悪夢も吉夢も、思い出となり血肉となる 2

 本日更新2話目٩( 'ω' )و


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「空を飛ぶ大亀よ、城塞を築けッ!」


 青の魔力と緑の魔力が混ざり合い盾となる。透き通った綺麗なマーブル模様の盾は、勢いよく向かってくる鎧甲皮の猪ロムラーボアを真正面から受け止めた。


「ちッ、馬鹿力が……!」


 その突進力に毒づきつつ、モタモタして仲間を助けようとしない馬鹿二人にも、苛立ちを募らせる。


 判断が遅い。行動が遅い。頭の回転が遅い。

 剣士としても何でも屋としても魔術士としても、どの基準でも素人の基準すら満たせていない。


「空を飛ぶ大亀よ、その魂力こんりょくを放てッ!」


 盾に追加の魔力を込め、そのまま射出する。


「おおおおおおお――……ッ!!」


 しばらくは鎧甲皮の猪と拮抗していたが、やがてボアの方の勢いが無くなってくるとじわじわと押し返し出す。


 そして――


「おらぁぁぁぁ――……ッッ!!」


 やがて軍配がバッカスに上がった時、ダメ押しとばかりに魔力をさらに込める。

 魔力の盾がボアを押し返しながら、虚空を滑る。

 踏ん張るボアの足が、大地にわだちを作っていく。


「空を飛ぶ大亀よ、その甲羅をざせッ!」


 ある程度まで距離が離れると、盾が弾かせ衝撃波を撒き散らす。

 それに吹き飛ばされ、鎧甲皮の猪はひっくり返る。


 もっとも、倒れただけで倒せたわけではないのだが。


「ああ、クソッ! あの馬鹿力と真正面からのチカラ比べなんて二度としねぇぞッ!!」


 バッカスが心の奥底からの言葉を大声で毒づいた時、少年たちとは異なる男の声が聞こえてきた。


「何を叫んでるんだよ、バッカス」


 その声の主は、大柄で筋肉質マッチョな自称男前魔術士だ。

 バッカスの顔見知りであり、この状況において最高のタイミングで声を掛けてきてくれた。


「ストレイ、こっちだッ! 手伝えッ! 人命救助と怒り狂うボア退治の二面作戦だッ!」

「それを一人でやってるのかよッ!」


 魔術士ストレイは叫ぶようにバッカスに返しながら、木々をかき分けてながら駆けつける。


「バッカス君! あたしもいるよ!?」

「ブーディもいたのかッ、助かる!」


 さらに、ストレイの相棒である弓使いの女性、自称正統派美女のブーディも一緒だったようだ。


「ストレイはそっちで倒れてる嬢ちゃんを頼む。

 ブーディは、怒り狂ってる鎧甲皮の猪退治を手伝ってくれ」

「怒り狂うボアって、鎧甲皮ロムラーなのッ!?

 ちびっ子のお守りしながら良くまぁ耐えてたわね」

「何もしようとしない無能共だったが、余計なコトもしなかったからな」


 ブーディの言葉に、バッカスは普段以上にキツい皮肉顔で、吐き捨てるように答える。

 バッカスのその様子から、ブーディとストレイは状況を漠然と理解した。


「お前ら、倒れてる嬢ちゃんは仲間だよな?」

「そ、そうだけど……」

「助けないのか?」

「え?」


 ストレイの質問に、惚けた答えをする剣士の少年。

 それだけで、ストレイもだいたい察したようだ。


「良かったな、バッカスが居合わせて。

 お前たちだけなら、そっちの嬢ちゃんと、気を失ってる弓使いの坊主は、少なくとも今日ここで色魂しきこんを五彩の輪に還してたぞ」


 動けない仲間をかばいながら、この二人が鎧甲皮の猪と戦えるわけがない。

 最終的に二人を見捨てて逃げ出すか、二人をかばいながら一緒に死ぬか。


 どちらであっても、バッカスが来なければ終わりだったはずだ。


「手当をする。手伝う気がないなら、そっちで倒れてる弓使いの側にいろ。邪魔だ」

「あの、戦闘は手伝わなくても……」


 おずおずと訊ねてくる魔術士の少年に、ストレイは一瞥もせずに答える。


「鎧甲皮の猪程度ならあの二人で十分だ」


 それから少女の傍らに膝を付き、魔術の準備を始めた。

 傷口と牙が癒着しないように、それでいて出来るだけ痛みを感じないように、繊細な魔術式を刻んだ魔力帯キャンパスを展開させていく。


 魔力帯を形状すらも神経を注ぎつつ、牙に触れる。

 変な刺さり方はしていないようだ。とりあえず、多少強引に引っこ抜いても余計な傷はつかないだろう。


 ストレイがそのことに安堵していると、剣士の少年が話しかけてくる。


「あの猪、そんに強くないのか?」


 剣士の少年ののんきすぎる言葉に、ストレイは思わず牙から手を離して、彼を睨みつけた。

 同時に、ストレイの集中が乱れ、構築していた繊細な術式が霧散してしまう。


「猪が弱いんじゃない。あの二人が強いんだ」

「そ、そうなんだ……」


 ストレイの眼光に怯む少年。

 だが、少年のあまりにも考えなしの行動に、鋭い声で訊ねた。


「おいガキ。テメェはこの嬢ちゃんのコト、本当は嫌いだろ? 殺したいんじゃないのか?」

「は?」

「そうでないならば、なぜ今そんな質問をした? オレの邪魔をしたいのか?

 これから手当しようとしている奴の邪魔をするなんて、この嬢ちゃんのことが嫌いじゃなきゃ出来ないぜ?」

「いや、あの……」

「何も出来ないなら倒れている弓使いのところにいろと言った。なぜ言うコトを聞かない? お前はオレたちを巻き込んで自殺でもしたいのか?」

「えっと、でも……」

「明確な理由もないのに、戦闘と治療が同時進行している現場でその態度か? 状況を分かっているのか? 危機感の薄い新人ってのは良くいるが、よもやここまで危機感のない馬鹿がいるとは思わなかった。

 いいか? オレにとって今のお前は、猪同様に殺すべき敵だぞ。

 仲間が二人やられて危機感を抱かず邪魔なコトしかしない者など、緊急時には荷物以下だ。無価値なんかじゃ生ぬるい。切り捨てるべきゴミだ」


 ストレイは少年へ向けて手加減抜きの殺気を叩きつけ、冷酷な声で告げる。


「弓使いの近くで待機。指示じゃない命令だ。従わないなら死ね。邪魔だ」


 ストレイにここまで言われてなお何か言おうとする少年。

 だが、彼が口を開く前にストレイの右の拳が少年の顔面を殴りつけた。


「縦の四、横の八、緑の突風」


 続けざまにストレイはよろめく少年に向けて手を掲げ、呪文を口にする。

 その呪文通りに突風が解き放たれ、少年を弓使いのところまで吹き飛ばした。


 素直に従って弓使いの側に移動していた魔術士の少年が小さく悲鳴をあげたが、知ったことではない。


「次は無ぇ」


 吐き捨てるように告げてから、ストレイは一度目を瞑る。

 ささくれだった神経を落ち着けるよう深呼吸をする。それから改めて少女に刺さった牙に触れるのだった。





「そういや、お前らは何でここに居たんだ?」


 ブーディとストレイという助っ人を得て余裕が出たバッカスが、いつもの調子でそんなことを訊ねる。


「ん? なんかこの辺り鎧甲皮の猪の目撃情報があったのさ。調査と退治の依頼だよ」


 起きあがった猪を真っ直ぐ見据えながら、ブーディが答えた。

 それに、なるほど――とバッカスが相づちを打つ。


「つまりアイツか」

「アイツだろうね。そういうバッカスは?」

「知り合いの牧場の柵が壊されててな。依頼を受けて調べてるうちにアレと遭遇した」

「ありゃま。依頼内容被った?」

「討伐報酬はそっちが持ってっていいぜ。こっちは調査と結果さえ報告できればいいから」

「あんがと。ほかに要望は?」

「肉は欲しいな」

「流石は現代の美食屋。外皮と毛皮は貰うよ。牙は一本ずつ分けようか」

「いいぜ。そっちに肉は必要か?」

「んー……全部あげるから、その肉を使ったボア料理ごちそうしてよ」

「面倒だが、肉が貰えるならまぁいいか」


 ボアの動きに注視しながらの情報交換と、報酬や素材の分担相談を終わらせた二人は、それぞれに構える。


「んじゃまぁ、とっとと終わらせますか」

「いやぁバッカスの料理が楽しみねー」


 そうして二人は、危なげなく――その上で各種素材を傷つけないよう注意しながら、無事に鎧甲皮の猪を倒すのだった。




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 あらすじの一行目でバチクソぶちギレてるバッカス君ですが

 実は「あなたの作った美味しい料理が食べたいな」って料理に関しておだてられちゃうと、相手が誰だろうと嬉しくなっちゃって、「代価もちゃんと払うから」とまで約束されちゃうと、どれだけ表面上「クソが、面倒くせぇ」とか悪態付いていようとも、その内心はウキウキで、がんばってご飯の準備しちゃう系男子です。



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