誤解を招くな、運を招け 4


 薄切りしたダエルブパンの上に、自家製のベーコンと、ピーマン似の野菜レペップ・レブトマト似の野菜オタモーツを乗せ、美食王国の二つ名を持つ国ニーダング王国からわざわざ取り寄せたという刻みチーズをたっぷり乗せ、トドメにバッカス謹製のモッツァレラなるチーズまで乗せて焼き上げた贅沢なピザトースト。


 それを食べ終えたルナサはテーブルに手を突き、愕然としている。


「白くて……とろとろしたものが……美味しかった……」

「旨かったなら旨かったなりの顔をしてくれ。なんでショック受けてんだお前」

「純粋に勘違いで暴走しちゃった自分を反省しているんじゃないかしら?」

「クリスさん冷静に分析しないでください」

「あらあら」


 どうやらクリスの言葉は図星だったらしい。


「八つ当たりだと分かってても、暴れたい……」

「暴れてもいいけど、貴女……支払いできるの?」

「はい?」


 穴があったら入りたいとでも言うかのように呻く少女に、少しだけ真顔になった大人の女性が告げる。


「だってこの部屋に無造作に置いてる魔導具の数々……どれもこれも、とある魔導技師が作り上げた超が付くほど高性能な一点モノばかりなのよ?

 貴族はおろか、王族でさえ購入を躊躇う価格のモノすら、無造作においてあるらしいわ」

「う゛え!?」


 ルナサの口から、思わず変な声が出る。

 

「乙女が出していい声じゃないわね」

「いやだって……じゃあ、この部屋……」

「ええ。魔導技師にとっては夢の国よね」


 慌てたように部屋を見渡すルナサだが、多少広さのある家賃高めのアパートの一室にしか見えない。

 男の一人暮らしの部屋というものをルナサは分からないが、それでも、見た目だけで言えば、ふつうに暮らしている人の家と変わらないように見えるのだが――


「ミーティちゃん。ランチのあとですごい興奮して部屋中走り回ってたわよ」

「ああ、うん。目に浮かぶ」


 自分には分からないが、魔導技師志望のミーティが興奮していたというのであれば、本当にこの部屋は宝の山なのだろう。

 ルナサからしてみると、どれがどれだかまったく分からなくて落ち着かないのだが。


「高性能なのは認めはするんだがどれもこれもピーキーな調整してあってな。現状、俺以外にまともに使えるヤツはいないんだよなぁ……」

「それって売り物になるの?」

「ならん」


 ルナサの問いに即答すると、彼女は困ったように続けてくる。


「えーっと、じゃあどうしてそんなものがあるの?」

「強いて言や、俺が欲しかったから、だな。

 自分で料理をするにあたって、こういう機能が欲しい。カユいところに手を届かせたい――そんな感じで、調整・改造していったらこうなった」

「ん? ちょっと待って。この部屋にあるものを造ったとある魔導技師って?」

「俺」


 バッカスが投げやりに答えると、ルナサは何度も目を瞬かせた。

 イマイチ言葉の意味が理解できていないようだ。

 たっぷりと時間を掛けて言葉を反芻していたルナサは、ようやく理解に至ったのか、改めて質問をしてくる。


「そのうち一般用に出回るの?」

「その必要性は感じないな」

「造ったのに?」

「自分用だって言っただろ?

 どうしても欲しけりゃ、海の向こうにあるニーダング王国から輸入すりゃいい。あの美食王国には俺が考えるような調理系魔導具がいっぱいあるぞ」


 実際のところ、それらを輸送費込みで個人購入しようとすると、王都の貴族街に家が建てられそうなくらいの価格になるので、バッカスは自分で造ることにしたのだが。


 あの国は、魔導具にしろ調味料にしろ国内には安く、国外にはべらぼうに高く販売するから困ったものである。

 とはいえ――美食王国だの美食大国だのと呼ばれるだけあって、かの国は食と食に関する魔導具が世界の最先端を行っていると言っても過言ではない。

 そういう意味では、どうしても欲しけりゃ輸入しろというバッカスの言い分は間違っていないのだ。


「でも優秀な魔導技師なら、一般のために便利なモノを開発して普及させるべきなんじゃないの?」


 なるほど。言い分は分からなくない――と、バッカスは小さくうなずいてから、真顔で訊ねた。


「それをやって、俺に何の得がある?」

「え?」


 ポカンと、ルナサはみっともなく口を開けたまま固まった。

 バッカスが何を言ったのか、またもや理解できなかったようである。


 そんな少女のことを放っておくことにしたクリスは、バッカスに言った。


「設計図売ったり、開発者契約すれば、お金が入るわよ?」

「知ってる。多少はそうやって稼いでるからな。だから生活する分には困ってない。

 それにどうせ俺以外のヤツが広めるだろ? ニーダングじゃ、多少金を持ってる庶民にまで普及しているワケだしな」

「でもこの大陸じゃまだまだ新しい魔導具なのは間違いないでしょう?」


 クリスも気になっているようで、食い下がるように聞いてくる。

 横では立ち直ったらしいルナサも興味津々の顔をしていた。


 バッカスはそんな二人の顔を見ながら、これ見よがしに嘆息し、答える。


「新しい魔導具ってところを否定はせんが、開発者契約の手続きってのは面倒なんだよ。

 それに……自分だけが使う分には刻む術式をかなり省略できるし、術式が省略できれば、材料は質も量も落とせる。必要な魔宝石の品質が低くても問題ない。自前の魔力と魔力制御で補える部分が多々あるからな。

 だが、一般用に造るとなると魔導輪パレットリングに対応させる必要もでてくる。それを組み込むとなると、刻み込む術式も、必要な素材も、実験の回数も跳ね上がる。今みたいに気楽な改造、気楽な開発とはいかねぇ。

 コスト面で言っても、開発難易度で考えても――正直言って、道楽で造るのとはワケが違ってくるから面倒くさい」


 上手く行かなければ、素材費もかかった時間も無駄になるのだ。

 よしんば上手く開発できたとしても、今度は開発者契約が上手くいくかどうか――そして、開発した魔導具が一般的に普及して売れてくれるかどうかという問題もある。


 開発者契約成立の時点でそれなりの額のお金は入ってくるが、それ以降も金が入ってくるようになるには、その作品をベースに商品が開発され、量産されるようになってからだ。


 逆に言えば、量産のめどもなく、以後設計図などが使われることがなくなれば、収入は途絶える。

 定期収入化したとしても、三年から十年の間で契約が切れる。契約が切れれば当然、収入も無くなる。


 それで真面目に生計を立てていこうとすると、難しいのは間違いない。


「あらあら。なるほどねぇ……確かに収支の話までされちゃうと何も言えないわ」


 クリスは商人的な知見はなくとも、そこは貴族。

 親も叔父も領地持ちの貴族なのだから、彼女も必要最低限の領主教育は受けているのだろう。


 だからこそ、分野は違えど、想像はできる。

 資金と、材料や実験のコスト、そして時間のコスト――それらを巡る話をすんなり受け入れられた。


 だが――この世界では平均的な庶民でしかないルナサにはそれが納得できなかったようである。


「でも、腕のある職人は人々の為、誇りと拘りをもって、孤高に導具を作り続けるモノじゃなの?」

「そりゃ職人に夢を持ちすぎだな。そういうヤツもいるにはいるが、職人は商人と隣り合わせだ。そういうコダワリ派で名のある職人には、必ず金勘定が得意な隣人がいるもんさ」


 そうでなければ、そもそも生活が成り立たないだろう。

 中には強いコダワリを持ち、客を選び、金勘定ができないのに、ちゃんと収入を得て生活している職人もいるだろうが、そんなものは一握りよりも少ないことは間違いない。


「ち、チカラある人はそれを、チカラ無き者の為に振るう義務と責任があるでしょ?」


 戸惑ったように、だけど力強くルナサがそれを口にすると、バッカスは皮肉げに笑って、クリスを見た。


「だってよ」

「あらあら。耳が痛いわねぇ」


 それにはクリスも苦い笑みを返す。

 そんな二人のやりとりを見ていたルナサの胸中には、何とも納得のできない感情がわき上がる。


「次期『朝色のタインク・グー騎士ニンローム』の候補に挙がってんだろ?」

「あらあら――本当に、どこからそういう情報を仕入れてくるのかしら?」


 クリスが目を眇め、僅かに空気が張り詰める。

 視線を向けられているバッカスはへらへらとしており緊張感がない。


 やがて、クリスの放つ空気は長い時間は経たずに霧散した。

 バッカスに対して睨んだところで無駄だと判断したのだろう。


 そのやりとりの中、ルナサはずっと目を見開いてクリスを見ていた。

 朝色の騎士。その言葉のすごさを、ルナサも知っていたからだ。


「ちなみに何色だ?」

白朝はくちょうよ」

「予想通りすぎて詰まらん」

「悪かったわね」


 この国――ヤーカザイ王国騎士の誉れとも言われる特殊部隊重なり合う彩輪剣ツイン・ホイーラーズ

 朝色タインク・の騎士グーニンローム五人と、夜色タインク・の騎士タインダイム五人の計十人からなる部隊で、一般的には選ばれし十騎士と呼ばれて、英雄視されている。


 そして十騎士たちは、朝と夜――それぞれに、五彩神になぞらえた五色のどれかを与えられることになる。


 朝の赤騎士、白騎士、青騎士、黒騎士、緑騎士。

 夜の赤騎士、白騎士、青騎士、黒騎士、緑騎士。


 クリスの言う白朝はくちょうとは、朝の白騎士を表す言葉だ。

 それは、ヤーカザイ王国騎士の最高峰とされる者の肩書きの一つであることは間違いない。


 しかもそれは肩書きだけでなく、実力や人格も加味されるのだから、次期候補に選出されるだけで、誉れとも言えるだろう。それだけ、国からも騎士団からも信用されているという証左なのだから。


 完全な余談だし、表向きには公表されていない話だが、朝の騎士には実力よりも人格を、夜の騎士には人格よりも実力が優先され選出される。もちろん、最低限の礼儀と人格、そして実力を持っていることは、どちらであっても最低条件ではあるのだが。


「そんな人が、なんでこんな冴えない魔導技師の工房に入り浸ってるんですか?」


 冴えなくて悪かったな――と口を尖らせるバッカスを無視して、クリスはルナサに笑顔を向ける。


「だって私、騎士団辞めちゃったんだもの」

「は?」


 一瞬、開いた口がふさがらないという顔をしてから、直後にルナサの顔からは表情が抜け落ちるのだった。


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 ジャンル別週間57位

 総合週間94位


 まだまだランクアップしております٩( 'ω' )و


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 本当にありがとうございます!!!


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