我々を苦しめる、あの病気を治せ!

無月弟(無月蒼)

我々を苦しめる、あの病気を治せ!

 さーて、今日も仕事だ。

 白衣に袖を通して、僕は診察室へと入った。


 ここは職場である診療所。


 僕は医者をやっていて、毎日たくさんの患者さんを診ている。

 すると、診察室のドアがガチャリと開いて、ショートカットの女の子が顔を覗かせた。


「先生、準備はできましたか?」

「ああ、いつでも良いよ助手女史」


 彼女は僕の助手を勤める女の子。彼女は僕の事を先生と呼び、僕は彼女を助手女史と呼んでいる。

 助手女子だなんて、変な呼び方だって? 気にしなさんな。最初は自分でもどうかと思っていたけど、もうすっかり慣れてしまったさ。

 さあ、それより仕事だ。


「さて、それじゃあ患者さんを案内してきてくれるかな」

「はい。実は先生、患者さんはどうやら、例のあの病気みたいなんです」

「そうか。やっぱり毎年、この時期になると増えるなあ」


 僕はため息をつきながら、患者さんを待つ。

 少しして助手女史に案内されて入ってきたのは、30歳くらいの男性だった。


「先生、助けてください。このままじゃ俺、俺…

 …」

「落ち着いて。何があったか、話してみてください」

「それが……俺、趣味で小説を書いていて、利用しているWeb小説サイトであるコンテストに参加しようと、長編小説を書いていたのですけど」

「ふむふむ」

「途中で、『これって面白いの病』に掛かってしまったんですよ!」


 悲痛な顔をして、声を上げる男性。

 ああ、やっぱりそうでしたか。


 毎年、10月から11月くらいに、この病気の患者さんが増えるのですよねえ。

 彼の言っている、Web小説サイトであるコンテスト。きっと12月と1月に開催されてるアレのことかな。

 それに参加するため、毎年多くの人が今くらいの時期に、長編小説を書いている。

 しかしそうなると増えてくるのがこの病、『これって面白いの病』だ。


『今書いてる小説、面白いの病』だの、『これ面白いのかな病』だの、人によって呼び方は微妙に異なるけど、症状は同じ。

 小説を書いていると、最初は面白いと思っていたはずなのに、だんだんと自信がなくなってきて筆の進みが遅くなり、最悪書けなくなってしまうと言う恐ろしい病だ。


 特に長編小説を書いている時に発病する事が多く、何冊も本を出しているプロの作家さんだって掛かることがある。

 そして、そんな人達の心のケアをするのが、僕の役目だ。


「落ち着いてください。まずはどんな話を書いているのか、話してみてください」

「はい、実は……」


 僕は男性の話に、耳を傾ける。


 ここは心の診療所。現実世界でなく、人が眠っている時、夢の中でだけ訪れることができる診療所である。


 落ち込んでいても、一晩経ったら気持ちが楽になってる時ってあるでしょう。

 それは寝ている間にこの診療所に来て、僕の治療を受けているからだ。


 さあ、今年もまた忙しくなるぞ。多くの人が『これって面白いの病』に掛かって、悩み苦しんでいる。

 そんな人達を救うため、今日も僕は患者さんの話を聞いて、心のケアをしていく。


 しかし厄介な事に、僕の行っているカウンセリングでは、必ず完治できるというわけじゃない。

 結局書けずに筆を折ってしまう人もいるし、治すには時間が掛かるのも難点。

 もっと手っ取り早く、『これって面白いの病』を治す方法はないだろうか。


 それが人の悩みに耳を傾ける、僕の悩みである。



 ◇◆◇◆



 相変わらず、『これって面白いの病』の患者は増える一方。こんなにたくさんいては、カウンセリングも追い付かない。

 しかし、そんな現状に終止符が打たれる時が来た。


「できた。ついにできたぞ。『これって面白いの病』の特効薬が!」


 僕は丸型フラスコに入った真っ赤な液体を高々と掲げ、助手女史は目を丸くする。


「本当に完成したんですか? 毎日怪しげな研究をして『この研究は世界を救うーっ!』っなんて言って。てっきりマッドサイエンティストごっこをやってるだけだと思っていました」

「助手女史、君は僕を何だと思っているんだね。とにかく、ついに長年の研究が実を結んだんだ。この薬を飲めば、あの『これって面白いの病』を、瞬時に治す事ができる!」

「凄いじゃないですか。よっ、日本一!」

「はははははっ、もっと誉めていいぞー。よし、早速患者さんに投与しよう!」


 これさあれば、もう時間を掛けてカウンセリングを行う必要もない。

 誰もが悩まずに、小説を書くことができるんだ。


 僕は意気揚々と、「嫌だ。そんな赤くて不気味な薬飲みたくない」とごねる患者さんを椅子に縛り付け、悲鳴を上げる彼の喉に薬を流し込んだ。


 その結果、効果は抜群。

 彼は「凄く気分がいいです。今なら書ける気がします!」と言い、来た時とは別人のような笑顔で帰って行った。


「本当に効いたんだ。凄いですよ先生、これは『これって面白いの病』の治療に、革命をもたらします!」

「そうだろう。よし、さっそく全患者に飲ませよう!」


 こうして薬を飲ませることで、患者さんの症状は次々と良くなり、皆また執筆ができるようになった。

 本当に良かった。これで悩むことなく、小説を書いてもらえる。そう喜んでいたのだけど……。


 例のWeb小説コンテストが始まって、事態は変わった。


「先生、大変です!」

「どうした助手女史?」

「例の薬を投与した人達の作品を読んでみたのですが。ク、クオリティーが下がっています!」

「なにぃ!?」


 そんなバカな! 

『これって面白いの病』は、ちゃんと治ったはずなのに!


 しかし、慌ててスマホを操作して彼らの作品を読んでみたけど……うーん。

 面白い。それらは間違いなく面白くはあるし、普通に楽しむ事はできたのだけど。

 治療の際に僕らは、彼等が過去に書いた作品を読んでる。それと比べると、新たに書かれた作品は何と言うか。

 過去作と比べるとなんかこう、パワーが足りない気がしてならなかった。


「何も知らないゼロの状態でこれらを読んでも、違和感はなかったでしょう。けど過去作を知っていると、パワーダウンした感が否めません」

「確かに。いったいどうして、こんなことになったんだ?」


 僕も助手女史も考えた。頭と体を捻って捻って、考えまくった。

 そして一つの結論に達する。


「ひょっとして時間を掛けて『これって面白いの病』を治していく行為は、物語を成長させることになっていたのかも。どうやったら面白くなるか、ここをこうした方がいいんじゃないか。迷いながら色々考える事こそが、話をより面白くするのに、必要だったんじゃないでしょうか?」

「確かに。しかし薬によって悩むことも迷うこともなく瞬時に『これって面白いの病』を治した。そのせいで、物語が成長するチャンスを奪ってしまったと言うことか。なんて事だ!」


 ガクッと崩れ落ち、膝と両手を床につける。

 僕は……僕はなんてことをしてしまったんだ。


「僕はもうダメだ、死のう。助手女史、ロープと椅子を用意してくれるかい?」

「簡単に死のうとしないでください! もう、カウンセラーのくせに、豆腐メンタルなんですから。そんな事より、先にすべき事があるでしょう」

「すべき事?」

「皆さんを元に戻すんです。そしてまた、治していきましょう。薬に頼らず時間を掛けて、話をよく聞く。きっとこれが、一番いいんです」


 確かにその通り。

 僕が死んだところで、彼等が元に戻るわけじゃないんだ。だったら、もう一度治療をやり直した方が良いのかもしれないけど。


「僕にその資格はあるのかな?」

「何言ってるんですか。今までそうやって、たくさんの患者さんを治してきたじゃないですか。先生がやらなくて誰がやるんです」

「助手女史……ありがとう」


 大変な事をやらかしてしまったけど、だからこそここで投げ出すわけにはいかない。


 と言うわけで、僕は薬を投与するのを止めて、今まで通りカウンセリングで『これって面白いの病』を治していくことにした。

 治すのに時間が掛かるし、治してもまた再発することの多い、厄介な病気。だけど根気強く治療した先に、きっとより面白い物語があるんだ。


 ここは夢の中にある診療所。

 もしもあなたが『これって面白いの病』に掛かったら、うちを訪れてください。


 そして一緒に、治していきましょう。

 より良い物語を、作るために。


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