第47話

「次は、宮本高校アニメ研究部です」

 司会者の簡素なチーム紹介の後、俺たちのステージは幕を開けた。

 

 舞、あおい、愛莉が所定の位置につくとすぐ、ステージの両サイドに設置された大きなスピーカーから俺の作曲・編曲したイントロが流れ始めた。

 曲に合わせ、舞、あおい、愛莉の三人は少し緊張した面持ちでステージ上で踊り始めた。

 俺はそんな彼女たちを舞台袖から眺めている。彼女たちの初パフォーマンスを真正面から見られないのは残念だが、仕方がない。俺は今は観客ではなく、制作側だからだ。

 歌い出しはあおい。彼女たちの中で最も歌唱力がある彼女を初めに持ってきたのは、観客の興味を一瞬で掴みたかったのはもちろん、舞と愛梨に歌いやすい空気を作ってあげたかったから。俺の期待通り、あおいの透き通るような声は会場に響き、ステージ前に設置された観客用のパイプ椅子はあれよあれよという間に満席になった。

 次は愛莉のパート。あおいのパートを繰り返すようなメロディー。だが、ダンスをあおいの時よりやや複雑にすることで、音でひきつけた観客たちの視線をステージに固定する作戦だ。実際、愛莉の動きは今まで見た中で一番切れがあり、愛莉自身も場の雰囲気を楽しんでいることが、ステージ横で見る俺にも伝わってくる。

 そして最後は舞。本人曰く、あおいや愛莉に比べ、歌とダンスに自信がないとのことだったが、俺から見てそんな不安は感じさせない堂々としたパフォーマンス。練習量は部活内で一番。そして何より、これまでのコスプレイヤーの経験が生きている。自分をどう見せたら、見る人の瞳にかわいく映るか。それをわかった上での動きが自然にできている。

 ステージに登場した時は表情が固かったが、自分たちのペースに持っていけたら、こっちのもの。三者三葉。それぞれの魅力が合わさったパフォーマンスに会場は目が離せなくなった。

 人前で披露するのはこれが初めてで、素人の俺たちで作り上げた作品が受け入れられるか、心配ではあった。だが、その心配は曲が始まって30秒後には吹き飛んでいた。客観的に見ても、会場のざわつき、熱気はどんどん膨れ上がっていった。


 この日を迎えるまで、俺は舞台袖で当日どういう気持ちになっているのか、想像してみたことがあった。

舞たちが練習どおりのパフォーマンスを披露できるか、集客できるか。

主に心配や緊張といったネガティブな気持ち。

だが、今の俺の気持ちの大半を占めていたのは、そんなものではなかった。

もっと、もっと、舞たちの魅力が伝われ! 

会場を沸かせたい!

もっと彼女たちの成長を横で見ていたい!

そんなポジティブな気持ちだった。

俺は彼女たちのプロデューサーであると同時に、熱狂的なファンになってしまったようだ。

いや、元から俺は彼女たちのファンだったんだろう。それを自覚した瞬間だった。


 一曲3分はあっという間に終わり、会場からステージの舞たちに大きな拍手が送られた。

歌い終わった舞、あおい、愛莉は横一列に並び、観客に向かって揃って一礼した。

頭を上げた彼女たちの表情は、清々しさと喜びに満ち溢れていた。

それを見届けた瞬間、俺は緊張の糸が切れ、近くに置かれたパイプ椅子に腰を降ろした。

会場から拍手が止まらない中、うつむいて息を整える俺の視界に、見覚えのある白のスニーカーが現れた。

「お疲れ様。大盛況だったね」

そう言って清涼飲料の缶を差し出してきたのは、メイドカフェの店長・室井だった。

「店長さん。いつからここに?」

室井だけ立たせるわけにもいかないので、俺は立って「ありがとうございます」と缶を受け取った。

「キミたちの出番になってからすぐだよ」

俺は室井が来たことに気づかないくらい、ステージの舞たちに集中していた。

「どうでした? 俺たちのステージ」

「想像してたのと違った」

「それは良い意味ですか? それとも悪い意味ですか?」

俺としては良い意味での感想と自信があったが、室井はメイドカフェでのレベルの高い演出を手掛けるプロ。一応悪かった可能性も選択肢に入れておく。

「もちろん、良い意味だよ。この短期間でよく頑張った。サイコーだ」

室井は満面の笑みで、痛いくらいに俺の背中を叩き、たたえてくれた。

「それならよかったです。いろいろとアドバイスありがとうございました」

俺はむせ返りそうになりながら、これまでお世話になった感謝の意を述べた。

「なーに、僕は大したことはしてないさ」


そこに出番を終えた舞たちが小走りで帰ってきた。

室井がいることに気づくと、愛莉が驚いた様子で駆け寄ってくる。

「あれ? 店長忙しいとか言ってたくせに、来てくれたんですか?」

さっきまでステージにいたせいか、愛莉がいつもよりテンション高めに室井にたずねる。

「店の方は新人の子に『1時間だけ抜けるからよろしく』って任せてきたから大丈夫!」

そう言って室井は、愛莉に自信満々にピースサインでこたえる。

「何時に店出てきたのよ?」

「11時」

舞台袖の壁にかけられた時計は12時をとっくに過ぎている。

「もう一時間以上経ってんじゃん。それ大丈夫じゃないやつ!」

愛莉が呆れ顔で語気を強める。

日曜の昼時に店を新人だけに任せるのはヤバすぎる。

この前の休日、俺がバイトに入った時も店長不在で対応に困った。室井の携帯に電話しても繋がらず、仕方なく本部に連絡を取って対応の相談をした。

「今頃店が大変なことになってても、あたし知らないから」

「だから早く話を済ませたいんだ」

「話?」

そばで聞いていた舞が疑問の声を挟む。

「改めまして、私、室井宗一郎と申します」

今更何を言っているのか。この男が室井であることは、ここにいる全員が知っている。

室井はおもむろにポケットから何か小さな紙を取り出した。

それは室井から初対面で渡されたものとは違う色の名刺。

部長のあおいが代表して受け取り、名刺を読み上げる。

「あさぎプロダクション 代表取締役社長 室井宗一郎」


「「「「え〜!!!!」」」」



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