誤解を招くな、運を招け 1


 本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 辺境の領地ミガイノーヤ領の領都ケミノーサ。その町にあるダーギィ・ジョン魔術学校。


 魔術士や魔導具師を中心に育成するこの学校のとある教室で、顔を上気させどこか色っぽい様子を見せる少女がいた。


「はぁ……熱々のトロトロがいっぱいかけられて……すごかったなぁ……」


 何かを思い出し恍惚とした表情を浮かべているその友人を見ながら、ルナサ・シークグリッサは思った。


(この子、大丈夫かしら……?)


 濃い青色の髪の下で、意志の強さを示すように大きく輝く緑色の瞳を胡乱げに歪めながら、ルナサは首を傾げる。


 友人――ミーティ・アーシジーオの言動と表情から何を想像したのか、教室内の男子どもがもぞもぞしているのが、何となく嫌な予感がしてならない。


「ミーティ。ちょっと危ない顔してるよ」

「ハッ!?」


 声を掛けると正気を取り戻したらしく、口の端から垂れはじめていた涎を慌てて拭った。


「どうしたの? 今日はずっと様子がおかしいけど」

「いやぁ……実は昨日、物凄い体験をさせてもらっちゃって」


 そういうミーティの表情が、またも恍惚に変わっていく。


「すごい魔導具があって……そこに入れるととろけて……あつあつトロトロで、糸引くように伸びて……」


 何を言っているのか分からないのだが、ますます教室内の男子の様子がおかしくなっていくので、ルナサは友人の脳天にとりあえず手刀を落とした。


「痛ッ」


 実際はそこまで力を込めてないので痛いわけはないのだろうが、ミーティは叩かれた部分を押さえて恨みがましい視線を向けてくる。


「ミーティが回想に耽る度に、男子の様子がおかしくなってくから、ちょっと落ち着きなさい」

「だってすごかったんだよ?

 改造されてすごい便利になってる魔導コンロに、冷蔵箱を筆頭とした最新の魔導家具の数々……。

 色とりどりの魔宝石と、それらを使って作られた色んな魔剣……」

「どこで見てきたのか知らないけど、ミーティが興奮するモノがいっぱいあったワケね」


 思い出しても興奮するくらいすごい魔導具の数々を見せてもらったのだろう。

 だが、興奮は興奮でも、あの恍惚とした顔はどこから出てくるのだろうかが分からない。


「そして最新の魔導具を使って……ふふ、ふふふふ……。

 はしたないって分かってても、また頼みたくなっちゃうなぁ……」


 はしたない――というフレーズに、ルナサがピクりと反応する。


 その魔導具を見せてもらう時に、何かいかがわしいことでもされたのだろうか。

 ただされただけではなく、例えば所有すら禁止されている隷属装飾と呼ばれる魔導具の類を無理矢理に付けられたりしてないだろうか。


(……そ、そう言えば……うっかり入っちゃった本屋の子供立ち入り禁止ってコーナーに、胸の先に何かアクセサリをつけて、はしたない顔をした裸の女性の絵が……もしかして、ミーティもそこに隷属装飾とか付けられたりしてない?)


 一度、そう考えてしまうと、思考がそちらに引っ張られてしまう。


「ミ、ミーティ……変なコトされたりしてないよね?

 変わったアクセサリ型の魔導具とか、身につけたりとか……」

「? 変なコトはされてないけど……ふふふ、銀属性の腕輪なら、付けさせてもらったよ? 値段聞いたら怖くてすぐに返しちゃったけど」

「怖くて……ッ!?」


 もしかして、それが所有も製造も禁止されているような装飾品だったのではないだろうか。

 あの手の魔導具は本来身につけている間のみ効果を発揮するものなのだが、独自に改造したり最先端の魔導具を見せてもらったりしていたというのだ。案外、一度身につけただけで永続的に影響を与える魔導具だったりするのかもしれない。


 きっと、ミーティはそれを無意識に感じ取ってすぐに返したのかもしれないが――


(その影響を、僅かに受けちゃってるんじゃ……ッ!)


 だが、一切の確証がない。ここで騒ぎ立てるのも、楽しんできたと思われるミーティに失礼だと思うのだ。


「ご一緒させてもらったお姉さんも素敵な人だったなぁ……大人って感じ」

「大人!」


 つまり、大人になるための階段だとかなにやらかにやらみたいな感じのことをしたのだろうか。


「……ルナサ、さっきから単語の拾い方おかしくない?」

「気のせいよ」


 そう、気のせいだ。

 どうにも変な方向に思考が向いてしまっている。本屋で見た光景は忘れた方がいい気がする。


 大きく深呼吸して、変な妄想を頭の外へ追い出そうとした時、ルナサにとって聞き逃せない名前を、ミーティが口にした。


「とにもかくにも、すごかったんだよ。バッカスさんの工房ってッ!」


 瞬間、頭の中から追い出した妄想が全速力で引き返してくる。

 それどころか、親友はバッカスからそういう目に合わされたのだというう思考と、ルナサ自身がバッカスのことを嫌いだという思考が、結びついた。結びついてしまった。


「くッ、あの男――よくも、わたしのミーティをッ!!」

「え?」


 ギラギラと瞳に炎を灯して、ルナサはイスから立ち上がる。


「許さないんだからぁぁぁぁぁ――……ッ!!」


 メラメラという炎を背負ったルナサは、そう叫びながら、教室を飛び出していくのだった。


「あー……そろそろ午後の授業の時間なんだけど……シークグリッサは、どこへ向かって走り去っていったのかな?」


 入れ替わりで教室に入ってきた頼りない風体の教師は困り顔を浮かべている。

 それを見て、ミーティは嘆息しながら答えた。


「持ち前のダメな思い込みを発揮しちゃったみたいです」

「……そっか。次の授業までに戻ってくると思う?」

「さぁ?」


 何がルナサに火を付けたのかは分からないが、ああなると落ち着くまでしばらくかかるというのは、二年程度の付き合いの中でミーティは知っていた。


「でも、今日はもうダメかもしれません」

「……そうか」


 頼りない風体の教師はどこか諦めたように答えると、何事も無かったかのように、授業の開始を告げるのだった。


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 準備が出来次第、もう1話アップします٩( 'ω' )و

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