この麺を炒めた、甲斐がある 3
本日更新2話目٩( 'ω' )و
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「おお、これは美味い!」
校長ラオス・ウーカは焼きソバなる料理を一口食べて思わず唸った。
パスタとは異なる独特の歯ごたえを持つちぢれた麺に、甘じょっぱいソースが絡む。
口に入れた瞬間のフルーティにも感じる甘い味は、やがて刺激的な辛さへと変わっていくのだが、それが決して不快ではない。心地よいとさえ感じるほどだ。
一緒に炒められた
そして、生で食べた時とは違う、噛めば噛むほど溢れるエガブニブの甘みは、ソースの味と調和して非常に美味い。
ひとしきり堪能したところで、ラオスはバッカスへと声を掛ける。
周囲に集まっていた生徒たちも、校長が来たと気づくと場所を空けてくれた。
「相変わらず、良い腕をしてますねバッカス君。当家の専属料理人になる気はないですか?」
「何度も断ってるだろ、ラオスさん」
露骨に皮肉げな表情をして告げてくるバッカスに、ラオスは「だよね」と肩を竦める。
「それより、ペットの責任は飼い主の責任だよな?」
「私は彼らを雇った覚えはあれど、ペットにした覚えも部下にした覚えもありませんね」
きっぱりとラオスは口にする。
バッカスが言うペット――メシューガへの当たりが強い教師二人――に関しては、ラオスも把握していた。
だが、メシューガ自身が気にしなくて良いと言っていたし、何よりメシューガ相手にあの二人が何か出来るとも思えなかったので放置していただけである。
「雇用契約書に迷惑行為に関する項目はなかったのかよ」
「ありますよ。それを適応するのが難しかっただけで。
部外者であるバッカス君を巻き込んでくれたおかげで適用できそうです」
「そりゃ何より。とっとと始末つけてくれ。
ガキの教育にもよろしくない。この学校に何かあると、あのドラ息子に何を言われるか分かんねぇからな」
「私より先に君が叱られてくれるので、気楽に校長が出来て助かってます」
「二人は俺に対して理不尽すぎんだよなぁ」
頭を掻きながら嘆息するいつものバッカスの姿を見て、ラオスは小さく笑う。
「何であれ――ここは中央学園ではないというコトを、彼らにはしっかりと理解して頂かなければいけないのはその通りです。容赦なく対応しますよ」
「そうしてくれ」
必要なやりとりはこれで全て。
とはいえ今回は迷惑を掛けているのは間違いない。
「あの二人はともかくだ、バッカス君。今回の件はこれで許してくれないかね?」
ラオスは腰に下げていたポーチから、グラスを二つ取り出した。
「魔導収納具――マスカバッグ……いやその小型サイズだとマスカポーチか。
ニーダング王国から取り寄せるにも、高いだろうに」
それは、人間が神具を再現できた数少ない成功例の一つだ。
二百年ほど前の魔導技師が――まだ魔導工学そのものが完全確立されてない時代に作り出された、今もなお魔導具の最高傑作と呼ばれている品の一つ。
これを作り出したことにより、発明者である女性は魔導具の母――
バッカスが持っている腕輪のような収納型
製法は秘されているが、確立はされているようで、多少の量産がされている。
現地で買っても高価だが、輸入となるとさらに高価になるシロモノだ。個人輸入なんてしようものなら、価格にゼロが一つ増える。
「ツテがあるからね。現地価格さ。ちなみに大容量仕様ですよ」
「羨ましい限りで。それでも結構するだろうに」
わりと本心から羨ましがるバッカスは、ラオスが取り出したモノを改めて確認して訝しむ。
「そういや何でグラスを二つ出したんだ?」
「片方は私のです」
「…………」
バッカスが無言で目を眇める。
何とも納得の出来ない顔をしている彼の前で、ラオスは魔導ポーチからやや赤みを帯びた琥珀色の液体の入った瓶を取り出す。
「全部はやれませんが、名酒『美食屋の美貌』……その五十年モノですよ」
「マジか」
ゴクリとバッカスは喉を鳴らした。
『美食屋の美貌』は、それ自体が高い酒だ。
そして、正しい環境で寝かせてやれば、寝かせただけ味が良くなるとも言われている。
当然、寝かせた年数に比例して価格も跳ね上がっていくのだが――
「一杯だけですが、是非に味わって欲しい」
「それは是非、頂きたく」
あのバッカスがとても礼儀正しくグラスを受け取り、顔を輝かせる。
その様子を周囲で見ている者たちの反応は色々だ。
「あのバッカスさんが子供みたいな顔になってる……」
「ナキシーニュ先生、あのお酒ってそんなにすごいの……?」
「一般的に出回っている『美食屋の美貌』も、あの大きさの瓶一本で平民の小さな家なら購入できるんじゃなかったかな」
ナキシーニュ教諭の解説で、教師や生徒たちが青い顔やら納得顔やらになる。
「ちなみに、栓を開けずに寝かせておくと、味と価値が高まるお酒よ。
五十年モノっていうのはつまり、五十年寝かせてあったってコトなのよね」
クリス女史の補足を受けて、周囲の者たちはますますそれぞれの表情を深めた。
「氷は頼みますよ」
「お任せあれ」
嬉々としてうなずくバッカスは、二つのグラスの内側を中心に魔力帯を織り上げる。
描くのは氷結の術式。織り込む祈りは、赤の神と、その眷属である山の神と雪の神。それから、青の神の眷属である水の神と冷気の神。
「
呪文とともにバッカスの近くに、小さな銀色の魚が二匹現れる。
二匹の魚は飛び跳ねるようにして、それぞれのグラスの中へと落ちていく。
すると、グラスの中に丸い氷が現れた。
「え? グラスを凍らさずに中に氷だけ作ったの……?」
「俺だったら校長先生の腕ごと凍らせちゃうよ」
「バッカスさんってすごくない?」
ザワつく生徒たちの姿はラオスの計算通りだ。
魔術を極めればバッカスのような非常に繊細な使い方を出来るのだと知って欲しかったのである。
もっともその術を行使した本人は周囲のざわめきことなど気にしてないように、その視線をグラスにだけ向けられている。
(どれだけお酒が好きなのですかね?)
ラオスは胸中で苦笑しつつ、栓を取るとゆっくりとグラスへと美食屋の美貌を注ぐ。
熟成されて糖度が増したことで粘度を持った液体がとろりと流れ出る。
それは球体状の氷の表面をつたい、ゆっくりとグラスの底へと流れ落ちていく。
とろとろと嵩を増していく『美食屋の美貌』は、グラスの中程まで注がれた。
「この光景だけで生きてて良かった気になってくる」
「大げさですねぇ……」
「大げさなもんか。この極上の酒の香り――ただ注いだだけで華やかに広がってるじゃねぇか」
「そうですね。この香りは今まで味わってきた『美食屋の美貌』の中でも最上位の香りなのは間違いありません」
ラオスは自分の分を注ぎ終えると、栓をしっかりとして、マスカポーチへと戻す。
「さて、乾杯です。実は五十年モノは、私も初めて呑むのですよ」
「ああ。乾杯だ。そんな貴重なモノをありがとうございます」
お互いにグラスを軽く掲げてから、口を付ける。
ラオスの一口目の感想としては『濃い』だった。
味も、香りも、酒精も、通常のモノと比べて倍以上に濃く感じる。
その上、粘度もあるせいか、それがスルスルと胃に落ちていくのではなく、ゆっくりと伝うように流れていくのを感じ取れるのだ。
触れた場所がカッと熱を帯びていく感覚が強いのは酒精の高さの故だろう。
しかし、決して強いだけではない。
豊かな香りと、舌触りの心地よさが、それら濃さを濃密な至福体験へと変えてくれる。
流れ落ちる中で、熱を増していく体内の変化にすら、幸福を感じてしまうほどに芳醇な味わいだ。
「生きてて良かったとさえ思える味だ……」
「同感です」
「だがこの味に至るまでに五十年か……。ゼロから熟成させるとなると我慢できずに開けちまうだろうなぁ……」
「それも同感ですな」
徐々に氷が溶け、酒と混ざり始める。
「溶けた氷と混ざり呑みやすくなると、これはこれで危険な味だ」
「水と混ざってもなお、この味と香り……たまりませんね」
妙に幸せそうなバッカスとラオス。
それを見ていると、周囲としてはなかなか声を掛けづらい。
「バッカス君、迷惑料としてこれで足りましたか?」
「十分だ。あとはアンタに任せるさ」
「助かります。せっかくバッカス君から預かった大切な教諭を、ロクに仕事もしないくせに迷惑だけかける教諭に潰されたくはありませんからな」
「良く言うぜ。潰れないと分かってたから、敢えて黙認してたんだろ。ある程度それが激化していくまでな」
「はてさて何のコトですやら」
なんであれ、バッカスが怒りの矛先を納めてくれるのであればそれで良い。
「メシューガさん、当事者不在で話が進んでますけど?」
「いいんだよ。バッカスと校長先生が言葉を交わしている時点で、もうボクとしてはするコトもないし」
クリス女史とナキシューニュ教諭が何か話しているが、この件に関してはナキシーニュ教諭の言う通りである。
そんなナキシーニュ教諭は、クリス女史との話を終えると横にいた女子生徒に何やら真面目な顔で声を掛けていた。
「シークグリッサ。君はチカラある者は責任を――と言うが、行動と結果には誰であれ責任が発生するモノだってコトは覚えておくように」
「……はい」
「もちろん、君が起こした行動と結果は君に責任がある。
でも、君の行動に乗って行動を起こし、結果を不必要に書き換え広げた者がいる以上、今回の結果は、君の行動の結果だけの問題ではなくなっているよね」
「えっと、それは……」
「すぐに結果は出ないけど、でも遠くないうちに結果が出る。
それによって君が迷惑を被るコトないから、今まで通り過ごしていいよ。でも、最低限の反省はするように」
「はい……」
生徒の失敗のフォローを、ナキシーニュ教諭がしているようだ。
これなら問題は少ないだろう。
「ほっほっほ。いやぁ楽しい模擬戦でしたな」
「その楽しいがどこに掛かってるかは知らねぇが、俺に迷惑が掛からないなら好きにしてくれ」
バッカスも許可を出してくれているのだから、学校環境改善の一手をしっかり打たなくてはな――ラオスはそう胸中で決定すると、冷たい水と混ざり合った『美食屋の美貌』の入ったグラスを傾けるのだった。
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準備が出来次第、もう1話公開しますわよー٩( 'ω' )و
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