3★切符はどこに?

 日付は変わり一週間後、夢幻屋のオフィスにて。

 ソファに座りながら、ぼくは迫り来る魔の手を全力で拒否していた。


 正面にしゃがんでいる先輩の右手にはガーゼ。

 左手には、噴射タイプの消毒液。

 床の上には、救急箱。


「ひぃいいいいっ」

「もう。消毒できないでしょ~。その手邪魔。降ろして」

「だ、だって染み、染み」

「はーい、チャチャッとやっちゃいまーす」

「う、うぅ……、ひぃ!!」


 右の甲の切り傷に、消毒液でひたひたになったガーゼが触れた。

 痛っ!


「せ、先輩、ぼく自分でやりますから」

「ダーメ。ヒフミくん逃げるし。それに、このあとのことも考えると、怪我したままでは行けないでしょ~。はい、終わり」


 まぶたを開け、右手に視線を移す。

 きっちりと巻かれた包帯には、ご丁寧にイラストまで描かれていた。


「な、なにこれ。クマ?」

「猫。チェシャ猫事件に、ちなんでね。サービス」

「あ、はい?」


 ずんぐりむっくりしたからだに、丸い尻尾。

 クマにしか見えないけれど、先輩を怒らせるとこわいので、ここは素直にうなずいておこう。


 チェシャ猫は、ソムニアでペットとして親しまれている喋る猫。

 ゲージを抜け出してしまったので、探してほしいとの依頼でね。

 ぼくとアリスで聞きこみ調査をして、無事にさっき、飼い主のもとへ戻すことに成功(その後かぐられました)!


 そして、手当をしてくれたのは桑崎くわさき先輩。

 愛称・桑さん。夢幻屋の十五代目リーダーで、年齢は十六歳くらいかな。

 黒いはんてんに、ボサボサの白い髪。

 気のおもむくままに動く猫みたいな人で、とにかく行動が読めない。

 でも頭の回転が速くて、とってもたよりになるんだよ!


「それで、先輩。彼からはなにかありました?」

「ああ、ヒフミくんの友だち。掃除屋さんだったっけ」

「はい」

「あの子、適確な情報くれるから助かるよ。紹介してくれてありがとね」


 ちなみに、依頼の仕方は二つある。

 ①夢幻屋のホームページを見て、直接電話。

 ②管理センター(街の市役所)へ電話。職員さんを通して夢幻屋へ!


「むこうの職員さん、動き出したってさ。ヒフミくん、帰ってきてすぐで悪いけど、あと一件だけだからがんばろう! アリスちゃん、そっち終わった~?」

「は、はあい! 今行きます!」

 奥から、アリスのハキハキした声が響いた。


 解決したあと別の依頼が降ってきて、夢幻屋はかなりバタバタしている。

 けどこの事件を解決すれば、今日の任務は終わりだ。ぼく、ファイト!


「了解です。あれ、みんなは?」

 メンバーは合計六人。きょろきょろとあたりを確認するも、姿は見えない。

「もしかしてトイレですか?」

「ううん。『道草食ってくる』だってさ」


 サボり!?


「え、なんで止めなかったんですか!?」

「電話で連絡とるからダイジョーブ」

「えぇぇ」


 い、いいのかなあ……。


「さて。時間ないからパパッと確認するよ。アリスちゃん、今回の事件の名前と内容をどうぞ! デデン!」

 先輩が人差し指をアリスにむける。


「〈ペア切符事件〉! 管理センターで保管されていた切符を、ゆがみに落としてしまった!」

 アリスが、真剣な顔で答えた。

「たしか職員さんが、切符を持って出かけたとかで」

「正解~百ポイント!」


 この街には、想像力から生まれた不思議アイテムがいくつもあって、大切に管理されていてね。

 ペア切符も、そのひとつ。

 一枚を自分が持ち、もう一枚を相手に渡すと、念じるだけで相手のいる場所にワープできる優れものなの。


「切符がゆがみに落ちるとなにが困る? はい、ヒフミくん答えて! 五、四、三、二……」


 ビシッ。人さし指をつきつけられ、ぼくは一瞬言葉につまる。

 え、えっと、えっと。


「人間に切符が渡ってしまい、ソムニアに迷いこんでしまうおそれがある、ですか?」

「正解~! ヒフミくんにも百ポイント」


 ホッ。よかった、まちがってなかったみたい。


 ソムニアには、人間界につながる道―ゆがみがある。

 この道を通って、夢のかけらは街に運ばれる。二つの空間をつなぐドアみたいなものだね。


「あーもう。ファイルとかじゃなくて、金庫に保管したほうがいいって言ったんだけどね。あの人、全然聞く耳持ってくれなくてさぁ!」

 

 先輩の言うあの人は、センターの室長さんだ。

 えっ、ちょっと待って。ファイルに挟んでたんだよね。

 職員の人は、なんで「絶対落ちない!」って思ったんだろう。

 お、おつかれだったのかな……?


「てわけで、即・回収。ゆがみの数はニ十個。こっちの数は三人。全員が全力ダッシュしないと間に合わないねぇ」


 ……ハードすぎる。


「あとの三人に、もどってもらったりとかは」

「電話の奥からゲームのBGMが流れたからね。大音量で。こっちの声、多分届いてないと思うし。期待はしてない」


 サボり宣言にゲームセンターとは、ずいぶん強気だなぁ(呆れ+尊敬)。


「よし、みんな! 五分後にエントランスに集合! ボクちょっとほかのとこに連絡入れてくるね」


 桑先輩は席から立ち上がると、入り口のすきまにからだを滑りこませた。

「んじゃ、あとで」

 バタン、と扉が閉まる。


「ぼくたちも行こう、アリス」

「了解。人形も持って行った方がいいかしら」


 ソファから立ち上がり、アリスは自分の机の上に並べてあるクマの人形を指さす。

 ちなみに、お名前は熊太郎。シンプルイズベストだ。


「い、いちおうね」

 今日は、こわくない使い方でお願いします。


 熊太郎を小脇にかかえた友達とともに、ぼくはオフィスの扉をくぐる。

 夢幻屋は仲のよさがウリ。

 今回も、パートナーシップでキレイに解決してみせるよ! 


  ・・・

 

「わぁ! ヒフミ見てあれっ。バルーンキャンディ!」


 五メートルほど歩いたところで、アリスの足が止まった。

 あるお菓子屋さんのショーウィンドウに顔をぴったりとくっつけ、物色を開始。

 目当ては、半透明の風船型のお菓子だ。


 外側は水アメのコーティングで、つるんとした質感。

 角度によって光沢が出るので、写真受けバツグン。

 中には、星をかたどった寒天が閉じこめられていて、見た目もひんやり爽やか。


「あの有名な喫茶店・白河堂しらかわどうの仕入れ先よ! こんなところにあるなんて!」

「アリスー?」

「このお店を想像した人は神様ね。デザインセンスも美味しさも折り紙つきだし」

「ねえ、また今度にしようよぉ」


 声をかけても、アリスは無反応。完全に夢心地だ。


「あれ、食べられる風船なのよ。ソフトキャンディになっているの。かわいいっ、おいしそうっ、造形美すごい! どうやって作っているのかしら。あぁ、見れば見るほどヨダレが……」

「アリス―! 行―く—よ—!!」

「あぁぁぁぁ、わたしのバルーンキャンディがぁぁ!」


 ぼくは、お店のガラス窓に張りついて動かないパートナーのからだを、急いで引きはがした。




 それからさらに数分後。

 今度はアンティーク家具用具店の看板に、先輩が反応を示した。

 正確には、看板に貼られている一枚のチラシ。

 白い背景に、明朝体で【30%引き】と書かれてる。


「おー!お得だ。マグカップ、この前割っちゃったしなぁ。ひび割れを自動で直してくれる機能のやつ買いたいなぁ」


 先輩は自分のポシェットから財布を取り出し、直後「げ」と顔をこわばらせる。

「お金ない。夢幻屋のリーダーですって名乗ったら、値段下げてくれたりしないかな? するよね?」


 現金なところもきらいじゃないです、けど!


「先輩――ッ! 誘惑に負けないでぇぇぇぇ‼︎ んんんん……!」

「ちょ、ヒフミくん。ボクが悪かった。服ッ、服伸びるからぁぁぁ」

 自動ドアに近づこうとするリーダーを、ぼくは必死で止めたのだった。


 どんどん雲行きがあやしくなっていくよ。

 ほんとうにこのまま上手く行くのかなぁ、切符探し!

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