<そして禁断の扉が開く>

 「霧島未来」が涼南女学院に進学して2年目の、とある夏の昼下がり。


 霧島家のダイニングキッチンで、斗至がテーブルについて皿に盛ったパスタを口にしていた。


 「む、コレは……うまい!」


 カルボナーラを一口食べた斗至が唸るように言った。

 傍らでハラハラしながら兄の感想を待っていたミキは、その一言を聞いてホッとしたように肩の力を抜いた。

 袖なしシャツにミニスカートという普段着の上に、可愛らしいエプロンをしているところから見て、どうやら彼女がコレを作ったらしい。


 「よ、よかったぁ。ね、ね、スープの方はどうかな?」

 「(ズズッ)……こいつもイケるな。うん、合格だ!」


 相変わらず世界中を飛び回っている両親に代わって、霧島家の台所を預かっている斗至に認められたミキは嬉しそうだ。


 「それにしても、1年くらい前までは、インスタント食品を作るのが精一杯だったミキが、こんな立派な昼飯を作れるようになるなんて……成長したなぁ」

 「やだ、お兄ちゃん、立派だなんて褒め過ぎだよぅ。ただのカルボナーラじゃない」


 謙遜しつつも、少女は嬉しそうだ。


 「いやいや。シンプルだからこそ、料理の基礎力が問われるってモンだ。このまま精進していけば、ミキはきっとイイお嫁さんになれるぞ」


 斗至が優しく妹の頭を撫でる。


 「お嫁さん……」


 ミキの脳裏に「お嫁さん」という言葉に紐づいたイメージが浮かぶ。


 夕暮れの海での指輪を渡されてのプロポーズ。

 ツタの絡まるチャペルで純白のウェディングドレスをまとった結婚式。

 毎朝、会社に行く夫を見送り、玄関での「いってらっしゃい」のキス。

 ふたりの愛の結晶である幼い我が子が「ママ~」と甘えてくるのをあやしつつ、愛しの旦那様の帰りを待ちながら、エプロン姿で夕飯の支度に励む自分。


 (でも、子供がいるってことは……キャッ♪)


 自分の妄想にアテられて頬を染めるミキを、けげんそうな見る斗至だったが、ふと彼女の前の皿に注視した。


 「あれ? お前はそれだけしか食べないのか?」

 「あ、うん。これぐらいでちょうどいいかなって……食べ過ぎて太ったらヤだし」


 ミキの前の皿には、兄に盛った分の4分の1ぐらいの量のパスタしか載っていなかった。


 「おいおい、育ち盛りなんだから、気にすることはないって。成長期にキチンとした食事を取らないと、色々おっきくならないぞ?」


 じろじろと無遠慮な視線を向けて来る兄に抗議するミキ。


 「はぅ!? そ、それは、アタシだって……(身長とか、オッパイとか大きくなりたいけどぉ)」


 後半部がゴニョゴニョと口の中に消えているのはお約束だ。


 「い、一応、これでも中学入ってから2センチ身長伸びたし……む、胸だってちゃんと成長してるんだからぁ」


 そう。

 確かに、ここにいる“少女”は、涼南女学院の中等部に通うようになって以来、日に日に娘らしさ──あるいは女らしさを増していた。


 子供っぽかった言葉使いや立居振舞が女の子らしく変わっていったのは、お嬢様学校という環境から見て当然だが、“彼女”の変化はそれに留まらない。


 先程自分で申告していた通り身長が2センチ伸びたのはさておき、体型にも少なからぬ変化が現れていた。

 骨盤の拡張に伴う臀部の変形、ならびに胸部乳腺の発達──まぁ、ブッちゃけて言えば、お尻とオッパイが膨らんでいるワケだ。


 ──お忘れかもしれないが、この「霧島未来」は、立場を交換したとは言え、肉体的遺伝子的にはまごうことなく♂(男性)のはずだ。


 しかし……その「未来」が、小学校で「初潮」を迎えた段階で、今のこの変化は約束されていたのかもしれない。

 それは、交換され、託されたのが、社会的な立場のみならず、「12歳の女の子だった霧島未来という存在そのもの」であることを意味するのだから。


 “彼女”が12歳の女の子であるなら、そろそろ初潮が来るのも当然だし、ならば毎月生理になるのも、それから2年経って身体の各部が女らしい曲線を描くよう成長するのも、何ら不思議なことではないのだから。


 そんなことを考えながら、エプロンを外してテーブルの対面の席に着く「妹」を眺めている斗至。


 「ん? どうかした、お兄ちゃん?」


 パスタをフォークに絡めていたミキが、兄の視線を感じて皿から顔を上げる。


 「い、いや、何でもないぞ」


 垂れてきた髪をサラリとかき上げる仕草と、その拍子に見えたキャミソールの胸元から覗く谷間が予想以上にエロかったとも言えず、斗至は適当に誤魔化す。


 無論、日々の変化は微々たるものだが、それも積もればそれなりに目に見える形で表れ、毎日一緒に暮らしている兄としても、時折それに気づいてドキリとさせられる。


 とくに胸に関しては、乳房だけなら中二女子の平均レベルかやや下回る程度なのだが、弓道部の部活で胸筋をそれなりに鍛えているため、見た感じはそれ以上に大きく感じられるのだ。


 (やべぇー、“妹”をなんて目で見てるんだよ、俺……)


 ふたりで楽しく談笑しつつも、斗至は内心冷や汗を垂らしている。

 一度、“女性”を感じてしまうと、何気ない一挙一動すら意識してしまう。


 (おいおい、勘弁してくれよ。相手は妹だぞ? ──まぁ、実際にはイトコだけど)


 自室に戻り、ベッドに腰かけてマンガ雑誌を読みつつも、ちっとも集中できない斗至。


 (とは言え、日本の法律上イトコは結婚できるんだよな?

  いやいや待て。そもそも相手は肉体的には男……のはずだ、多分。

  あの体つき見てると自信なくなってくるけど)


 そもそも、元がかなりのシスコンで、さらに1年半前に入れ替わった今の“妹”のことも、斗至は大いに溺愛しているのだ。

 その“妹”に“異性”を意識してしまった以上、無意識に性愛の対象として考えてしまうのも無理はない。


 ──そして、運命と言うのは、こういう時、いささか意地悪な(あるいは粋な?)はからいをするものと相場が決まっているのだ。


 * * * 


 翌日の夕方。そろそろ晩御飯の支度を始めるべきかと思っていたところで、ミキに呼ばれた斗至は、妹の部屋へと足を運び、そこで思いがけないものを目にすることになった。


 「お兄ちゃん、コレ、どうかな?」


 恥じらいながらくるりと回る浴衣姿のミキ。

 紺地に薄桃の朝顔模様を散らした見るからに女の子らしい代物だ。帯は緋の縮緬を古風な文庫結びにしている。下駄も白木で鼻緒は赤。

 さらに、背中の半ばまで伸びた黒髪を派手なオレンジ色のリボンで高々とポニーテールに結っているので、普段以上に女の子らしい印象だ。


 「一学期の家庭科の時間に作ったんだけど、結構上手くできたから、一度お兄ちゃんにも着てるところ見て欲しくなって……」


 手にした団扇に顔の下半分を隠して、「可愛い?」と上目遣いに尋ねるミキ。

 無論、完全に斗至の理想(シュミ)にクリティカルヒットしていた。


 「うわ……」


 一瞬、言葉も失って見惚れていた斗至だが、すぐに“妹”が評価を待っていることに気付き、慌てて言葉を紡ぐ。


 「(コホン!)も、もちろんだとも! こんな可愛らしい浴衣っ娘は見たことがない」


 お世辞でも何でもない斗至の本心だ。


 「ホント!? うれしいっ!」


 喜んでピョンと跳ねる様まで愛らしい。


 「ねぇ、これから近くの神社でお祭りでしょ。何か用事がないなら、お兄ちゃん、いっしょに行こうよ~」


 その上で、そうおねだりされては、妹に甘い斗至が断われるはずもない。

 仲良し兄妹は手をつないで家を出るのだった。


 * * * 


 縁日の屋台と、花火と、少し早めの盆踊りというお祭りのフルコースを堪能した帰り道。

 どちらからともなくふたりは参道を外れ、神社の倉代わりの建物の裏手に来ていた。


 あるいは、屋台などで「可愛い彼女だね」「よっ、色男」と冷やかされたことも、多少なりとも影響しているのかもしれない。

 傍目から見る限り、手を繋いで歩くふたりは、お似合いのカップルに他ならなかったのだから。


 他者の視線を意識することで、逆に自分の本当の気持ちも明確に理解できた。

 そして、互いが心に抱いている想いは、何となく口に出さずともわかる気がしたのだ。


 「ミキ……」


 いきなり斗至が、妹の体を力強く抱き寄せたが、彼女は抵抗することなく体を委ねる。


 (あ……お腹に何か当たってる。これって……)


 密着した斗至の股間の固くなった感覚を、ミキは浴衣越しに感じていたが、嫌悪感はない。むしろ誇らしい気持ちすら感じていた。


 (お兄ちゃん……こんな風になるくらい、ミキのこと意識してくれてるんだ)

 「──いいよ、お兄ちゃん……ミキのこと、抱いて」


 自分からも兄の首に両腕を絡め、ゆっくり唇を近づける。


 「大好きだぞ、ミキ」


 あと数センチというところで、グイと抱きしめられ、斗至がミキの唇を奪った。


 「……ふぅンっっっ……」


 唇を離れると、ミキは熱い吐息を漏らした。


 ……

 …………

 ………………


 その後、罰当たりにも神社の普段使われていない建物の内部に潜り込んだふたりが、“初体験”に及んだり……。


 その最中に、“彼女”の身体がいつの間にか(本人も気付かぬうちに)下半身も含めて、完全に女性のものとなっていることが発覚したり……。


 そのコトに驚きながらも、コレ幸いと兄がコトを進めて、妹が「女の子の大事な純潔」を奪われた(というより喜んで差し出した)り……。


 一筋縄ではイカない事柄(ハプニング)が連続したものの、若いふたりも今はスッキリした顔で、賢者モードに入っている。


 「ぐわぁ~、ヤっちまった。いくら誰よりも大事な相手とはいえ、妹の処女を散らすとは霧島斗至一緒の不覚!」

 「え~、お兄ちゃん、わたしを抱いたこと、後悔してるの?」

 「いや、それはない(キッパリ)。好きなの初めての男にになれてうれしくない男なんて、いるはずないだろ。

 ──でも、ソれはソレとして、兄として妹に手を出してしまった罪悪感がが

が……」


 頭を抱えて呻く斗至に、ミキは最後に幸せそうな顔で微笑みながら、耳元で囁くのだった。


 「ずっとだいすきだよ……おにぃちゃん……」


-END-

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未来にキスを…… 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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