記憶に残る、白くてとろとろ 2

 本日更新2話目٩( 'ω' )و


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 自宅の台所に入ってすぐに準備をしようかと思ったバッカスだったが、魔導具を見せるとミーティに告げていたな……と思い返す。


 とりあえず冷蔵庫から材料を取り出したところで、二人はバッカスの家に入ってきた。


「クリスは適当に座ってろ。

 ミーティ、調理用の魔導具を使うのを見たければ、俺の邪魔にならないところまで近寄っていいぞ」

「はーい」

「はい!」


 それぞれに返事をするのを確認してから、バッカスは玉ネギ似の野菜ノイノーをみじん切りを始める。

 ノイノーは、かなり歪んだ形をしているが、形以外はほとんど地球のタマネギと代わりのない野菜だ。


 当然、涙腺への攻撃もしてくるが、バッカスはその程度で怯まない。


 次にバジルに似た味がする針葉の野菜リサッバを刻む。

 それから、少量のニンニク似の野菜チルラーガも同様にみじんに刻む。


 刻んだ野菜は、トマトに似た果実オタモーツから作ったバッカス謹製のケッチャップと混ぜ合わせる。

 これで、簡易ピザソースは完成だ。


 続いてピーマンに似た野菜を縦に細切り。

 ソーセージもやや斜めに角度を付け輪切りにしていく。


 やや太い楕円形をしたダエルブパンを薄く切って、そこに先ほど作ったピザソースを塗りたくった。


「手慣れてるわね」

「自炊は、趣味みたいなモンでな」


 こちらを見ながら感心してるクリスに、バッカスはそう返す。


「あのバッカスさん。このコンロ……変な穴というか空間が開いてますけど」

「それが何かはそのうち分かるさ。あとで使うしな」

「おお~!」


 結局、ふつうのコンロにはない空間が何に使うかぼかした答えだったのに、ミーティは大げさな反応をしてみせる。


 そんなミーティの反応を視界の外で感じつつ、バッカスは冷蔵庫から二種類のチーズを取り出した。


「バッカスさん、それチーズですか?」

「おう。片方はわざわざ海の向こうの美食王国から取り寄せた、刻みチーズだ」

「あの国から食材やレシピを仕入れようとすると、結構な価格になるでしょう?」

「そうだな。だけどまぁ、持つべきものは便利なコネだってな」

「なるほど」


 クリスはどこか呆れたようにうなずくが、ミーティはよく分からなかったらしい。

 小動物のように小首を傾げているが、バッカスとクリスはわざわざ解説するつもりはなかった。


「片方はってコトはもう一つのソレは?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれましたッ!」


 もう片方のチーズについて問うと、バッカスの態度は急変。

 どうしても言いたくて仕方がない表情を浮かべて笑い出したのだ。


 それを見、クリスとミーティは即座に悟った顔をした。


「あ、これ聞かない方が良かった奴ね」

「職人さんの中に多いですよね。こういう人」


 なにやら冷めたツッコミが飛んでくるのも気にせずに、バッカスはまん丸で真っ白いチーズを示す。


「これは、俺が丁寧に自作したモッツァレラというチーズだ!」

「わざわざ自宅で発酵させたの?」

「こいつは、発酵させずに作るフレッシュチーズって奴でな。

 川潜みレビル・エディス・水牛レタワ・オラフーブに乳を絞らせてもらうなどの材料集めをして何とか作り出した一品だぞ」


 ドヤとした顔を見せるバッカスに、クリスは眉を顰めた。


「川潜みの水牛……? 確かそれ、牛系の魔獣よね?

 その系統は比較的凶暴だったハズだけど、おとなしく絞らせてもらえるの?」

「というか、魔獣のお乳とか飲めるの?」


 二人の疑問はもっともだとバッカスはうなずきながら、答える。


「まず牛の乳。少なくとも川潜みの水牛は飲める。カリムの実の果汁と似たような風味がするが、そっちには無い独特の甘みとコクを持つ」


 そもそもこの世界においてミルクというのは、カリムの実の果汁のことだ。

 飲料としてはもちろん、加工すればクリームに、発酵させればチーズにと、ほとんど地球のミルクと変わらない成分を有している。


 だが、植物であるために、動物性の油分やたんぱく質を含んでない。そのせいか、非常に淡泊な味わいだ。

 牛乳味で牛乳のように使える豆乳という表現が一番近いモノかも知れない。


 だからこそ、バッカスはカリムの果汁では満足できなかったワケだ。


「それに、確かに牛系の魔獣は凶暴なのが多いが、川潜みの水牛はおとなしい。

 加えて川潜みの水牛に限らず、牛系の魔獣のメスは子供がおらずとも乳を溜める。だが溜まりすぎると病気になりやすくなるので、群れの子供や、なんなら別の群れの子供であっても、自分の身体のために提供するんだ」

「それは初めて知ったわ」

「バッカスさんって魔術や魔導具だけじゃなくて、魔獣にも詳しいんですね」


 関心する二人に、そうだろうそうだろうと浮かれた様子でうなずきつつ、彼は続ける。


「群れの子供や、群れ以外の子供にも提供できない場合――川潜みの水牛であれば川から陸にあがり、岩や木に自分の乳をこすりつけて、排出する。

 だが、これが結構痛いようでな、何なら同族以外の存在に飲んでもらったりしようとする奴が出てくるんだ。そして、そこが狙い目でもある」

「……と、いうと?」

「そういう水牛のパンパンに張った乳を絞らせてもらうワケだ」


 バッカスはパンパンに張った乳を示すジェスチャーと、それを搾るジェスチャーをして見せる。


「…………」

「…………」


 なぜか二人とも少し顔を赤らめながら、自分の胸元を見た。

 その様子に気づいているのかいないのか、バッカスは余計なことを言わずに続ける。


「川潜みの水牛と生活しているような集落なんかだと、貴重な栄養源らしいぞ。牛乳は。

 そして、人間が丁寧に絞り出してくれると知ると、次回以降、持て余している時は人間を探すようになるらしい」

「岩や木を使うのは本当に最終手段にしたいんだ」

「まぁ魔獣でも痛いのはイヤなんでしょうね」


 まだどことなく顔の赤い二人を気にせず、バッカスはさらに続けた。


「ともあれ、カリムの実だとどうしても物足りない味になってしまうモッツァレラだが、川潜みの水牛の乳を使うコトで俺にとっての理想の味を作り出せるワケだ」


 モッツァレラそのものは、簡易レシピなども多い。

 バッカスも、前世ではネットで軽く検索して引っかかったモノをマネして作ったりしていた。


 これもその記憶を思い出しながら作ったものだ。


「わざわざそこまでやってチーズを自作するバッカスが少し怖いわね」

「職人さんって基本的になにかしらのコダワリ持ちですから」

「それ、ミーティちゃんはわりと自分のコト棚上げして言ってない?」

「棚上げは……ちょっとだけ自覚はあります」


 モッツァレラはカリムの果汁でも作ることはできる。

 だが、バッカスが食べ比べてみた感じとしては、やはり川潜みの水牛の牛乳の方が美味しかった。


「長々と喋ったが……続きをやろう。

 まずは刻みチーズを、ソースを塗ったダエルブの上にたっぷり乗せる」

「そ、それだけで庶民的にはだいぶ贅沢なんですが……!」

「そもそも、あの刻みチーズそのものが、庶民が手を出せるモノじゃないんだけどね」

「そーでしたッ!」


 何やら戦慄しているミーティを無視して、バッカスはモッツァレラをちぎる。


「続けてモッツァレラを乗せる」

「チーズを二種類も乗せるのね」

「ここに、細切りにしたピーマン似の野菜レブ・レペップと、輪切りにしたソーセージを乗せていく」


 ここまで準備したところで、バッカスは鍋を取り出した。


「お鍋?」

「スープも作ろうと思ってな」


 チーズや具材を乗せたダエルブを一度、脇に置く。


 そしてスープ用に用意した分厚いベーコンと、野菜を適当にカットする。


 野菜はジャガイモ似の芋イエラブ芋ブロッコリー似の野菜イロコルブキャベツ味の松葉野菜エガブニプを茎ごと、キノコをいくつかだ。


 それらと一緒に、自家製押し麦を少量、鍋へと放り込んでから、水とエパルグの果実酒白ワインに似た酒を注ぎ、蓋をした。


「おお! 豪快!」


 量を量らずポンポン放り込んでいくからだろう。何やら横にいるミーティがそんなことを言いながらはしゃいでいる。


 それを横目で見つつ、バッカスはコンロの魔宝石に手をかざした。


「いいか、ミーティ。

 こうやってコンロに火をつけるだけなら、通常のコンロと同じだ。

 だが、俺が改良したコンロはそれ以外の機能を持っている」

「それ以外の機能?」

「そう。それがさっきお前さんが気にしていたこの空間だ」

「おお! ついにこの空間が!」

「ここをグリルスペースと呼ぶ」

「グリルスペース!!」

「ミーティちゃん、楽しそうね」


 コンロについての解説が始まった途端、目を輝かせるミーティに、クリスはそれを見守る姉のような眼差しを向ける。


「ようは、鍋を温めている火の熱で、このグリルスペースを温めるワケだ。中は熱が籠もりやすい構造になっているから、かなりの高温になる」

「それでそれで?」

「この中に突っ込んでも問題ない鉄板の上に、チーズを乗せたダエルブを置いて、鉄板ごと突っ込む」

「高温になったグリルスペースで料理を焼くんだ!」

「そういうコトだ。上で別の料理を作りつつ、その熱で別の料理を焼ける。使い慣れれば便利だぜ」

「すごい!」


 顔を輝かせ、キラキラしているミーティを眩しいと思いつつ、バッカスは小さく笑う。


 そんなバッカスの姿を、クリスがからかうように笑った。


「純粋な好奇心を持つ子供には、優しいのね」

「基本的に俺は女子供相手には紳士であろうと思ってるんだぜ」

「知ってるわ。私はそれに助けられたんだもの」

「…………」


 皮肉と冗談を交えたようなバッカスの返答を、クリスは敢えて真正面から返す。

 冗談で笑い飛ばしてもらうつもりの言葉を、真っ直ぐに返されたバッカスは、返す言葉が出てこないのか、何とも言えない顔をする。


「案外、真っ直ぐな言葉に弱いのね」

「周囲が捻くれモノばかりだからな。捻くれてない言葉ってのは聞き慣れないんだ」


 気を取り直すように、息を吐いたバッカスは場を誤魔化すようにミーティへと声をかけた。


「なんか質問はあるか?」

「ありますあります! このコンロ、魔宝石の設置位置が基本からズレているみたいですけど、これでちゃんと動いてるのが不思議です!」

「ん? ああ、これは俺が使いやすいようにしているだけでな、術式と魔宝石を繋ぐ回路はそこまでズレてるワケではなくて……」


 そのままクリスには意味がよくわからない魔導具談義が始まった。


 だが、それを邪魔する無粋をするつもりがなかったので、クリスは料理ができるまでの間、穏やかな笑みを浮かべながら二人の様子を見守るのだった。

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