空腹はスパイスと言うけれど限度がある 6
本日6話目٩( 'ω' )و
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「疲れた……」
バッカスは自宅の前に到着するなり、ぐったりと呻く。
さらわれた子は麻酔毒の影響でしばらく動けないことを除けば特に問題はなかった。
キャンキャンうるさい少女と一緒に、
そのあと、ギルドの解体場で餓鬼喰い鼠の解体と査定を依頼。金と素材の受け取りは明日以降に来ると約束した。
諸々が終わって帰路に付く頃にはすでに日が暮れている。
ようやく工房兼自宅まで帰ってきた。
まずは工房に立ち寄り、持ち出していたモノを戻す。それから工房側面の階段を登って、ようやくの帰宅というわけだ。
「唐揚げ食いたかったけど、そんなもん作る余力はないな」
昼過ぎに起きて、あとはほぼ飲まず喰わずの救出依頼。
無事に終わったのは何よりだが、疲労と空腹がだいぶひどい。
そうなると、揚げ物は面倒だ。準備もそうだし、片づけも。
とはいえ、鼠が巣穴に隠していたコロゲ鳥は使いたい。
唐揚げは無理だと分かっていても、そういう気分になってしまっている――というか口の中が鶏肉を待ちわびている。
空腹はスパイスとはいうけれど、さすがに限度というものがある。空腹が過ぎると料理する気力すら減退してよろしくない。
「どうすっかな」
独りごちながら、着ていたジャケットを脱いでベッドの上に放り投げた。
とりあえず、バッカスはキッチンに向かう。
自分で料理したいこともあって、この部屋にはわざわざ魔導工学の最新技術を使ったキッチンを設置した上で、自分用にあれこれ改良してある。
さらには冷蔵庫も自作した。これは設計図を商業ギルドへと登録してあるので、どっかの職人たちが量産していることだろう。
まだまだ貴族や金持ちの商人向けの価格ではあるものの、市場に出回りはじめてもいるので、いずれ珍しいものではなくなるはずだ。
「モヤシもどきと、ピーマンもどきと……キャベツもどき。これでいいか」
さらに言えば、野菜なども――見た目はともかく――味は地球のものと似たようなものが多いため、前世の記憶を使った料理などをしやすいというのもありがたい。
まぁ形と味が一致しないモノや、地球にはなかったモノも多々あるのだが、それはそれで楽しんでいる。
つまるところ、昼間にバッカスが口にし、ライルが冗談だと流していた話――バッカスは二度目の人生というのは嘘ではなく、彼は日本人男性の記憶を持った上で、この世界で生活していた。
言ったところで信じてもらえない話なので、持ちネタの冗談の一つ……みたいな扱いの事実ではあるのだが。
「さてと」
何を作るかはだいたい決まった。
あとはささっと作るだけだ。
まずはキャベツに似た味の野菜は針のような葉なので、水で洗うだけ。
ピーマンに似た野菜は縦に細切り。
用意した野菜ともやしに似た野菜を、スキレットに敷き詰める。
次に腕輪の中に収納しておいたコロゲ鶏を取り出して、モモの一枚肉を切り出す。
フライパンを用意して、コンロの上に置く。
コンロの魔宝石に
ストルマの実という木の実から絞った油――ストルマ油はこの世界ではポピュラーな食用油で、オリーブオイルのようにさらりとクセのない味のものだ。
地球の焦げ防止力の高いフライパンならいざしらず、この世界のフライパンはわりと焦げ付きやすい。
油を少し垂らして伸ばすことで、焦げ付きを防げる。
火を強火に設定して、モモ肉を皮を下にしてフライパンの上に置いた。
じゅー……という焼け始める音を聞きながら、野菜の入ったスキレットを手に取る。
スキレットの上にアルミホイルの代わりに使っている耐熱皮紙を乗せて、魔導コンロのグリルスペースに突っ込んだ。
グリルスペースは、日本のガスコンロについている魚用グリルのようなスペースだ。
あれよりも高さのある空間で、コンロの火の熱を利用して、このグリルスペースの中が熱される。
この機能を持ったコンロは今のところ世に出回ってはおらず、これもまたバッカスこだわりの逸品となっていた。
ただやはり商業ギルドへ設計図の登録はしたので、出回るのも時間の問題だろう。
鶏肉の皮目がパリっと焼けたら火を弱火にして、ひっくり返す。
そのタイミングで、スキレットを取りだした。
野菜に火が通り、良い感じの温野菜になっている。
火の通ったピーマンの良い香りに口の端を吊り上げながら、バッカスは様々な瓶の納められた棚へ手を伸ばす。
その棚から瓶を一つ取りだして、肉の上にたっぷり乗せた。
この瓶の中身はバッカス特製のミックススパイスだ。
手に入る範囲でスパイスやハーブを集め、それらを色々と組み合わせたミックススパイスをバッカスはいくつも用意している。
最初はただただ地球の味を再現したいだけだったのだが、気が付けばスパイスミックスを作ることそのものが楽しくなっているところも否定できない。
とまれ――今しがたまぶしたミックススパイスもそういう経緯から生まれたものだ。材料は地球と異なるものの、味としてはケイジャンスパイスに近い。
皮目の上に盛られたスパイスが熱されて香りを放つ。
鶏皮の焼ける香りと混ざりあった暴力的な匂いにあらがうように、バッカスはもう一度肉をひっくり返す。
反対の面にもスパイスをかけてから、火を止める。
一度、肉をフライパンから退かせて別の皿に乗せたあと、スキレットの中の野菜をフライパンに入れた。
フライパンの中に残った油とスパイスをざっくりと野菜に絡めたら、スキレットに戻す。
そして、スキレットの野菜の上に、皮目を上にした肉を乗せてやれば完成だ。
「コロゲ鶏のスパイスステーキ、野菜盛りってな」
スキレットを手に食卓へ行くと、鍋敷きの上にゆっくりとおろす。
冷蔵庫の中で冷やしておいたミルツラガーの瓶を手に取り、わざわざガラス職人に作らせた専用のグラスを持って、食卓へと戻る。
「
席に着いて手を合わせれば、待ちに待ってた時間の始まりである。
ミルツラガー瓶の栓を抜いて、グラスの縁に沿わせてに流し込む。
黄金色の液体はきめ細やかで滑らかな白い泡を伴って注がれる。
ミルツとは、この世界における麦だ。
ラガーとは地球と同じで、下面発酵された酒のこと。
つまるところ、ミルツラガーとはラガービールのことだ。
この世界――とりわけ、バッカスが暮らすこの領地は、麦の生産数が非常に多く、麦を使ったものが特産品として色々ある。
特に、ミルツラガーとミルツエールの酒造は盛んであり、わざわざ飲み比べする為に、世界各地の酒好きがやってくると言われているほどだ。
それが、バッカスがわざわざこの街で暮らそうと決めた理由でもある。
グラスに口を付け、傾ける。
冷えた黄金色の液体は、爽やかな苦みを伴い、舌の上を流れ、喉へと落ちていく。
シュワシュワと弾ける爽快感のあと、残るのは軽い酒精の熱だ。
ゴッ、ゴッ、ゴッ……と喉を鳴らしながら、グラスの中のミルツラガーを一気に飲み干す。
前世同様に様々なミルツラガーがある中で、今飲んでいる『ミルツウォレイヤ』は、いわゆる淡麗辛口のものだ。
金というよりも鮮やかな黄色をしているこのミルツラガーは、雑味が少なくクリアな味わいで、香りも穏やか。そして喉ごしとキレが良い。
日本人が飲み慣れているピルスナーの味に近いものだ。
おかげで、冷えたものを一気に流し込む爽快感が非常に美味しい。
「ふー……」
前世の頃からビールは好きだった。
ただ、前世はアルコールに弱かった。350ml缶のビールを一本開けるだけで限界が来てしまうほどに。
それを思えば、いくら飲んでも限界の来ない今世は非常に嬉しいものがある。
しかも、お酒が美味しい世界というのも最高だ。
「さてさて」
ナイフとフォークを手に取って……バッカスはナイフを置いた。
切り分けて食べようと思ったのだが、面倒くさくなったのだ。
チキンステーキに勢いよくフォークをぶっ刺して、そのまま持ち上げると、豪快にかぶりつく。
皮はパリっと音を立て、ぷりっとした肉は、旨味を秘めた脂を内側から吹き放つ。コロゲ鶏特有の旨味と、多めに掛けたミックススパイスが口の中で渾然一体となっていく。
焼きたての熱と旨味。ミックススパイスの塩気、そして辛み。
口の中に充満するそれらを洗い流すように、冷たいミルツウォレイヤをあおる。
空腹を満たす肉の味、肉の脂、そして酒の熱。
「最高だ……」
恍惚と呟きながら、今度は肉の下に引かれた野菜をフォークでまとめて突き刺す。
それを口の中に放り込めば、加熱によって増した野菜の甘みがスパイスと肉の脂の味と混ざり合う。
しゃきしゃきとした歯ごたえもまた心地が良い。
また肉にかぶりつき、ミルツウォレイヤを流し込み、野菜を食べる。
無限ループのように繰り返し続け、その都度、恍惚とした息を吐く。
そうしていると、酒も肉も野菜もあっという間になくなってしまった。
「……物足りない……」
酒もそうだが、何より空腹を満たすには足りなかった。
だが、酒と肉を腹に入れたことで、やる気が回復している。
「さて――次は何を作って、どの酒を飲もうかね……」
今日はもう仕事をする気はない。だが、料理ならいくらでもできる気がしてくる。
「唐揚げは――やっぱ面倒だからパスだな……。
さっと出来て……何なら作りながらつまめる奴が良いな」
思いついた料理の材料をキッチンに並べる。
冷蔵庫から目に付いた酒を取ってグラスに注ぐ。
「さぁて……楽しむぞっと」
飲みながら作り、作りながら食べ、食べながら飲む。
後片づけを明日の自分に押しつけることにして――
バッカスは、今宵の空腹を満たすこと――それを大いに楽しむことにするのだった。
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これにて本日更新分は終了です٩( 'ω' )و
明日も更新する予定なので、よしなにお願いします!
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