悪夢も吉夢も、思い出となり血肉となる 3


 鎧甲皮の猪ロムラーボアの騒動から数日後――


「お邪魔しまーす」

「邪魔するぜ~」


 バッカスの工房に、ブーディとストレイがやってきた。

 ちなみに現場に居なかったストレイの仲間も一緒のようだ。

 小柄で童顔な美少女のような外見をした成人男性ユウと、すれ違ったらすぐに顔を忘れてしまいそうなモブ顔男性のブラン。


 二人ともバッカスとはそれなりの仲だ。


「バッカス、自分に関して失礼なコトを考えなかったか?」

「何言ってんだブラン? 相変わらず地味な顔だな~くらいのコトしか考えてなかったぜ」

「それを失礼なコトだと言ってるのだよ!」

「あはははは。バッカスさんとブランは相変わらず仲が良いんだねぇ」


 笑うユウに、バッカスはドヤ顔でうなずく。


「だろ?」

「だろ――ではないッ!?」


 どうやらブランは、その顔がお気に召さないようだが。


「ねぇ、バッカス」

「ん?」


 ブランとじゃれあうように軽口を叩きあっていると、ブーディがちょっと言いづらそうに声を掛けてくる。


「一緒に連れて来ちゃった子がいるんだけど」

「ん?」

「この子」

「えっと、どうもです」


 ブーディに紹介されペコリと頭を下げた少女を、バッカスには見覚えがあった。


「先日は助けて頂きありがとうございました」

「どういたしまして。大丈夫そうで何よりだ」

「おかげさまで何とか。でもしばらくは、運動禁止なんですけど」


 松葉杖をついたその少女の名は――確かテテナ。

 鎧甲皮の猪の牙に腿を貫かれ、振り回されていた少女だ。


「そこは受け入れるしかないだろ。生きているだけ儲けモンのような状況だったんだぞ」


 あの時は、顔も全身も傷だらけ痣だらけだったが、その辺りは体力がある程度回復してから、魔術治療で綺麗にされたのだろう。素顔はなかなかの美少女だ。


「分かってます。うちのリーダーが、助けに来てくれたバッカスさんたちに失礼をしたみたいで」

「ふむ。あの剣士と魔術士の二人よりも、見込みはありそうだな」


 弓使いに関してはまったく関わってないので分からないが。


「このまま伸びるとブーディみたいなタイプに成長しそうだよな」

「それってあたしのような正統派美女になるってコト?」


 ひょこっと横から顔を出して訊ねてくるブーディに、バッカスは無言で肩を竦める。


「それ、どういう反応よ!」


 思わずブーディがツッコミを入れると、他の三人が笑う。

 それに釣られて、テテナも笑い出す。


「ま、とりあえずだ。そこのテーブルと椅子を広い場所に出しておいてくれ。上から、料理を持ってくる」


 各々が了承するのを確認すると、バッカスは工房からでて居住区へ向かうべく階段を昇っていくのだった。




 バッカスが戻ってくると、分厚い板のような魔導具を一つテーブルに用意し、その上に鍋を乗せた。


「何だこの魔導具?」

「小型コンロ」

「は?」


 ストレイの問いに事も無げに答えてから、バッカスが魔導具に付けられた魔宝石に魔力を通す。

 すると、シュポっという音とともに小さな炎が、魔導具の中央に点り鍋を温めだした。


「マジでコンロだよ」


 呆然とするストレイ。

 そんなストレイの横からひょこっと顔をだして、ユウが訊ねてくる。


「バッカスさん、これって売り出される?」

「完全に趣味の一品だからな。商業ギルドにも、魔導具ギルドにも、何の申請もしてないな」


『勿体なさすぎるッ!!』


 気楽な口調でユウに返すと、ストレイたちのパーティは口を揃えた。


「お、おう……そうか?」

「多少の重量があれど、小型で持ち運びが容易という利点は何事にも代え難い」

「ブランの言うとおりだ。焚き火では出来ない繊細で暖かな料理を旅の途中で食べられるのは大きいんだぞ!」

「どうせあたしとユウに料理させるクセに、二人とも必死すぎない?

 まぁでも、気持ちはすっごい分かるけど」

「ホントだよねぇ……それはそれとして、このコンロは欲しい」


 ストレイたちの熱烈な言葉に、若干引きながら、バッカスは下顎を撫でる。


「一般用に改良するのも難しいだがなぁ……まぁ考えてはみるか。

 前向きに検討はさせて頂きます――ってやつだな」

『それ検討するだけで絶対実行しない奴の言うセリフ!』


 ブーディとユウの同時ツッコミを無視して、バッカスは水と酒を入れた鍋の中に黒緑の薄いボロ布のようなものを入れた。


「あの、それ……何ですか?」


 その様子を不思議に思ったのか、テテナが訊ねてくる。

 それに、バッカスは素直に返事をした。


「ん? ウブノクっていう草だ」

「ウブノク?」

「海辺に生える草でな。まるで水中にいるかのようにゆらゆらと揺らめきながら生えてるんだ。それを乾燥させたモノだよ」

「知らない草です」


 バッカスも実際に生えているところは見たことはない。

 話を聞く限り、ワカメのようなものが、陸上に生えているようだが。


 そんなウブノクは、昆布のような味の良い出汁がでる。

 乾燥させてボロ布っぽい見た目になったものをこうやって鍋に入れる理由には十分だ。


「何で乾燥した草なんか入れるんだ?」

「アンタは出汁フォンについて調べて出直しなさい」


 ストレイの疑問に、バッカスが答えるより先にブーディが答える。

 それにたじたじになっているストレイを無視して、ユウがバッカスに訊ねてきた。


「草で出汁を取るっていうのは初めて見ましたけど、でも出汁を取るってコトはスープとかですか?」

「最終的にはな」

「?」


 ニヤリと笑って答えてから、バッカスは鍋の中にショウガレグニーグとネーグル・ノイノーを入れる。


 ネーグル・ノイノーは前世の太ネギリーキに近い長ネギだ。

 生で食べるには辛いのだが、火を入れて柔らかくしてやると甘みと旨味がグッと増して美味しくなる。


「なんとも少量だな。この人数で食べるには些か少なそうだが」

「まぁコイツらは主役じゃないからな」

「……と、いうと?」

「ブーディからの注文はボア料理だ。主役はこの間のボア肉だぜ?」


 そう告げると、バッカスはわざわざ収納の腕輪の中に隠していた、皿に盛られた薄切りボア肉の山を取り出してみせた。


「お肉だ~~~~~!」


 前のめりでノリノリなのはブーディだ。

 あまりにも勢いとテンションが高すぎて、周囲が若干引いている。


「テテナ、食えるか?」

「え? はい。ボア肉は好きですけど……どうしたんですか?」

「お前をボコボコにしてたボアの肉だからな――嫌悪とかあるかな、ってな」

「そういうのは全然まったく。

 むしろ良くもやってくれたな! 仕返しに美味しく食べてやる! くらいの気持ちです」


 テテナの言葉に、大人たち五人は問題なさそうだと笑みを浮かべた。


「うんうん。問題なさそうで何よりよ」

「やっぱテテナちゃん見込みありそうねぇ~」


 なぜが自分の株が上がっているという事実に気づいて、テテナは首を傾げる。


「たまにいるんだよ。魔獣に喰われそうになった経験から、魔獣肉を食えなくなる奴」

「そりゃあ生きている魔獣は怖いですけど、ここまで薄切りにされちゃったら、もう襲って来ないって分かるから安心しません?」

「皆が皆、テテナのように思えないというだけだよ」


 逆方向に首を傾げるテテナに、ブランが補足するように告げる。

 その辺りは、もう良いとか悪いとかの話ではなくなるところだ。


「そういう奴もいる――とだけ覚えておくといい。

 将来、そういう奴と出会った時に、適切な対応を出来るようになる」

「はい!」


 ストレイの言葉に元気良くうなずくテテナの素直さと、大怪我しても落ち込んでいない精神の強さは、何でも屋ショルディナーとして大事なものだ。

 是非とも無くさないで欲しいところである。


「そういや他の連中は?」


 テテナだけがここに来て、他のメンツがいないのは少々気になる。

 バッカスが訊ねると、プンプンという音が聞こえてきそうな様子でテテナが答えた。


「わたしを置いて冒険しに行きましたよ? 面白そうな魔獣討伐依頼があったとかで。

 酷い目にあったばかりなのに調子乗るなって言っても聞いてくれないんですよー!」


 あざとくほっぺたを膨らましているように見えて、わりと真面目に怒気をはらんが声を出すテテナ。結構な鬱憤が溜まってそうだ。


「確かに人の話を聞かない男だったな」


 云々うんうん――と相づちを打ってくれるストレイに気を良くしたのか、テテナが叫ぶ。


「そもそもアイツら、わたしが死ぬ寸前だったコトを反省してないんですッ!!」


 そして、その言葉にバッカスたち五人は同時に「うあー」という表情を浮かべる。


「医術師さんから、しばらく右指に無理させるなって言われてるのに、ケイヌンを連れてっちゃうし!」

「ケイヌンってのは弓使いか?」

「はい」

「そいつ、断らなかったの?」

「馬鹿リーダーのタッティは押しが強すぎるから、ケイヌンやハイブは良く押し負けちゃうんですよ」

「それでケイヌンとやらの指が完全に壊れて弓が使えなくなったらどうする気だ?」

「そこまで考えてないと思いますよ。なったらなったで、オレは悪くないとか何とか言ってグダグダ言い訳続けて逃げ出すだけです」

「実感こもってるなぁ……」


 苦笑するユウに、全員が同意する。


「幼なじみですからね。昔からの付き合いだから分かりますよ」

「田舎から出てきて何でも屋始めるよくあるやつか」

「まさにそれなので言い返せませんね」


 ストレイもバッカスも、何人か似たような経歴の人物に心当たりがある。

 過去に、そういうパーティが全滅したり解散したりするのも目の当たりにしている。それどころか看取ったこともある。


 テテナのパーティが、バッカスやストレイの看取ったパーティリストに名を連ねなかったのは、偶然によるものでしかない。


 正直、このままズルズルと幼なじみだからという理由だけで付き合うのは危険だぞ――と、バッカスたちが老婆心を抱いた時、テテナがスッパリと告げる。


「今までは小さい頃からの情で付き合ってきましたけど、もう愛想が尽きました!」

「……と、いうと?」

何でも屋ショルディナーは続けます。でもパーティからは抜けます」


 晴れ晴れとした顔のテテナに、バッカスたちは顔を見合わせる。

 それから、代表してストレイが彼女に尋ねることにした。


「おそらく、君がいたからパーティが回っていたと思うんだが……。

 君が居なくなれば間違いなく崩壊するし、最悪三人とも五彩輪ごさいりんに還えりかねないぞ?」

「そうですね。その時は間違いなくわたしは泣くと思います。それも大泣きで、パーティを離脱したコトも後悔するかもしれません。

 でもわたしは警告も忠告も何度もしたし、ストレイさんたちのように、色んな人からもしてもらいました。

 それでも聞き分けず、好き勝手やった末路なら、仕方ないじゃないですか。

 大泣きはします。後悔もします。でも絶対その現実は受け入れます。それがわたしの選ぶ未来です。

 あいつらの為に、自分の未来を犠牲にしたくありませんから」


 彼女の中ですでに別離の覚悟が出来ている。

 それならば、外野がどうこういうのも無粋だろう。


 そして、そんなテテナに感じ入るものがあるのだろう。

 ブーディが彼女の手を取って訊ねた。


「ねぇ、テテナちゃんにその気があるならさ、しばらくうちのパーティで経験積まない?」


 自分が何を言われたのか分からないのか、テテナはしばらくキョトンとしてから――


「是非、お願いします」


 ――理解に至ると同時に破顔して、力強くうなずいた。



 鍋に張られた湯もまた、良い具合に煮立ってきたタイミングの出来事だった。



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 準備が出来次第、次話も投稿します٩( 'ω' )و


 ジャンル別週間230位

 ジャンル別総合379位

 ついに総合入りしました٩( 'ω' )و

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