4★ぶちこめアビリティ

「計画があるなら、そう言ってくださいよぉ」


 場所はソムニアの中心にある広場。

 この前おソバ屋さんと話したふんすいの前で、ぼくはため息をついた。

 視線をむけた先は、横でクスクス笑っている先輩だ。


 自分から『ダッシュで行こう』と提案してすぐ、お店の商品に目移り。

 その後も『こっちのほうが近くない?』とわざと路地に入ったり、アリスにあえてスウィーツのお店の場所を教えたり。


 でもそれは先輩のイタズラだったようで。

 実はこっそり、ぼくらが走り回らなくてもいい方法を計算してくれてたらしいのだ。

 

「あははは。焦るヒフミくん、おもしろかったぁ」

「もー……」


 言い返そうと口を開いたけど、吐き出せたのは空気だけ。


 はあ。なんで隠すかなあ。

 先輩の連絡用のケータイには、メッセージの記録がびっしり残ってたんだ。


 桑先輩は右手の人差し指を立てて言った。


「切符が二枚組なのはしってるでしょ? 表と裏の二種類で、お互い引きあう性質を持つ。ペアの切符との距離が近くなると、青く光る」


 うんうん。

 使うときは、表と裏が混ざらないように注意しなきゃいけないんだよね。

 ワープするときも光るけど、その場合は白く光るんだ。


「管理センターの職員さん一人一人に、『こういうルートで捜査してください』って頼んだんだ。地図を分割して、あなたはこの区域を探してねってね。あんまり広くない街だし、ゆがみの数はたったニ十個。百人も動けば、あたりが見つかるまで、そんなに時間はかからないよ」


「そ、それって、移動する順番を一から決めてるんですか?」

「うん。パパッと計算してね」

「え……?」

 アリスが信じられないと首を左右に振る。


「ペア切符のワープ機能を使えばさらに、移動も楽ちん。それに」


 桑先輩は右手の人差し指を立てて、こう続けた。


「センターにある切符は、もともと百四枚あったんだ。表が五十二、裏が五十二。でも今回、一枚がゆがみに落ちてしまったから、その切符のペアはもう使えなくてね。今センターで使える切符は百枚だけ」


「ああ。それで、職員さん全員に配ったんですね。あれ?」


 と、腕を組んで話を聞いていたアリスが、顔を上げた。


「どうしたのアリスちゃん」

「使える切符が百枚って……」

「なにかおかしいところあった?」

「全体で百四枚あったんですよね? 落ちたやつと、その対になるやつを引いて百二枚。使える切符は当然百二枚のはず。百枚と説明するのは不自然よ。残りの二枚はどこにあるの?」


 ふふ。アリス、肝心なことを忘れているよ。

 ぼくらは探偵。事件を解決するためには、その場所に行かないと意味がない!


「じゃーん! ボクが持ってます。万が一にそなえて、前にゆずってもらったんだ。まさかこんなところで使うことになるとはね」


 桑先輩はニヤリと笑うと、ズボンのポケットから、金色の紙を二枚取り出す。

 それらは、白く発光していた。


「んじゃ、パパッとワープしちゃいますかぁ」


   □■□

 

 転移した先は、夢幻屋の横の路地だった。

 道幅はわずか一メートル。外壁と床はコンクリート製で、落書きがされてある。

 

 なんとこの路地、広場から歩いて五分で行ける距離です。

 まさに灯台下暗し。地図にも書いてあったし、あることは教えてもらっていたはずなのに、今の今まで存在をすっかり忘れていたんだ。


「職員さん、こんなところまで歩いたってことですよね。遠いのに」

「前に一回むこうの人と会議したけど、そのときに落としたのかもね」

「あーあ、『ワープしちゃいますか★』ってドやるんじゃなかった。ふつうに歩いた方が早いんじゃん」


 なんにせよ目的地に着けて良かった。

 センターの職員さん、そして先輩、お疲れ様でした。

 アリスも……いや、アリスは終始お菓子に夢中だったな。


「ヒフミだって、ゲームのお店の近くでウズウズしてたじゃない! わたしばっかり責めるなんてひどいわ!」という返しは聞かなかったことにしよう。


「よし。あとはこのカギでちゃちゃっとやるだけだ。カンタンカンタン」

 先輩は、ズボンのポケットから、銀色の小さいカギを取り出す。

 それで開けられるんだ。初耳。どこかにカギ穴でもあるのかな?

 ソムニアのゆがみって、最先端なんだね。


「いいや、ないよ。これはボクの部屋のカギ」

「あれ? ちゃちゃっとやるとか言ってましたけど?」

 じゃあ、そのカギはなにに?


「あはは。あれはネタだよ。ゆがみには、こう! こぶしを! ぶちこむのさ!」

「「ぶちこむ!?」」

 ぼくとアリスは声をそろえる。


 歩道のまんなかで右手を突き出し、パンチをぶちこむ実演をするリーダー。

 そんなアクロバティックなことやっていいの!?


「バリアみたいなものだからね。目に見えないだけで、強い衝撃をくわえればカンタンにやぶれるよ」


 そ、そうなんだ。


「や、やぶったあとはどうするんですか?」

 アリスが不安げに告げる。


 まさかそのままじゃないよね?


 しかし、桑先輩は、

「あとはしらない!」となぜか胸を張った。


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……。

 放っておく気ですか? ていうか、壊していいものなんですか?


「壊すのはアリ。切符が回収できないからね。よくわかんないけど、センターの人が直してくれるんじゃないかな?」

「『ないかな?』 じゃないですよ! 直してくれなかったらどうするの!?」

「へーきへーき。そのときは上手いこと丸めこむから」


 あーあ、夢の「ゆ」の字もないよ。

 口先八丁って言うんだっけ? この人なら本気でやりかねそうだ。


 先輩の指に挟まれた切符からは、ずっとパチパチ電流が流れている。

 人間界に落ちた切符も、多分どこかで光っているだろう。

 もうすでに、人間に拾われているかもしれない。


 ……仕方ない。ここは腹をくくろう。


「ぶ、ぶちこめばいいんですよね?」

「うん。どこからでも、やぶれるはずだよ」

 どこからでも切れる袋みたいに言わないでください。


「ヒフミ? ひとりでは無理だって! わたしもやる! 熊太郎がやる!」

「人形、ほぼワタだよ?」

「いいや、いけるわ。このチカラは、材質も変えられるのよ。鉄にして思いっきりパンチしたらいける。アルティメット熊太郎、どうかな?」


 名前について? それともアイディアについて?

 前者なら、熊太郎のほうがまだマシだった(って伝えたら怒るよね)。


「い、いいんじゃない?」

「オッケー。じゃあ、二人でやぶるわよ」

 アリスが、熊太郎―ああいや、アルティメット熊太郎を頭上に持ち上げる。

 

 ぼくも、右手をグーにして、路地の前に立つ。

 左足を後ろに引いて、構えのポーズ。


「いくわよ!」

「了解っ」

 

 人形のからだが銀色に変わったのを確認して、ぼくは右足を大きく踏みこんでジャンプ‼

「「おりゃあああ!!!!」」


 空中でからだをひねり、右腕を思いっきり前へ振り下ろす!

 と同時に、鉄製へと化した人形の右ストレートが決まった。

 

 バリンッッッッ

 瞬間、空間に大きな亀裂が入る。

 わーお、バッキバキ。

 割れたゆがみの膜はパラパラと音を立てて、ぼくたちと一緒に地面に着地。


「はぁ……はぁ、いった‼」

 久しぶりにからだを動かしたせいで、関節が痛い。


「〈解除〉! あ、あれ? 〈解除〉! うわぁぁぁぁ、熊太郎戻って! 戻ってぇぇ」

 後ろでアリスが悲鳴を上げる。

 体力の消耗が激しく、チカラのコントロールが上手にできないようだ。


「先輩、こ、これでいいんですよね?」

「ヒフミくん、アリスちゃん。ありがとう。そしてごめん……」

 先輩が声を震わせる。


 なんですか? 

 あーもう。あやまりに行くの、大変だよ。

 責任、とってくれるんですよね? 


「うん、それでいいんだけど……良くないっていうか、その、前」


 え、前? 前ってなに?

 ようやく我に返り、ぼくはゆっくりと視線をもどす。


「えっ」「あ」「ん?」

 そして気づいたんだ。


 開いた、ゆがみの穴のむこう。

 高級そうなビルが建ち並ぶ都会の空を背に、ひとりの女の子が切符を持って、キョトンと立っているのを。



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