第48話

 室井宗一郎。

 誰もが一度は聞いたことがあるプロデューサーの名前。

 今から10年前、アイドルグループ『さくらFine!』が一世風靡した。

連日、新聞、テレビ、雑誌、どこを見ても『さくらFine!』の名前があった。

出すシングルは軒並みヒット、音楽特番の常連、音楽以外にもファッション誌のモデルやグラビア、バラエティー、お天気キャスターとメンバーの特性を生かして多方面で活躍が見られた。

 『さくらFine!』のメンバーは10名。『室井は、見た目の雰囲気や特技が異なる女の子たちをあえて集めた』と何かの記事で読んだことがある。人の好みは様々。その戦略がぴったりはまり、観客は彼女たちの中に自分の『推し』を見つけた。『推し』の文化を定着させたのもこの室井だった。

 当時小学校低学年だった俺ももれなく『さくらFine!』にハマっていた。だから室井の名を耳にしたことはあったが、室井は正体不明のプロデューサーとして常に裏方に回っていたせいか、室井を見ても室井宗一郎とは、本人に名乗られる今まで気づかなかった。


 舞台袖には、三味線を抱えた次の発表者が現れた。邪魔になってはいけないので、俺たちはステージ裏の資材置き場に移動する。

 資材置き場は大きなテントの中にあり、誘導で使う看板や三角ポールが雑然と置かれている。ステージで奏でられる三味線の音色は、テントの生地を通って幾分まろやかに耳に届く。

「店長って、あの有名なプロデューサーだったんですか?」

俺はあおいの持つ名刺を覗き込み、名刺と目の前の室井を交互に見比べた。

「てか、どういうこと? 話についていけないんだけど」

声優をめざす愛莉も室井宗一郎の名前は知っていたが、これまでメイドカフェの店長としてしか接してこなかった男が、室井宗一郎とはすぐにリンクできず、戸惑いを隠せない。

「今まで黙っていてごめんごめん。名刺にある通り、僕の本業はこっちなんだ」

「だから店にいない時間が長かったってこと?」

「まあ半分は正解かな。本業はこっちと言いつつ、会社の経営は別の人に任せているし、僕はお飾りのようなもんなんだ。10年前は会社のこと結構どっぷりやってたけど、疲れちゃってね。今はメイドカフェの経営くらいがしょうに合ってるんだ」

「それで話って何なんでしょうか?」

と、俺は話を本題に戻す。いつまでも室井をここに引き留めておくわけにはいかない。ほったらかしにされたメイドカフェの新人がかわいそうだ。

「鉄は熱いうちに打て」

そう言って室井はポケットから折りたたまれたプリントを取り出し、広げ、俺に渡した。

「これって・・・」

そこには『アイドル発掘オーディション』の文字。

「これに参加してみる気はないか?」

俺は咄嗟に判断できず、舞、あおい、愛莉の顔を順に見た。三人とも喜びとも困惑とも受け取れる複雑な表情を浮かべている。

さっきまでステージで歌っていたかと思ったら、急に超ベテランプロデューサーが現れ、オーディションを受けないかと言われているのだ。

頭が追い付いていないのは俺も同じだ。

「今年の夏、僕の会社で大きなオーディションが開催されることになってね。5月初めから応募が始まって既に600組のエントリーがある。キミたちも出てみたら結構良いところまで行けそうな気がするんだ。僕も含めて会社の役員何名かが審査員になってる。もちろん公平公正な評価をさせてもらう。つまりこれはスカウトというより宣伝活動と思ってくれたらいい」

室井は用意された台本を読むように、つらつら説明した。

「エントリーの期限はいつまでですか?」

舞たちの意見を取りまとめる必要があるため、俺はたずねた。

「明後日の正午だ。他に質問はあるかな?」

「それに参加して、最優秀に選ばれたらどうなるの?」

愛莉は乗り気のようで確認したいことが多いのか、室井に詰め寄っていく。

「もう最優秀に選ばれたつもりかい? いいねぇ、威勢がいい」

愛莉は気が早いことを言ってしまった恥ずかしさで、頬を赤らめた。

「最優秀賞に選ばれたら、僕のプロダクションに所属してもらい、デビューできる」

「わたしたちみんなが?」

「その通り。もし一人だけでデビューしたいのであれば、一人で応募もできる。複数応募可能だ」

愛莉はこれまでたくさんの声優オーディションを受け、落選してきた。

芸能界入りのチャンスがあるなら、挑戦したいと思うはず。

「他に聞きたいことがある子はいる?」


沈黙が流れる。

皆、状況を整理し、自分がどうしたいか考えている様子。

俺としては参加してもいいんじゃないか、むしろ参加してほしいという気持ちだった。


他に質問の声が上がらないことを確認すると、室井は「じゃあ、またね」といつもの軽いテンションでテントを出て行った。


後に残った俺たちは、とりあえず今の気持ちを確認しあう。

「それで、みんなどうする?」

「宮前はどう思うわけ?」

「俺は出てもいいと思った。愛莉の芸能活動のチャンスになるのであれば」

「ありがとう。あんたがそんなふうに思ってたとか意外なんだけど」

俺から愛莉を応援するような発言が出てきたことが、素直に嬉しかったようだ。

「私も参加してみたいです。優勝できる自信はないですが、何か明確な目標があった方が部活はがんばれると思いますし」

あおい部長らしい、真面目な意見だ。

「まあ、アニメ研究部じゃ、文化祭のポスター展示と体育館でのステージが関の山だろうしな」


俺は、さっきから一人無言のやつがいることが気になっていた。

舞だ。

こういうとき、いつもなら一番に「やりまーす!」と声を上げそうなものを、妙に難しい顔をして、俺たちの意見を静かに聞いている。

「舞さんはどうでしょう?」

異様な雰囲気をまとった舞に、あおいが声をかける。

「わたしは・・・わたしは、ただ参加するだけなら応募したくない」

重々しい舞の発言を、参加に否定的なものとして、俺、あおい、愛莉は受け取った。

部内で意見がわかれてしまっては、話し合いが必要になる。

だれもがそう思っていた。

だが、舞の話にはまだ続きがあった。

「わたしは、応募するからには最優秀賞取りたい」

俯いていた顔を上げ、そうきっぱり言い切った。

舞の輝く瞳からは、強い決心が伝わってきた。

「今日のステージとっても楽しかった。わたし、もっと大勢の人の前で陵の作ってくれた曲で、歌ったり踊ったりしてみたい」

俺、あおい、愛莉の顔を見ながら、一語一語丁寧に発音した。

なんとも舞らしい無邪気な思いが、核心にあった。

そもそもこの部でアイドルのような活動をしようと言い始めたのは舞だった。

活動当初から舞の軸にブレはなかったということ。

あおいが自信を持てないとき、愛莉が俺ともめたとき、いつだってこの部のいかりとして、俺たちをその天真爛漫てんしんらんまんな笑顔で支え続けてきたのは、舞だった。


 全員の方向性が一致したところで、俺たちはテントを出て、着替えや奈緒の手伝いに戻っていった。


 その後、交流会は活況のまま無事終了した。

 閉会式。俺たちはステージ発表者の中で、最も多くの歓声を集めたと評価を受け、その日の最優秀ステージ賞に見事選ばれた。

 俺も含め宮本高校アニメ研究部は、ステージに登壇した。トロフィーをあおいが代表で受け取る際、あおいよりもトロフィーの高さが高く、よろけるあおいを見て、俺たちは噴き出した。


 そんな俺たちの様子を撮った写真を、後日浅川が見せてくれた。

 笑顔の舞は最高にきらきらしていて、

 お茶目なあおいは最高にかわいく、

 素で驚く愛莉は最高に初々しく、

 俺は最高にキモかった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺はただ萌えブタでいたいだけなのに 犬ピース @sawamochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ