悪夢も吉夢も、思い出となり血肉となる 1
ジャンル別日間58位٩( 'ω' )و
カクヨムでここまでランク上がったの始めてかもしれない。
お読み頂いた上に、ブクマ、☆、♡を下さった方々、ありがとうございます!
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「あらバッカス。良いところで合ったわ」
「お? どうした?」
ある晴れた日、特に当てもなくバッカスがフラフラと町中を歩いていると、年輩の女性に声を掛けられた。
町の外れの牧場に勤めている年輩の女性だ。
確か、牧場主の奥さんだったはずである。
仕事で何度か顔を合わせているので、お互いに顔を覚えていた。
「ちょっと相談に乗って貰いたいコトがあるのよ」
「相談?」
「もし時間があるなら、牧場まで来てくれないかしら?」
「ふむ……」
問われて、少しだけ考える。
そもそも何か予定があったわけでもない。
何より顔見知りからの相談だ。無碍にしたくはなかった。
「いいぜ。これからすぐでも?」
「そうしてもらえると助かるね!」
そんなワケ、バッカスはおばちゃんに連れられて、彼女が勤める牧場まで足を運ぶのだった。
町の外壁の外にある牧場の一角を見るなり、バッカスは小さくうなずく。
「……なるほど」
「何か分かるかい?」
ここで飼育されている家畜ペーフスは羊に似た魔獣だ。
それらを放牧している牧場の片隅。そこの柵の一部がバキバキに壊れている。
太くて堅い木材で作られているこの柵は、通常の
それが簡単に折られていた。
幸いにして飼育されているペーフス自体が大人しく、群れからはぐれるのを嫌う品種故に、ここから脱走したりするようなことは起きてないそうだ。
だが、壊れた原因が分からず、困っているらしい。
「コイツは結構な力業で壊されてるようだが……人間の仕業じゃねーな」
加えて、外側からチカラが加わり内側に向かって折れているのを見るに、何らかの外敵によるものだと思われる。
「ペーフスに被害は?」
「そっちはなかったんだけどね。餌を置いてある倉庫が荒らされてたんだ」
「同じように壁とか扉をやられたのか?」
「そんなところだよ」
「ふむ……」
だとしたら犯人の狙いは倉庫にあったペーフスの餌だろう。
「餌って、果物とか野菜とかだよな?」
「そうだよ」
「なら、
「
おばちゃんは、この周辺でよく見かける一本角の生えた白毛の猪の名を上げるが、バッカスは首を横に振って否定する。
一角猪に、この柵を壊せるチカラはない。
「恐らくだけどな……モキューロの森からこっちへ流れてきた、はぐれ者の
怒らせなければ大人しい草食獣で、目が合ったり、軽くすれ違った程度では攻撃してこない。
だが、その堅い外皮とイノシシらしい突進力は、ヘタな肉食獣よりも脅威である。
「それもかなり大型に成長している奴だ。
倉庫の餌の味を覚えたなら、柵を直してもまた来て壊すぜ」
バッカスの言葉におばちゃんは少し悩む。
「アンタなら倒せるかい?」
「退治するだけなら難しくはねぇが……こっから先は有料だ」
「だよねぇ」
様子を見て原因を特定するところまでならサービスでやっても構わないが、ここから先の仕事を無料でやるには少々問題がある。
「個人的にはやってやってもいいんだが、変な噂たって魔獣退治をタダでやってくれと言い出す輩が増えても困る。
本来、こうやって壊れた柵を見るのだって専門家に頼るなら有料だぜ?」
「そう言われちまうとねぇ……」
おばちゃんは困ったように頭を掻く。
「単に金をケチりたくて俺に声を掛けたってんならここまでだ。
俺を信頼して調査と退治を頼みたいなら、ここから先は有料だ。」
ちなみにお値段はこちら――と、バッカスが指で示す。
その金額におばちゃんは何とも言えない顔をする。
そこらの雑魚魔獣と異なり、鎧甲皮の猪は中級の何でも屋でも、退治するとなれば死の危険のある魔獣だ。
バッカス以外に頼むにしても、それなりに腕のある何でも屋に依頼する必要が出てくるので、どうしたって割高になる。
ましてや、鎧甲皮の猪は怒らせると凶暴になる上に、非常にしつこい。
硬い外皮のせいで正面からでは、
外皮だけでなく凶悪な牙も持っている為、それの刺さりどころが悪ければ命に関わる。
「俺の本業は職人だが、一応副業で
そっちの同業者たちの為にも、好意で出来る仕事の枠を越えるような内容なら、無料で受けるワケにはいかねぇのさ。
魔獣退治となりゃ、豊作になった作物のお裾分けのようには、いかない仕事だからな」
そして、悩んでいたおばちゃんは一つうなずくと、告げた。
「わかったよ。バッカス。ここから先は依頼だよ。
鎧甲皮の猪となれば、退治できる人がすぐに名乗りをあげて貰えるとは思えないからね」
「了解だ。直接依頼ってコトで、後で
「あいよ。悪いね。バッカスが提示した金額だってずいぶんと安くしてくれてるって分かってはいるんだけどねぇ」
「出費が痛いのは分かるぜ。抑える為にケチるのも別に悪いこっちゃねぇ。ただケチり方を間違えると痛い目を見ちまうだけださ」
「言葉の上では分かってはいたんだけどねぇ」
苦笑するおばちゃんに、バッカスは皮肉げながらも優しさを感じる笑みを返すと、壊れた柵へと手を掲げた。
「
そしてバッカスが呪文を口にすると、時間が逆戻りするかのように、柵が元の形に戻っていく。
「いいのかい?」
「応急処置だよ。強度はだいぶ落ちてる。ぶっちゃけ見た目だけだ。
だからちゃんと専門家呼んで直してもらいな。その時、その専門家には魔術で応急処置をしたってコトだけは言っといてくれよ」
「分かったわ」
「このまま使い続けて問題が起きて俺は知らねぇからな?」
「念を押さなくても分かってるよ」
苦笑するおばちゃんを見、大丈夫そうだと判断したバッカスは柵を乗り越えていく。
「んじゃあ、ちょいと行ってくるわ」
「ああ! 頼んだよ。気をつけて行っておいで」
牧場を後にしたバッカスは、鎧甲皮の猪の足跡などを確認しながら、その足取りを追いかけていく。
そうして、町の周辺にいくつかある小さな雑木林の一つにいるとアタリを付けた。
「さて、完全に休日モードだったから武器らしい武器は携帯してないが……まぁ何とかなるだろ」
バッカスが気楽な調子で鎧甲皮の猪の探していると、戦闘をしていると思われる音が聞こえてくる。
「ふむ。まぁ行ってみるか」
誰かが退治してくれるならそれで構わない。
報酬は満額貰えないが、調査料くらいは貰えればそれでいい。
気楽な足取りのまま現場へと赴くと、そこは気楽さの欠片もない状況が展開されている。
「くっそッ、全然効かねぇ! このッ、テテナを振る舞わすなッ!!」
テテナというのは、鎧甲皮の猪の牙に太腿を串刺されて振り回されている少女のことだろう。
剣を持った少年が毒づきながら必死に斬り掛かっているが、外皮に防がれて効果がない。
「どうしよう、どうしよう……」
もう一人、魔術士っぽい少年が青ざめた顔で魔術を使おうとして、しかしテテナを巻き込むのを恐れて躊躇っている。
それからもう一人。左足が不自然な方向へとひん曲がって倒れている少年。彼の傍らに弓が落ちているので、弓使いなのだろう。
どうやら意識がないようだ。
よく見れば利き手と思われる方の指も折れているので、目を覚ましたところで役には立たなそうだが。
とりあえず、バッカスが言えることは一つだ。
「馬鹿か、お前ら」
どういう形で鎧甲皮の猪と交戦することになったのかは分からないが、それだけは言える。
何せこの猪は、怒らせなければ逃げるのは容易いのだ。
しかも、猪にしては沸点もそこまで低くない。
――にもかかわらず、初心者パーティとはいえここまでしつこくやられるほど怒らせるというのは、よっぽどのことをしたのだろう。
魔術士の少年は青ざめた顔でこちらを見るが、バッカスは無視。
ついでに言えば、彼がこちらに声を掛けようとすらしないのはよろしくない。
バッカスの姿を見た時に彼がするべきことは、助けを求めるか、警告をするかだ。
だが、魔術士の少年は何もせず呆然とバッカスを見送るだけだった。
まぁ声を掛けられたところでバッカスは無視するだけだが。
(鼠の時に後を付けてきたミーティの友達……あいつの方が、こいつらより何倍もマシだ)
あるいは、比べてしまうのは彼女に対して失礼かもしれない。
何であれバッカスは魔術士の少年の横を通り過ぎ、悪態をつきながら剣を振るう少年の元へ。
「暴れ回りやがって……! なんで、おれの技が全然効かないんだよ……ッ!」
剣士の少年は必死そうだが、仲間を助けるというよりもボアを倒したり傷つけることに躍起になっている様子が気にくわない。
この期に及んで危機感がないのか、楽観思考をきわめて居るのか。
バッカスは、そんな少年に背後から近づき、その襟首を掴むと――
「邪魔だ」
「え?」
――乱暴に引っ張って、そのまま魔術士の少年のいる方へと放り投げた。
(これ以上、振り回されるのは危険か)
右太腿に牙が貫通したまま振り回され、全身が青あざだらけになっている。
それでも息はしているようだが、すでに悲鳴も助けを求める声すら上げられなくなっているのは危険だ。
あるいは、ボアは振り回したくて振り回しているのではなく、牙に刺さった彼女が邪魔だから取り外すために振り回しているのかもしれない。
何であれ、刺されている彼女からすればたまったモノではないだろうが。
「風を乗り回す
バッカスは手早く魔術を構築すると右手を振り上げる解き放つ。
そこから放たれた真空波は牙の根本を切り落とす。同時に振り回されていた勢いで少女は宙に舞い上がった。
「天空を踊る騎士よ、お
だがそれを想定して、準備していた呪文を口にする。
魔術の効果によってクッションのようになった空気で彼女を受け止め、ゆっくりと地上に降ろした。
「う……あ……」
バッカスが駆け寄った時、少女の口から細い声が漏れる。
彼女の姿を見、バッカスは顔をしかめた。
手早く応急処置をするべきだが、まだボアは健在だ。
何より、牙を折られてご立腹のようである。
「偉大なる癒し手よ、その軟膏をここに」
とりあえず、魔術による応急処置を施す。
焼け石に水だが、ないよりはマシだ。
太股に刺さっている牙がなければ、もう少し強めに術を掛けるのだが……。
牙が刺さりっぱなしの状態で強めの治癒術を掛けると、刺さったまま傷口が塞がり癒着してしまう。
何より治癒の魔術は万能ではない。
対象の体力を利用する面がある。最低限の痛み止め程度ならともかく、傷や痣が完全に消えるような強力なモノを今の彼女に掛けるワケにはいかなかった。
「馬鹿二人。女に刺さった牙を抜いて止血しておけ。時間との勝負だ」
「なんだよッ、アンタ! 急に出てきてッ!」
「それに治癒術が使えるなら、もっと強いのを……」
「状況を見ろ。頭を使え。間違った治癒術を掛ければ彼女は死ぬ」
馬鹿野郎ども――と、
会話などする気はないので、バッカスは一方的に言い放つ。
それでももう少し警告を――と思ったが、猪が動き出した。
「ちッ、お喋りする余裕はもう無いかッ!」
鎧甲皮の猪がバッカスめがけて突進してくる。
「空を飛ぶ大亀よ、城塞を築けッ!」
バッカスはその突進を真正面から受け止める為、魔術で大盾を作り出すのだった。
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準備が出来次第、次話も公開します٩( 'ω' )و
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