悪夢も吉夢も、思い出となり血肉となる 4
本日更新2話目٩( 'ω' )و
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「さて、鍋もいい具合になってきたし、そろそろ喰うか」
「いや沈んだボロ布と一緒に、
バッカスの言葉に、ブーディが思わず声を上げる。
だが、それにバッカスは答えることはなく、収納の腕輪から肉や野菜の盛られた皿をテーブルに並べていった。
「貴重な
「便利な道具なんだから便利使いしてナンボだろ。道具ってのはありがたがって拝むモンじゃなくて、ありがたがって使うもんだぞ」
ブランのツッコミに、バッカスは皮肉げな笑みを返しながら、腕輪から人数分のカトラリーと小さめのトングを取り出していく。
「このトングは何?」
「こうするのさ」
食材、カトラリーの準備を完全に終えたバッカスは、トングで薄切り肉を一枚持ち上げる。
「この薄切り肉を、スープにくぐらせるんだ」
バッカスが手本として、動作を見せる。
ややして、色が全体的に白くなってきたところで取り上げる。
「火が通って色が変わったら取り出し、軽くスープを切ってから手元の皿に移す。
あとは好きに味付けして食べる。
野菜とかも一緒に泳がせて、肉で巻いて食っても美味い」
手本として作った一枚を自分の小皿に乗せて、塩とスパイスを
そしてタレの掛かったボア肉を口に運ぶ。
「やっぱ、
ボアの中でも鎧甲皮の猪の肉は、前世における高級な豚肉を思わせる味なのだ。
上質な脂の甘みに、柔らかな肉質、少量でもハッキリと主張してくる豚の味。
仄かに効いた
塩ダレの塩気によって、より甘く。
塩ダレの酸味によって、さっぱりと。
いくらでも食べれそうな味になる。
「最後に自分で完成させる料理ってコトね!」
「そんなところだな。
あと、面倒くさがってまとめてやろうとするなよ。綺麗に熱が通らず、生を喰うコトになる。
鎧甲皮の猪は、他に比べれば生でもイケるが、当たったときは他のよりキツいらしいしな」
火を通す分は問題ないので、しゃぶしゃぶで食べるなら大丈夫だろう。
バッカスが警告したところで、それぞれにトングを手にしたのだが――
「テテナちゃん。最初にどうぞ」
「そうだな。仕返ししたいんだろ?」
「いいんじゃないかな」
「気持ちの決着という意味では悪くないだろう」
ブーディがテテナを促すと、全員がそれに乗った。
テテナはそれに戸惑うも、小さくうなずいて、肉を一枚手に取った。
「綺麗なお肉……わたし、これに振り回されてたんだ」
明かりに透かすように持ち上げた肉に、テテナが呟く。
それに、ストレイたちがわちゃわちゃと反応した。
「肉には振り回されてないと思うぞ……」
「いやだがこのボアに振り回されていたのは事実だろう?」
「牙に刺されてたから振り回してたのは牙じゃない?」
「果たしてテテナちゃんは何に振り回されていたのか」
「なんか無駄な哲学的になってない?」
そんなストレイたちを困ったような顔で見ているテテナに、バッカスは気にせず喰えと示すと、彼女はうなずいた。
「色が白くなるまでくぐらせて……」
火の通った肉を自分の小皿に乗せ、小さなスプーンですくった塩ダレを垂らす。
トングをフォークに持ち替えて、ボア肉を刺すと、それを口に運ぶ。
「あ」
すると、思わずといった様子でテテナが声を漏らした。
それからほっぺたに手を添えると、蕩けそうなほど幸せそうに声を上げる。
「美味しい~~~~~」
本当に幸せそうで、見てる大人たちまでほんわかしてきてしまう。
「こんな柔らかいお肉はじめてです! 刺されて振り回された甲斐があったかもしれません!」
「テテナちゃんが刺されて振り回されたから美味しくなったワケじゃないからね? 正気に戻って!」
力一杯叫ぶテテナに、ブーディが慌ててツッコミを入れる。
「柔くて、甘くて、筋とか全然なくて、タレがしょっぱいんだけど、お肉はすごい甘くなって、ちょっと酸っぱいのが、また食べたくなって……!」
「わかった。美味しいのは分かったから落ち着いてくれ」
味について力説――してるんだけど要領の得ない――食レポに、ストレイが制す。
そんな感じでブーディとストレイがテテナと遊んでいるうちに、ブランとユウがさっさと自分の肉をくぐらせ始めていた。
「じゃあ食べようか、ブラン」
「ええ。頂きましょう」
バッカスの用意したタレを掛けて二人も肉を口に運ぶ。
そして二人も目を輝かせた。
「これッ、すごいッ!」
「単純な料理なのに、これほどとは……ッ!」
「あ、二人とも抜け駆け~ッ!」
「ブーディ、オレたちも喰うぞ!」
「もちろん!」
全員が一枚目の肉を口にして驚いているのを横目に、バッカスは細切り野菜をガサっと鷲掴みして、鍋の中へと放り込む。
「火が通った野菜も、肉と一緒に食べてみな」
「野菜かぁ……」
「まぁまぁブーディ。バッカスさんが言うんだから従ってみようよ」
「そうねぇ……」
あまり野菜が好きでないのか、ブーディはやや乗り気ではなさそうだが、ユウは積極的に野菜を掴んだ。
「あ、ネーグル・ノイノーがすごい柔らかくなってる!
クタっとした
「わッ、すごい! 何これネーグル・ノイノーがすっごい甘い!」
「そいつは熱を通すと辛みが落ち着いて甘みが増すんだ。肉と一緒に喰うと最高だろ?」
「うんッ!」
耐性のない男なら一発で落ちてしまいそうな極上の笑顔を浮かべるユウ。その様子にバッカスも満足そうに笑う。
あまりにもユウが美味しそうに食べるから――と、誰に言い訳しているのやら独りごちつつ、ブーディもマネをして食べる。
言葉はなくとも、決死の表情が至極の表情へと変わるのを見れば、何を感じているかは察することが出来る。
「この細切り野菜も良いな。このタレと一緒に食べると、この野菜だけでもいくらでも食べれる」
「肉が旨いのは当然としても、野菜もここまで旨く食えるとはな」
ブランとストレイからの評判も上々だ。
「野菜も肉もまだまだあるからな、どんどん喰ってくれ」
五人が好き好きに楽しんでる光景を見ながら、バッカスは皮肉っぽい造作の顔に楽しげな感情を浮かばせて、腕輪から肉と野菜を追加していく。
野菜と肉のダシがたっぷり出た湯には、半分はスープにして、残り半分は
ボアしゃぶパーティーから二週間ほど過ぎた頃――
「ストレイとロックが揃って歩いてるなんて珍しいな」
見覚えのある大柄の魔術士と、同じく見覚えのある中肉中背の――前世でいうホストっぽい雰囲気の――剣士が並んで歩いていた。
剣士ロックは、この町においてストレイと並ぶ実力と知名度を持つ
彼は彼で自分のパーティを持っている為、別パーティのリーダーであるストレイとツーショットでいるのは珍しい。
「ストレイのところと合同で仕事だったんだよ」
「泥肉拾いだけどな」
「そんで今は二人で教会と郵便屋巡りの最中さ」
「そうかい」
泥肉拾い――その言葉で、バッカスは二人をからかう気持ちが完全に失せた。
それは、
とはいえ、それは信用のある実力者ないし実力者パーティにしか依頼されない、ギルドからの信頼の証とも言える仕事でもあった。
ギルドから支払われる報酬も、そう悪いものではない。むしろ難易度の割りには高額と言って良い額なことも多い。
だが、それでもやりたがる者は少ないだろう。少なくともギルドから信頼されるような
つまるところ、仕事に行ったきり帰って来ない同業者の遺体探し。あるいは死体漁り。あるいは遺品回収。それらと併行して現場状況の調査も含まれたりする。
「それでもお前らが合同ってのは珍しいだろ?」
パーティの実力を考えれば、片方だけで十分なはずだ。
だが、ストレイは首を横に振る。
「この間、本来いない場所に
バッカスの疑問は、ストレイの言葉で氷解した。
「その前にも、エメダーマの森に鼠が出ただろ? まぁ色んな保険込みなのさ」
付け加えられたロックの言葉にも納得だ。
例え行方不明になったのが素人パーティであったとしても、出先に想定外の魔獣が待ち構えている可能性――それを考慮したギルドの判断だったのだろう。
話が小さな区切りを迎えたところで、ストレイが言いづらそうにバッカスに声を掛ける。
「あー……バッカス。
先週食べたボアしゃぶ。また作って貰えないか?」
「ん? また鎧甲皮の猪が出たのか?」
「いや、それは後でオレが調達してくる」
ストレイの言葉に、バッカスは首を傾げる。
ロックは何か言いたげな顔をしているが、口を出す気はないようだ。
「今な、ギルドの裏手で、ウチの新入りが大泣きしてるんだよ。悲しさと後悔でいっぱいっぱいだ。ついでにウチの元紅一点が貰い泣きで号泣してる」
「ブーディのそういうとこ、嫌いじゃないぜ」
「わかる」
思わず茶化すような言葉を口にするバッカスに、ロックも同意を示した。もちろんストレイも同意するが、今はそういう話をしていない。
「さておき――新人が大泣き、ね」
その言葉の意味は、先週ボアしゃぶを共に食べた者なら理解できる言葉だった。
「だからボアしゃぶ、か……」
「ああ」
「だが、あいつならそのうち自分の足で歩き出せるだろ」
「そうは言っても、歩き出せるコトと気持ちの整理が付くコトとは別だろ?」
「お人好しだねぇ、ストレイ殿は」
「その言葉そっくしそのまま返してやるぜ、バッカス殿」
何とも言えない気持ちを皮肉げな顔で覆って軽口を叩きあう二人を見ていたロックも、ボソりと呟く。
「どっちもどっちだと思うんだよなぁ」
「アンタもな!」
「お前もな!」
「ちぃ、藪蛇っちまった!」
三人はアホらしいにらみ合いをしばらくし――やがて誰ともなく息を吐く。
そして、バッカスが漏らした。
「悪夢も
それに二人もうなずく。
「何でも屋や傭兵なんて家業は特にそうだよなぁ~」
「別にオレらだけじゃない。生きていくってのはそういうモンだろ」
どんな思い出にするか、どんな経験にするか、どんな血肉にするか――それは同じような出来事に遭遇したとしても、人によって違うだろうが。
「ロック。お前も鎧甲皮の猪を持ってくるなら、歓迎するぜ。
贔屓の為にメシを作る気はねぇが、クソッタレな仕事とその後味の悪さを打ち消す為の宴会に俺の料理と工房を使いたいってんなら、協力してやる」
「いいね。お前のメシが食えるってんなら、調達するよ。
泥肉拾いは初めてじゃねぇが、やっぱ何度やっても良い気はしないわな。ましてや拾った肉がまだ駆け出しのガキだとなぁ……」
ロックはやれやれ――と頭を掻く。
調子乗ってた奴らの末路と言えばそうだろう。
大多数の人間からすれば、よくある新人の死亡事故。
だが関わってしまえば、良くある事故だと片づけ難い気持ちになるのも分かる。
「酒は各自容易するコト。工房に保管してある酒はやらんからな!」
そうして、バッカスは二人と別れ、町の雑踏へと溶け込んでいく。
号泣するのは、そこに情があったからだろう。
後悔するのは、そこに思い入れがあったからだろう。
どれだけ馬鹿でも、幼なじみで、一緒にパーティを組むだけの仲だった。
彼女の芯と覚悟の強さは、そんな幼なじみたちを生かす為に培われたものだったのかもしれない。
彼女の献身と貢献を理解せず、無自覚に甘えていた連中だ。
大なり小なり、この結末は迎えていたかもしれないが――
「あんな良い女を泣かせるなんざ、やっぱ馬鹿野郎どもだったな」
雑踏の中、小さく小さく呟やかれたバッカスの言葉は、誰の耳に届くでもなく、風に溶けて消えていった。
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