腹が満ちれば、思いも変わる 1
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強い雨の降る夜。
彼女は傘もささずに、さまようように職人街を歩いていた。
昼間は綺麗に晴れていたものの、日が暮れる頃には、太陽も月も覆い尽くすような黒く分厚い雲が現れた。
そして完全に日が沈む頃には大雨になったのだ。
激しい雨に打たれながらも、彼女の心はここにあらず。
まるで打たれていることすら気づいていないかのようだ。
身なりからすれば貴族だろう。
下町の職人街を歩くには些か場違いだ。
もっとも、激しい雨の降るこんな夜に、それを指摘してくる者はいない。さらに言えば、こんな夜では、彼女を誘拐しようとするような悪徳の者すらも出歩いていないだろう。
だからこそ今の彼女はとても危険だと言える。
なぜならば――
「…………」
ふらついていた彼女は膝を付く。
そのまま前のめりに倒れてしまった。
――倒れた彼女に気づく者が、この雨のせいでいないだろうから。
湿った――どころか、水たまりの出来ている石畳に、彼女は倒れ伏す。
その肢体を、止む気配のない水の雫が濡らし続け、そして冷やし続けていく。
意識があるのかないのか。浅い呼吸が増えていく。
冷え切って白くなった肌の中、顔だけが熱を帯びたようにやや赤い。
(身体に力が入らない……。すごい眠い……。頭の中は熱く感じるのに、身体はすごく冷たい……)
倒れ伏したまま、彼女は自分の身体の状況を確認する。
心が折れ、何をして良いかわからないまま街をさまよっていた。
だというのに、自分の命に危機を感じるなり、無意識に身体の状況を確認するというのは、もはや職業病のようなものだろう。
(はは……。だけど……そうね。意味のないコトね。
……いっそ、このまま……
彼女は疲れ切っていた。
大事だと思っていた――大切にしたかったものに裏切られたのだ。
剣ばかりにしか興味がなかった自分が、強く持ってしまった別の興味。
傾倒しすぎてしまったのは間違いない。
(好き……だったんだけどなぁ……)
強い女は嫌だと言うから、騎士を辞め、剣を封印したというのに。
(何が……いけなかったのかなぁ……)
自分にはもう何も残っていない。
初めて患った恋という病にかまけて、騎士道も、剣も捨ててしまった女騎士に、いったい何が残っているというのか。
意識が遠のく。暗いところへと沈んでいく。
(これが……五彩の車輪へと返還されるというコトなのかな……)
そんなことを思いながら、彼女の意識はまどろみに飲み込まれていくのだった。
「――ったく、気持ちよく呑んで帰ってきたら……。
人ン家の前でのたれ死には勘弁してもらいてぇな……」
どこか遠くから聞こえるそんな独り言が、彼女が意識を失う前に聞いた最後の言葉ではあったのだが――彼女の記憶に残ることはなかった。
ただ、激しい雨の降る夜に、酒場を梯子して呑み歩く馬鹿が居た事実が、彼女の還りかけていた色魂を引き留める要因になったのは間違いない。
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