風が吹き、砂が舞い上がる。


 空は相変わらずの紫色。


 しかし、少し遠くに黄色の雲のようなものがこちらに向かってきていた。


 よく目を凝らしてみれば、地面から湯気のようなものが立ち昇っている。


 その雲が近づくにつれて、その湯気の正体がわかってくる。


 その湯気は、雲から降る黄色の雨が砂に触れたためできた湯気だということ。


 そして、その雨に触れた砂が溶けているということ。


 それを見た瞬間、私は走り出した。


 これを見て逃げない馬鹿はいない。


 生き物が見当たらないと思ったらこの雨から避難していたのだと気づくも、後の祭り。


 私は雲の進行方向から離れるべく必死に走った。


 走った。


 走った。


 走った。


 そして、


 捕まった。


 雲は遥か彼方に向かって移動し、私があの雨のせいで溶けるということは避けられたが、そこまでくれば生物はいるわけで、砂漠を走る私に気付かないなんてことはなくて……胴体を触手で縛り上げられ、捕まってしまったのだ。


 それは砂漠とはとても不釣り合いな生物だった。


 外見を言うなれば、たこが近いだろう。


 そう、蛸だ。


 エイリアンのモチーフとかでよく使われる二大生物(偏見)。


 因みに、二大というからには蛸以外にもいるのだが、それは烏賊いかである(偏見)。


 そんな、蛸のような外見をしているくせに、砂漠の上を歩いているその不思議生物に私は捕まってしまったのだ。


 恐怖で顔が歪んだ。


 決して同人を思い出して顔を歪ませたわけではない。


 触手の同人は好きだけど我が身になると嫌だなんて思ってない。


 私は純情な少女(3*歳)なので‼︎


 そんな下らないことを考えてる私にその蛸さん(仮名)は15本もある触手の一本を伸ばしてきた。


 思わず目を閉じる。


 『食べられるのか?』『あんなことや、こんなことをされるのか?』などと考えて身構える私だけど、数秒してもなにも起こらない。


 恐る恐る目を開けると、そこには触手で果物を持った蛸さんがいた。


 瞬きをしてよ〜く触手で持っているものを眺める。


 どこからどう見ても果物である。


 紛うことなき果物である。


 瑞々しく、とても綺麗な果物である。


 林檎のようなその果物に私の視線は釘付け。


 ズイ


 と、蛸さんは私にその果物を近づけてくる。


「食べろってこと?」


 コクン


 顔のような部分が頷いたように見える。


 恐る恐る果物を手に取る。


 ええい、女は度胸だと口を大きく開き、果物に齧り付く。


「う」


 実際食べたのは小指ほど、けれどその味は……


「うまい‼︎」


 とても美味しかった。


 どのぐらい美味しいかって?


 ドーパミンがドバドバ出るやつ、依存症に注意な果物。


 と、言ったらわかるだろうか?


 え?


 絶対危ないやつだって?


 ふふふ、そんなことはない。


 もしかしたら『1日1つ食べる』が『1日に2つ』『1時間に1つ』と増えていくかもしれないが、そんなことはこの快楽の前では些事も些事。


 しかし、そんな至福の時はすぐ過ぎ、果物をペロリと食べ終わってしまった。


「あ…」


 悲しみが私の心を支配する。


 蛸さんの方をみると2つ目の同じ果物を差し出してくれている‼︎


 蛸さん、一生ついていきます‼︎


 そう、心に誓い、2つ目の果物を触手から受け取り、口にする。


 そして、再びの至福の時。


 その果物を食べ終わると、伸し掛かるような虚脱感が襲ってきた。


 ポンポン


 蛸さんが私の肩をたたく。


 見ると、その触手には小さな団栗どんぐりのような実を持っていた。


 ヒョイ


 と、触手が私の口にその実を押し込む。


 その実を噛み、飲み込んだ瞬間、虚脱感はなくなり晴れやかな気分になった。


 そして、ふつふつと湧き上がり、煮え滾る『こいつ何食わせてくれるんだよという』怒りの念。


 む〜、と蛸–––こんなやつ、さん付けなんてしてやるもんか–––を睨む。


 そんな、私の反応をどこ吹く風という態度の蛸。


 憎らしい。


 逃げてやろうかと思うが相も変わらず胴体を掴まれた私にどうこうできるはずもない。


 急に蛸は私を頭の上へとあげる。


 そして体を立ち上げ、のっそのっそと動き始めた。


「ちょ、ちょ、ちょ、どこ行くの⁉︎」


 もちろん、蛸が私の返答に答えられるはずもなく、なんか触手を色々動かしてるが意味は全然伝わってこない。


 諦めて、蛸のするがままに任せて、ぼんやり周りを眺めていると、先ほど亀にちょっかいを出していた龍の生き残りらしきものが倒れていた。


 『お〜、生きていたのか』と感慨深げに見ていると、蛸はその龍に近づいていき–––


 グチャ


 と、何かを砕くような音がした。


「ん?」


 グチャ


 再び何かを砕く音がする。


 地面の方を見てみれば……龍は息絶え、青色の血を流していた。


 ひょっとして……いや、ひょっとしなくても、蛸様(なぜか敬語)は生の龍をお食事をされていらっしゃる?


「ヒェッ」


 思わず声が出た。


 すると、蛸様は触手で切り分けたのか龍の生肉を私に差し出そうとしてきた。


 なんと、優しいことに一口サイズですよ、奥様‼︎


 表情は死んでたと思うけど一口だけだからえいとばかりに食べちゃいました。


 だって、食べないと次は私みたいな風に思っちゃったんだもん。


 誰でも、あの時は素直に食べると思うの。


 うん。


 蛸様が龍を食べ終わるまで私は必死でポーカーフェイスを保っていました。


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