バッカスさんと、酒飲み仲間


 ロックス鍛冶工房。


 ドブロ・ロックスが親方を勤める、この町――いやこの国ではかなり有名な鍛冶工房だ。


 工房そのものは現親方のドブロで四代目。

 現在では武器と防具はオーダーメイドのみしか引き受けず、基本的には包丁などの日用品を作っていることが多い工房である。


 だが、そのオーダーメイド品であれ日用品であれ、非常に質の良いモノを打つ工房であり、ロックス鍛冶工房を示す剣とハンマーが交差する刻印は、良品としての証とさえ言われていた。


 そんな鍛冶工房で働き始めた新人は、裏口から聞き覚えのない声が聞こえてきて、そちらに視線を向けた。


「邪魔するぜ」

「おう。バッカスか」


 入ってきたのはボサボサの黒髪に、暗赤色の瞳を持つ見慣れない男性だ。

 そんな男性に、親方が気安く応じている。


「ちょいと、片隅借りてもいいか?」

「そういう契約だしな」

「んじゃ、借りるぜ」

「おう」


 親方と挨拶を交わし終えた男性――バッカスは、工房内の使われているところを見たことのない隅の作業スペースへと移動する。

 すると、手慣れた流れで、荷物を下ろして鍛冶打ちの準備を始めていく。


 彼はいったい誰なのだろうか。


 疑問に思った新人は、近くの先輩に訊ねる。


「あの……あの人、誰ですか?」

「ん? ああ、お前はバッカスさん初めてか」

「バッカスさん?」

「魔導具職人で、魔剣技師のバッカスさんだ。

 まぁザックリと説明すると、親方の酒呑み仲間だよ」

「酒呑み仲間??」


 てっきり職人仲間かと思ったのだが、どうやら違うらしい。


「呑み仲間のよしみで、鍛冶場の片隅を貸して欲しいって頼まれた親方が、何かとの交換条件で場所を貸してるらしい」

「魔剣技師ってよく知らないんですけど、自分の鍛冶場とか持たないんですか?」

「それはよくある疑問なんだけどな。そもそも魔剣技師って、完成ないし完成直前の武器に魔宝石を仕込んだり術式を刻んだりする作業を主としているから、刀身部分は本職の鍛冶師に任せるモンなんだよ。だからふつうは鍛冶場を持たない。

 でもバッカスさんはコダワリが強いみたいで、刀身も自分でやりたかったんだってさ」

「それって、バッカスさんも剣を打てるってコトですか?」

「そうだよ。あの人が打ち方は特殊で親方もマネできないやり方だけど、勉強にはなるぜ。邪魔にならないように、遠巻きから覗いてみな。

 バッカスさんも親方も、オレたちが見学するコトにとやかく言わないからな」


 先輩の言葉に甘えて、新人はバッカスさんの邪魔にならない位置まで近づいて、様子を伺う。


 炉から取り出した金属をハンマーで打つ。


 その光景こそ見慣れたモノなのだが、バッカスさんはどうやら彩技アーツを使って剣を打っているようだ。


 魔力カラーを用いて身体能力や、道具の強度などを高める技術、彩技アーツ

 まさかそれを鍛冶に用いるなんて、新人には思いもよらない方法だった。


 一定数叩いたあと、バッカスさんはハンマーを置く。

 再び金属を炉に入れるのかと思いきや、彼は赤みを帯びた金属に手をかざす。

 触らずとも火傷しかねないギリギリまで手を近づけると、何かをぶつぶつと口にしていた。


 すると、金属の表面が削れて文字のようなものが彫られていく。

 それを見て一つうなずくと、バッカスさんはその金属を再び炉に入れた。


 魔術を使って文字を刻み込むのは初めて見る作業だが、それ以外の部分の動きには淀みもためらいもない。

 ここで働く熟達した職人たちにも引けを取らない動きだ。


「魔導具職人としての仕事傍らでの修行で、ここまでモノにされちまうと、嫉妬もする気もうせちまうわな」

「まだまだだよ、ドブロ。理想には遠いさ」

「お前は理想が高すぎるんだよなぁ。

 ガキの時に見た神剣ディバインウェポンに並ぶ魔剣ホイーラウェポンを作りたいなんてよ」

「今でも時々夢に見るんだ。あの剣を見た瞬間のコトを」


 親方とのやりとりに、新人は驚いた顔をする。

 実在することは有名ながら、本物の神剣を見たことをある者は少ない。


 だが、バッカスさんはそんな神剣を子供の頃に見たことがあるらしい。


「その結果、元々の魔術士としての勉強に加えて、魔導工学の勉強まで必要になったのは想定外だったけどな」

「そんで今は魔導鍛冶の勉強か。マジで神剣作る気んだな」

「マジもマジ。大マジだよ。人生最後の作品はそれで〆たいくらいだ」


 彼が魔導具関連の職人としてどこまでの腕があるかは分からないが、鍛冶の腕前は、親方も認めているもののようである。


 その後も、彩技で金属を打ち、魔術で何らかの刻印を施していく。

 

「ところでな。今日の賃料は何だ?」

「ミルツラガーだよ」

「なんだ、つまらん。

 いや酒が貰えるのは嬉しいが、ミルツラガーは飲み慣れているからな」

「おいおい、ドブロ。良いのかよ、そんなコト言っちまって。

 ミルツラガーはミルツラガーだが、ティシパルテ修道院から貰ってきた奴だぜ?」

「……マジか」

「マジもマジ。大マジだよ。生涯の最後に呑むに相応しいラガーと呼ばれているアレだよ」


 酒に詳しくない新人だが、ティシパルテ修道院の名前は知っている。

 確か修道院の中に酒造所があるとかなんとか。


 しかも、そこで作られた酒は王侯貴族の御用達になるほどの逸品だという。


 バッカスさんは、そんな場所にツテがあるのだろうか?


「いらねぇなら別の酒を用意するが……」

「いらんワケがないだろうッ!」

「だよな」


 ニヤリとバッカスさんは笑う。


 恐ろしいのは親方と喋りながらも、彼は作業の手を止めず正確に動かし続けていることだ。


「さすがに瓶を一本分だけなんだがな」

「十分すぎる! 場所代に対しての対価としては高価すぎるぞ」

「いいんだよ。職人の作業場を借りてるんだ。そのくらいはさせろよ。俺の自己満足みたいなもんさ」

「お前さんがそれでいいなら、構わんがな?」

「……っと、すまん。ちょっとここからは黙ってくれ」

「了解だ。見てる分にはいいよな?」

「ああ」


 そうして、親方を制したバッカスさんは、これまで以上に集中した様子で金槌を振るう。


 金槌を振り上げる。

 その時、まるで汗の流れすらも止まっているかのような静謐が満ち――何かを見極めたらしいバッカスさんはそれを振り下ろす。


 金槌は振り上げられるたびに時が止まったような神聖な静謐さが場を支配し、振り下ろされ、カンという音が響くことで時間が動き出す。


 もちろんそれらは錯覚だ。

 実際は、バッカスさんの汗は止まってないし、時間だって止まってない。


 ただ彼の極限まで研ぎ澄まされたような集中力が、そういう雰囲気を生み出しているだけだろう。


「ふぅ――……」


 最後にバッカスさんが大きく息を吐くと、その緊張感が霧散する。


 その後、親方と言葉を交わしながら剣を仕上げていく。


「魔術と彩技を使って鍛えるとやはり早いな」

「通常の倍以上に疲れるけどな」


 親方の言葉に、バッカスさんは肩を竦める。


「出来た刀身、ここに置かせてくれ。柄を作ったら組立に来る」

「了解だ。ところで今日の夜は開いてるか?」

「もちろん。でもいいのか? ラガーじゃなくて」

「そいつはとっておきだ。家で静かにじっくり呑むさ。

 今日は酒場で誰かとくだらん話をしながら呑みたいんだよ」


 そうしてそのまま親方とバッカスさんは酒に関する会話が始まった。

 その様子も何となく見ていると、先輩が自分へと声を掛けてくる。


「バッカスさんが終わったみたいだし、お前は仕事に戻れ」

「あ、はい。親方はいいんですか?」

「良くはないけど、バッカスさんと酒語りを始めるとしばらく親方は動かない。いつもの光景だから覚えておけ」

「はい」


 親方とバッカスさんはだいぶ歳が離れていそうだが、仲が良いのは間違いないのだろう。


「どうだ? 勉強になったか?」

「とりあえず、すごいってコトだけは分かりました」

「ま。それが分りゃあ今は十分だ。

 補足しておくと、バッカスさんがやっているのは魔力を使って鍛冶を行う魔導鍛冶っていう技術だ。俺らがやってる鍛冶とはまたちょっと違うってところは頭の片隅にでも入れておけ」

「はい」

「んじゃ、仕事に戻るぞ」


 普段、気難しい印象のある親方がバッカスさんと談笑しているのを横目に、新人は先輩に連れられて仕事に戻るのだった。


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 本日、夜にも更新予定です٩( 'ω' )وよしなに!


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