記憶に残る、白くてとろとろ 3
「そろそろだな。熱いのを取り出すから少し離れとけ」
「はーい!」
バッカスはトングのようなもので鉄板の端を掴んで、グリルスペースから取り出した。
それをキッチンの上に用意された布の上に置く。
熱され軽い焦げ目を付けながら溶けたチーズの香りが、キッチンに広がる。
「いいわよね。熱されたチーズの香り。
それに混ざるオタモーツの香りも」
クリスは広がる香りでそわそわし始めたようだ。
「すぐ出すよ。ミーティそこに置いてある皿を三つ、ここに並べてくれ」
「わかりましたっ!」
熱々のピザトーストをそれぞれの皿に乗せていく。
「うし、こいつをクリスがいるテーブルに持って行ってくれ。そしたらお前も座っとけよー」
「はーい」
バッカスに言われるがままミーティはキビキビ動いて、用意を手伝ってくれる。
ミーティがピザトーストを運んでいる間に、バッカスはスープの入った鍋の蓋を開けた。
そこへ、塩、胡椒を振って味を調え、水で解いたカタクリ粉を少量回し入れてとろみをつければ完成だ。
余談だが、この世界にもカタクリ粉がある。しかも名前もカタクリだ。明らかにこの世界の言語からズレた命名である。
となると――先輩転生者の
もっともバッカスはそれを調べる気はあまりない。
調べる意味も無さそうだし、調べる理由も特にないのだ。興味がないわけでもないが、他のやりたいことと比べると優先順位は低い。
ともあれ、先輩とカタクリの話はさておいて――
バッカスは仕上げた野菜スープをスープ皿に持って、二人の元へと運んでいく。
「お待ちどうさん。
ピザトーストと、ポトフ風とろみスープだ。
どっちも熱いうちが花だからな。火傷しないように楽しんでくれ」
一緒にカトラリーも並べれば、クリスは待ってましたとばかりに、食の神への祈りを捧げる。やや雑めに。
ミーティも気になっていたのだろう。
クリスに倣うようにささっと祈りをすませた。
「ナイフとフォークでもいいんだけどな。
ミーティなら、ピザトーストは手づかみでガブっといくといいぜ。熱いから気を付けろよ」
身分的に、クリスは手づかみに苦手意識があるだろう。
そう思ってミーティにだけ口を出したバッカスだったが、それを聞いていたクリスは、ふふんと笑ってピザトーストを手で掴んだ。
「変な気遣いはいらないわよ?」
「そいつは悪かった」
そして示し合わせたわけでもないだろうに、クリスとミーティは同じタイミングで、トーストにかぶりつく。
「んんー!」
「とろとろが、伸びて……!」
「おお。良い伸びだ」
二人の口から伸びるチーズを見ながら、バッカスはのんびりと笑う。
「ダエルブのザクザクした歯ごたえに、ソースの甘酸っぱさ……。そこにチーズがとろとろ絡んで、まろやかで……美味しい!」
「熱々でとろとろで、なんだか伸びて糸を引いて、おもしろーい!」
「仄かに感じるリザッバとチルラーガの風味と香りも良い案配だわ」
「すごい! 伸びる伸びる~!」
クリスは嬉しそうに、ミーティは楽しそうに、それぞれに感想を口にする。
「喜んでもらえて何よりだよ」
そう言いながら、自分はポトフ風スープを口に運ぶ。
(ベーコンがいい感じの味を出してるな。
野菜の甘みやイエラブ芋のうまみもよく出てる。
ちょっとだけ入れた押し麦も、ぷちぷちと食感のアクセントになってくれてる。うん。ザックリ作ったわりには悪くねぇじゃん)
思ってた以上に優しい味わいになっているので、朝食や食欲のない時に良いかもしれない。
(ただ、酒の肴には向かねぇ味だ)
そこだけは、少し残念である。
続けてピザトーストだ。
二人同様に、とろけて伸びるチーズを楽しみながら、ザクザクとダエルブをかみ砕く。
(即席のピザソースも悪くないな。
今度はケチャップではなく、
シンプルなピザの味になってくれたとは思うが、ケチャップ感が強い。
今後はもっとトマトソース感を出したのを作りたい。
(
かなり熱は通ってるはずだがシャキシャキ感が残ってるのがいい)
味は濃く、
(しかし、ニーダング王国から仕入れたとろける刻みチーズ。これはやばいな。想定以上に良い味をしてやがる……! 高いだけはあるぜ)
チーズへの感動が落ち着いてくると、バッカスは心の底から湧いてくる言葉を漏らす。
「酒、呑みたいな」
「良いわね――と言いたいけど、ミーティちゃんがいるから控えておきましょうか」
「真面目だねぇ……まぁ、そういうコトなら仕方ないな」
「あの、私は別に気にしませんけど……」
「大人が気にしてるんだ。子供は気にしなくていいんだよ」
「そういうコト。あなたはこの人の料理や魔導具を好きに楽しんでおけばいいのよ」
二人はミーティに笑いかけ、それぞれに料理を口に運ぶ。
その様子に、ミーティも気にしないことにしたのだろう。彼女も気にせずにスープやトーストを食べていく。
「それにしても……熱でとろけたチーズは食べたコトあるけど、こんなに伸びるのは初めてね」
「こういうのも悪くないだろ?」
「ええ。それに、このオタモーツのソースも良いわ」
「美味しいです! んんー……伸びる~」
「だいぶ楽しんでるわね」
チーズを食べてるんだか、チーズを伸ばしているんだか分からないミーティだが、楽しんでくれているのは間違いなさそうだ。
「ミーティを見てると、知り合いを思い出すな」
「どうして?」
「同じように伸びるのが楽しくて仕方ないって感じで食べてくれたんだよ。白くて、とろとろ! って喜びながらな。あれは記憶に残る白くてとろとろって感じだった」
「記憶に残る白くてとろとろって何かしら?」
「気持ちは分かります! 最初は驚いたけど、でも楽しいもん、これ!」
「何よりだよ」
バッカスは、人に食べて貰う以上は、食べる相手が喜んで欲しいと考えてしまう。
美味しい、楽しいと言ってもらえるのは料理人冥利に尽きる。本職は料理人ではなく魔剣技師ではあるのだが。
「まぁ記憶に残ってる理由としては、そいつが初めて笑ったのを見たのがその瞬間だったてのもあるけどな」
「笑わない人だったのね」
「笑わないというよりも、絶望に近いかもな」
思い出しながら、バッカスは苦笑する。
「当時のそいつは今のミーティと同じくらいの歳だったとは思うんだが、初めて会ったときのクリスよりもヒドかった。
絶望と疑心暗鬼の塊で、俺と悪友二人で拾ったモノの、傷の手当てもロクにさせて貰えない有様でな」
「ピザトーストで心を開いて貰ったの?」
「空腹にはあらがえなかったんだろうな。どうしても毒殺を疑うなら最初から最後まで俺の側で見てろって言ったら、真剣な顔して俺が料理するのを見てたぜ」
ピザトーストを食べたのがキッカケか、あるいは別の要因があったのか。ともあれ、それによって多少の心を開いて貰えたので、何とか手当をすることができた。
最近、そいつと会ってはいないが、ふつうに元気でやっているはずである。
「今、その人はどこに?」
「ん? 行くあても仕事もないって言ってたから、ちょうど人材を募集してたダーキィ・ジョン魔術学校の教師として放り込んだ」
「え? うちの学校の先生なのッ!?」
話の中に出てきた人物が、急に身近にいると分かったからか、ミーティが目を丸くして驚く。
「辞めたとは聞いてないから、まだやってるんじゃね? 知らんけど」
「無責任ねぇ」
「そうか? 悪友と一緒に住むところと仕事まで用意してやったんだがな?」
「そう聞くと、無責任ではないわね」
そいつの経歴や名前なんかの偽装とカバーストーリー作成は、そいつと悪友とバッカスの三人で大いに盛り上がったという話は伏せておく。
途中からただの悪ノリと化してロクなカバーストーリーにならなかったので、いったん全部没にして考え直したのも良い思い出だ。
「それに、単に最近会ってないだけで、最初のころはちょくちょくうちにピザトーストをねだりに来てたんだよ」
「新しい生活に慣れるまではどうしても知り合いと一緒にいたいモノだもの」
「……お前もか?」
何でも屋として生活するつもりだそうだが、仕事以外の時はほとんどバッカスのところに来そうな気配がある。
バッカスがからかい半分に訊ねると、クリスは少し真面目な顔をしてうなずいた。
「そうね。そうかもしれないわ。
あなたや身内以外の男性と一緒にいるのは、まだ少し怖いのよ」
「……そうかよ」
何とも反応を返しづらい答えを口にされ、バッカスはぶっきらぼうに答える。
それを見ていたミーティが思わずツッコミを入れた。
「バッカスさんって自爆趣味でもあります?」
「どういう趣味だそりゃ? つかどうしてそう思った?」
「え? なんかクリスさんとやりとりしてる姿を見たら何となく」
「…………」
思い返すと確かにそうかもしれない――と、バッカス自身もそう思ってしまったので、言葉がでない。
バッカスは誤魔化すように息を吐くと、二人に訊ねる。
「ところで、ピザトーストのおかわりは?」
「いただくわ」
「わたしも!」
「それじゃあ、追加で焼きますかね」
バッカスは立ち上がり、追加のピザトーストを焼く為の準備をする。
「あ、スープもおかわり頂ける?」
「わたしもー!」
「あいよ」
結局、二人は鍋の中のスープを飲み尽くし、満足ゆくまでピザトーストをお代わりするのだった。
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準備が出来次第、次の話もアップ予定です٩( 'ω' )و
今話更新時点で、
ジャンル別週間98位!
カクヨムの週間ランキングで100位超えたの初めて!
ちなみに、ジャンル別日間だと51位!
お読み頂いた方々、
お読み頂いた上、☆や♡を下さった方々、
ありがとうございます!!٩( 'ω' )و
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