誤解を招くな、運を招け 3


 ルナサ・シークグリッサが勢いのままにバッカス工房の入り口のドアを開くと、そこにはバッカスだけでなく、綺麗な女性も一緒にいた。

 肝心のバッカスは何やら作業をしているようで、女性はそれを見守っているようだ。


 そこから思うに――


(来客対応中……ッ!?

 うあ、やらかしたかもッ!?)


 そもそも、勢いよく扉を開けて「頼もう!」などと飛び込んで行っている時点で来客があろうがなかろうがやらかしているのだが、冷静さを欠いている彼女は気づかない。


「何やら元気なお客さんが来たみたいよ?」

「客? どう見ても道場破りの類だろ。あれ」


 面白いものでも見たかのようにクスクスと笑う女性に、工房主のバッカスはルナサへと半眼を向けてうめく。


「どこと間違えたのか知らないが、ここは魔剣工房だ。

 道場とは違うから、破りたいなら余所へあたってくれ」

「用があるのはここで間違ってないわよ」


 しっしと手を振るバッカスに、ルナサは犬歯を剥いて応える。

 間にいる女性は「あらあら」とでも言うような面もちで、愉しそうに様子を見ていた。


「……うちにある破れるモンなんて、書き損じた設計図か、家のポストに入ってた怪しい広告チラシくらいしかないぞ?」

「いや別に何か破きたいワケじゃないから!」

「破かないからって遠慮しなくていいぞ。このチラシ、路地裏に新しい幻夢館げんむかんが出来るらしくてそれの幻娼げんしょう募集って奴だからさ」

「さ、最低なモン寄越そうとしないでッ!」

「職業差別は感心しないぞー……。

 それはそれとしてウチは工房は工房だが看板は出してないんだけどよ」

「いらないわよ。工房の看板なんて!」


 真顔で紙切れを取り出したバッカスに、そういうのは求めてはいないから――と、ルナサはこめかみを押さえる。


 その直後――


「なら、何の用なんだ?」


 ふざけた雰囲気から一転、剣呑な空気を纏って目を眇めてきた。

 ルナサはその雰囲気の飲まれて、無意識に身体を震わせる。


 言葉を返そうとするのに、うまく舌が回らず立ち尽くしてしまう。


 そんな様子を見るに見かねたのか、女性が窘めるように、バッカスへと声を掛けた。


「あまり幼気いたいけな女の子を脅かすものじゃないわよ」

「『頼もう』とか叫んで勢い良く姿を見せてくるガキが幼気いたいけであるかどうかの議論が必要だと思わないか?」

幼気いたいけじゃない。後先を考えない勢いだけの行動ができるのは若いうちだけよ?」

「俺からすればお前も若いうちに入るんだがなぁ……」

「ありがとう。良かったらそんな若い私をお嫁にもらってくれない?」

「断る――というか婚約破棄されたばっかりだろ? 簡単にネタに使っていいのか?」

「自虐ネタにでもして昇華しちゃった方が、気持ちがスッキリするかもと思ったんだけど」

「苦笑でも嘲笑でもいいから自分で笑い飛ばせるだけ気持ちの整理がついてからやるんだよ、自虐ネタってのは。シンドそうな顔してうそぶくくらいならしばらくは使うな」

「……はい」


 まったく――と、バッカスは嘆息して、改めてこちらに視線を向けてきた。


「さて、そろそろ落ち着いたか?

 落ち着いたのなら、何の用があって訪ねてきたのか、いい加減教えて欲しいんだな」


 どこか気怠げに、バッカスが訊ねてくる。

 今度はさっきのような怖さを感じないので、普通に対応してくれているのだろう。


 そのことに安堵し掛けた自分に胸中で発破を掛けて、ルナサはキッとまなじりを吊り上げ、バッカスを睨んだ。


「わ、わたしの友人にッ、昨日……変なコトをしたでしょうッ!」


 ビシっと指を突きつけるルナサ。

 それに、露骨に顔をしかめるバッカス。

 横にいた女性は、「まぁそうなの?」とわざとらしい顔を浮かべた。


「お前の友達……?」


 誰だか分からないのか、バッカスは首を傾げる。


「ミーティちゃんのコトじゃないかしら?」

「ああ!」


 女性の言葉に合点がいったのか、バッカスはポンと手を打ち、それから改めて首を傾げた。


「俺、アイツになんか変なコトしたか?」

「してないと思うわ。まぁ私の見てないとこでしてたら分からないけど」

「お前の見てない時間の方が少なかったろ、昨日は」

「それもそうねぇ」


 二人は顔を見合わせて、こてりと首を傾げあう。


「で、でも……はしたなく欲しがりたくなっちゃうとか……。

 白いトロトロしたのがどうとか……なんか口走ってて、クラスメイトの男子たちがなんか……もぞもぞしてたし……」


 バッカスたちの様子に気勢が削がれたのか、自分の発言が恥ずかしいのか、あるいはその両方か。

 ルナサはモジモジとした様子で、それでもハッキリと口にする。


 必死に口にした言葉に対し、バッカスはすこぶる呆れたような様子で肩を竦めた。


「とんだ耳年増だなお前は」

「で、でも……そうやって言葉にされると、少し……いやらしいわね……」

「お前もか」


 バッカスの横で、女性も顔を真っ赤にしている。


「誤解を招くくらいなら、幸福でも招いてくれ……ったく」


 うんざりとした様子でバッカスが嘆息すると、ルナサよりも先に立ち直れたらしい女性が微笑む。


「今日は、二人分の支払いをさせてくれるかしら?」

「うちは食堂じゃねぇんだけど?」

「いいじゃない。誤解は解いておいた方がいいわよ」

「その心は?」

「昨日のピザトースト。美味しかったから」

「はいはい」


 面倒くさそうに相づちを打ってバッカスは立ち上がる。


「そいつ、ちゃんと連れて来いよ」

「ええ、もちろん」


 何やら自分の預かり知らぬところで会話が進んでいることに呆然としていると、ルナサの横をバッカスは通り過ぎて、外に出る。

 音を聞いていると、建物の外の階段を上っていったようだ。


「さぁ、貴女も行きましょう?」

「行くって……」

「彼の住居よ?」

「ええーッ!?」

「昨日と同じモノが見られるかは分からないけれど、お友達が見たものが気になってるんでしょう?」

「まぁ、そうですけど」

「なら行きましょう。損はさせないから」

「そう言われても……」


 ルナサが渋っていると、女性はこちらの手を取って歩き出す。


「え、ちょ、待って……!」


 一見、華奢にも見える彼女からは想像もできないような力強さで、腕を引かれる。

 そのことに戸惑っていると、女性は華やいだ笑顔をルナサに向けて、問いかける。


「私、クリス・ルナルティア。貴女は?」

「えっと……ルナサ……ルナサ・シークグリッサです」

「そう。ルナサちゃんね。よろしく。あと、階段気をつけてね」

「いや、あの……」


 ルナサがそうしてまごまごしているうちに、クリスは腕を引いてどんどんと階段を上っていく。


「さぁて、今日のランチはなにかしら~♪」

「え? ランチ……?」

「まぁピザトーストだと思うのだけれど」

「ピザトースト?」


 そうして、ルナサが困惑しているうちに、バッカスの住居とやらにたどり着いたらしい。


 クリスは勝手知ったる我が家のように入っていくし、手を引かれているルナサも逃げ出せないまま、中へと招き入れられるのだった。


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 ジャンル別週間77位

 総合週間 128位


 皆様のおかげで、毎日少しずつランクアップしております٩( 'ω' )و

 ありがとうございます!!


 あと、何故か一緒に拙作フロンティア・アクターズも微妙に伸びておりますので、

 ご興味ある方はそちらも一緒によろしくして頂ければと思います。

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