私は今、どんな顔をしているだろうか。


 もしかしたら悟りの境地にでも達したような表情をしているかもしれないし、全てを諦めた顔をしているかもしれない


 実際のところ、自分の表情なんて、自分が一番わからない。


 けれど、今だけは言える。


 死んだような表情をしてるんだろうな、ってことぐらいは。


 現在、私は蛸様の頭上に乗っけられている。


 そして、私を頭に乗っけている蛸様は空を飛んでいる。


 うん、意味がわからない。


 蛸って空飛べたっけ?


 いや、それよりも蛸って一切水っけのない場所で生きていられるのだろうか?


 わからない。


 けれど、私の目の前にいる蛸様はなんか砂漠の上を歩いてるし、空も飛べる。


 それでいいじゃないか。


 そう、諦めて現実を直視しよう。


 蛸が空を縦横無尽に飛び交うという私には信じられないことでも、この異世界ではあたりまえじゃないかもしれないか、そう思って心を無にし、速度が緩く、快適な空の旅を満喫することに思考をシフトすることにする。


 左右に流れていく景色は変わりばえのしない赤黒い色の砂漠。


 ……やっぱ景色を見て楽しむこともできなかった。


 どうすれば良いのだろうかと考え込むが、結局のところすることはない。


 しょうがなく、前を見やればそこには広大なオアシスが広がっていた。


 空中で見ればわかるが、オアシスにある湖は地上からみたら対岸すら見えないのではないかと思われるほど大きい。


 そして、とても不思議なことに、その湖の中心付近には巨大な樹々が生えていた。


 その樹々の中でも取り分け大きい樹の枝に蛸様は止まった。


 空を見上げると、青い恒星は今まさに沈もうとしており、緑色の衛星が空高く大地を照らそうとしていた。


 ふと気付いた時には、なぜか涙が頬を伝っていた。


 止めどなく溢れてくる涙にどうしようもなくて、ただただ泣いた。


 涙が枯れて目を見開くと、そこには梨のような果物があった。


「……?」


 蛸様が渡してくる果物には今の所いい思い出がないが、有無を言わせぬ様子で押し付けられたその果物を捨てるのはなぜか申し訳なくて、パクリと今度は大きくかぶりついた。


 それは優しい味だった。


 甘いとか、そういう一定の味ではなくて、全ての幸福を詰め込んだような、なんとも言えない味。


 食べ終わったころには、先ほどの悲しみはなくて、なんだか漠然とした幸福感が私の心を包んでいた。



 泣き止むのを待っていたのだろう、蛸様は私を伴って枝から樹の幹へと移動していく。


 幹を見れば、そこには大きな穴が空いていた。


 悠々と蛸様はその穴の中へと入っていく。


 蛸様の頭の上にいる私も連れられて、だ。


 中は明るかった。


 幹が淡く白色に光り、天井は緑色の苔が生えており、幻想的な光景となっていた。


 これぞファンタジーと言わんばかりである。


 しかし、そんな私の感動は蛸様の行動によって現実へと引き戻されてしまう。


 つまり、蛸様は私を抱いて、床の一部分──人が10人ほど寝転べそうな広さ──で苔が生えているところにゴロリ、と寝転び、そのまま眠りについてしまったのだ。


 呼吸のために動く鰓が唯一、蛸様が生きていることを教えてくれるが、それいがいはピクリとも動かない。


 ……え?


 私って、まさかぬいぐるみか何かかと同じ扱い?


 いや、果物をくれたんだし、そんなことはないだろう。


 だとしたら、一体なんだ?


 悶々と考えるも答えは出なくて、私は眠気に襲われる。


 今日は、いい日だったな。


 そう、思ったのがこの日の最後の記憶となった。



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 あとがき

  ↓

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