にとって』という話に集約されてしまうんだ」

「え、でも……」

「ボクも、君が出会ったという魔導技師さんも、女性騎士さんも、君じゃあないよ――その人たちはその人たちであり、ルナサ・シークグリッサという人間ではないんだ」


 先生の言葉を、脳が少しずつ理解していくにつれ、ルナサは俯き、麦茶ミルツティーの容器を持った手にチカラが籠もる。


「君が君の持論を教えてくれたからね。先生も持論の一つを口にしよう」


 そんなルナサを見守るような眼差しで、先生は言った。


「『他人に期待だけして自分で何もしないヤツはいつかその期待や掌を裏返す』だよ」

「…………」


 思わず顔を上げて先生を見上げると、普段は頼りなさげな双眸が、ひどく剣呑な光を湛えていた。

 絶望しきったような、全てを諦めたような。あるいは悟りきったようにも見える。


 その眼差しは、まだ二十代前半のハズの若い教師がするようなものではなく、世を儚み隠遁した賢者のようにも見えた。


「君の持論に合わせた言い方をするなら、『チカラを持たないコトを理由に、チカラを持たないなりの責任を果たさないヤツは信用できない』かな。

 チカラを持つ者ばかりに負担を掛け、責任を取らせておきながら、いざ自分たちが何らかの負担や責任を負う状況になれば、そいつらの多くは、チカラ持つ者を悪し様に言うものさ」

「チカラを持たない者にも責任はあるんですか……?」

「あくまでも先生の持論だよ。

 だけど、守る側ばかりが負担を負って、守られる側に一切の負担がないなんてあり得ないと思わない?

 弱者が弱者なりの責任を果たす気がないなら、守ってくれる強者に対して我が侭を言っていい権利はない。先生はそう考えているよ」


 気が付けば、先生の眼差しはいつもの昼行灯のような頼りなさげなものに戻っていた。

 だけど、先ほどの光を灯さぬ眼差しが気のせいだったとも思えない。


 でも――それよりなにより、先生の話を聞いていると思うことがある。



 それは――


「……難しいですね」


 ――だ。



 難しい――と呟く少女に、先生は優しく微笑む。


 今まで信じてきた持論が矛盾する状況。

 それを初めて感じた少女の苦悩。


 持論のソリが合わないからといって、見捨てるような先生ではない。

 これは彼女の成長の機会だと、先生は考える。


「自分の持論を曲げる必要はないよ。だけど、自分の持論だけで物事を測ったらダメだってコトだけ、今は押さえておけばいい。

 持論を他者に押しつけたら、それはもう持論じゃなくなる。

 持論っていうのは、自分の中に持ち続ける理論や理屈――自分の芯や核となる考え方のコトなんだから」


 授業をサボったことは頂けない。

 だけど、今抱えている彼女の苦悩は、きっと学校の勉強なんかよりもずっと大事なものだろう。


「持論と現実は折り合いを付けていく必要はある。

 だけどね。鉄火場で迷いが生じた時あるいは重要な決断を下さないといけない時――そういう場面ではね、案外持論が身を助けるコトもあるんだ。持論を胸に抱いておくのは決して悪いコトじゃないんだよ」


 先生は、その手の鉄火場で背後から丸焦げにされた経験があるからこそ、今の持論を得た人間だ。

 だからこそ、平和的に悩んで考えて、持論と現実との矛盾と向き合って、成長できる機会がある少女を羨ましいと思う。尊いことだと考える。


 平和な場所で、平和な時間に、平和的に成長する子供たちを見守る先生という仕事は、天職とは思えずとも、ずっと続けたい大事な仕事だと考えていた。


 そんな先生だからこそ、平和を破り、生徒を脅かしかねない状況には敏感だ。


「あれ? 婚約破棄されて廃人になったんじゃないんですかお嬢さまァ?」

「失せろ。今更、あの男の取り巻きと交わす言葉は持ち合わせていない」


 噴水の前で、悪意と敵意を満載で口を開く男と、それを嫌悪感しかない表情で対応している女性のやりとりを見て、先生は目を細めた。


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なんだか今日は2話アップしたい気分なので、

準備が出来次第、次話の投稿します٩( 'ω' )و


現在 総合週間83位!

ジャンル別週間52位!


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