2★はじめまして、夢幻屋です

 ぼくの住んでいる街は、【ソムニア】と呼ばれている。

 人口約五千人。

 中心部には商店街、学校、遊園地といった大きい建物。

 郊外に出ると、レトロな喫茶店や廃屋、洋風の家が軒をつらねている。

 そこからさらに遠くへ行くと、畑や田んぼが広がる小さな村に出るんだ。

 

 実はね。ソムニアは、『夢の世界の街』なの。

 ロボット、妖精、小人、悪のボス、などなど。

 だれかが妄想をふくらませたけれど、結局ボツにしちゃったキャラクター。

 夢に出てきたけど、味までは覚えていない不思議なお菓子。

 好奇心をくすぐる特殊な能力や設定なんかが、ギュッと集まった場所なんだ!


 具体的な位置は、住民のぼくでもまだわかんない。

 けど、みんなの住んでいる世界の裏側にら確かに存在しているんだよ。


 忘れ去られた夢のかけらは、ソムニアにたどりつき実体化する。

 そして、自分の人生を再び歩みだすんだ。


 ソムニアに移った人は、最初はお金もなにも持っていない、すっからかん状態。

 要するに、一文無しってことだね。

 なのでソムニアのアパートは、どこも一週間無料となっている。

 その期間の間で、自分がなにをするか、どうやって暮らすかを決めるのがルールなのです。


 お花がすきなら花屋でアルバイトをしてもいいし、学びたかったら街の学校に入学してもいい。子どもを作って、子育てをしてもいい。自分でお店を開いてもいい。

 自分なりの自由な生き方ができる場所。それが夢の街・ソムニアなんだ。


 でも、ひとつの街に何種類もの種族が暮らしていれば、問題も起こるわけで。

 その点にはご安心を。

 さっき話したでしょ。ぼくとアリスは、街の探偵屋で働いているって。


 その探偵屋こそ【夢幻屋むげんや】と呼ばれる団体。

 数々のトラブルに対応し、街の平和をサポートするお仕事。

 住民さんのお悩みを、メンバー六人で日々解決しているんだ!


  □■□


「ほんと、ありがとうねぇ」

 広場のふんすいの前で頭を下げているのは、白髪をひとまとめにしたおばあちゃん。

 腰を折る角度もきっちり四十五度。とっても礼儀正しい。


「いえいえ、これが仕事ですから」

「大変だったでしょう。うちのノレン高い所にあるし。頼んで悪かったねぇ」


 朝四時からのめちゃくちゃ早い作業となった、今日の依頼一件目。

 おソバ屋さんのおばあちゃんは腰を痛めてしまい、開店のしるしであるノレンおろしができなくて困っていたみたい。

 そこで夢幻屋に連絡し、ぼくとアリスが出動したってわけ。


「そんな。喜んでいただけたなら、それでいいですよ。ふわぁ」

「アリス、おさえておさえて。仕事中!」


 あくびを噛みころすアリスを、小声で注意したはいいものの。

 ぼくも正直、立っているのがやっとだった。

 ね、眠い。早くお布団で横になりたい。


「ほらねぇ、二人ともフラフラじゃない。ごめんねえ、うちはご近所にもお店がないし、つきあいもそんなに多くないから」

「あははー、そうですよねぇ」

「!?」


 アリスさん、あなた、なに言ってんの?

 もしかして寝ぼけて……ますか?


「困っていた人が後悔する必要、ないですよ。ノレンは無事おろせましたし。顔を上げてください。ねっ」


 ぼくは、おばあちゃんの背中をさすったのち、アリスのわき腹にひじアタック。

 アリスの口から、「うぉふっ」と、品のない声が出た。

 

 朝一発目の電話で気づくべきだった。

 アリスが、今朝にかぎって調子が悪かったことを。

『ヒフ……ヒフミ……ノレンがピンチよ……』という謎のメッセージを解読したぼくに、拍手を送って欲しい。

 寝言解読マスターとか、目指してみよっかなぁ。なんちゃって。


「ちょっとヒフミなにするのよ!? 仕返し?」


 あぁ、立ち上がってくれて良かった。このままだったらどうしようかと。

 てか、叩いたらなおったよ。昔のテレビかな?


「アリス、本当に大丈夫? 少し寝たほうがいいんじゃない?」

「え? ええそうね、ちょっと仮眠したいなとは思っていたけど。え、なに? ヒフミおかしいわよ。なんでわたし腹パンされたの?」


「な、なんでもない! そ、それでは失礼しますっ」

「ねえ、ちょっと! 意味わかんない。ヒフミ、なんで黙ってるの?」

「なんでもないってば!」


 おなかの左側をさすりながら叫ぶアリスを、自分の近くへ引き寄せる。

 そんなぼくらを、おばあちゃんはニコニコと見送ってくれた。

 ほんと、ふところが深い人だ。

 このおばあちゃんが店長なら、お店の雰囲気もあたたかいんだろうなあ。


 通りを歩きつつ、ポッケにしまっていた携帯を取り出し、耳に当てる。

 プルルルル……と発信音が三回ほど鳴ったところで、相手と電話がつながった。


〈もしもし。あ、ひぃちゃん? おはよ。どうしたの、こんな朝早く〉

 

 彼はぼくの親友。

 依頼の情報を夢幻屋に送ってくれる、重要な協力者だ。


「あのふぁ、はやひって」

〈なんて?〉

 ね、眠くて、ろれつが回らない! 動けぼくの舌!


「……ぞく……は……い!」

〈二日連続で四時起きはキツい?〉

 なぜか伝わった。きみもまさか、寝言解読……(以下略)。


「この前言ったじゃん。もうちょっと時間遅くしてって。ふわぁ」

 言葉を発するたびに、まぶたが下がっていく。


「六時とかならまだいいけど、四時は無理だよ。起きれない。アリスもけっこうツラそうにしてるし」


〈………あ、ああ~っ! そうだ、修正前のデータ、そのまま夢幻屋に送っちゃったんだ……。ご、ごめんね。早かったよねっ〉


「ううん。ふわぁ……まちひゃいは、はれにでもあるよ。ふわぁ。大丈夫だよ」


〈あはは、赤ちゃんみたいになってる……。帰ったらぐっすり寝てね。教えてくれてありがとう。なんかあったらまた連絡して〉


「うん。ふわぁ。そう言えばナトリのペット、元気? カラスのしつけって、かなり大変じゃない?」


〈あ~。ほかの鳥に比べたらむずかしいかもね〉


「へぇ。すごい。あ、じゃあ、このあと仕事だから。また夢幻屋に情報、送ってくれる? 次は早朝以外でお願い」


〈はーい。お疲れ様! 僕もそろそろ家出なきゃ。データの件ほんとごめんね! またね!〉


 プツリと電話が切れ、ぼくは、はぁっと息をつく。

 とりあえず、依頼一件目は無事クリアだ。

 あとは夢幻屋が開く時間までゴロゴロしていよう。


「アリス、うち来る? 仮眠が終わったらゲームしようよ。おととい、新しいゲーム買ったんだ」


 タイトルはたしか〈ふしぎのくに〉。

 雲の上に浮かぶ島を舞台に、主人公の女の子が仲間と冒険をしていくゲームだ。


「え、なにそれおもしろそう! 行く行く!」

 あんなに眠そうだったアリスの表情が、今はキラキラと輝いていて。


「意外ね。いつもなんだっけ。『ばとるろわいやる』? ばかりやっているのに」

「あれは依頼。むずかしいステージだけ、代わりに進めてほしいっていう」


 ゲームはぼくの趣味。恋愛系以外は、わりとなんでもいける口だ。

 え、なんで恋愛ゲームが苦手なのかって? 

 えぇっとね、やっていると恥ずかしくなるからです……。


「うわ、おもしろくない。ああいうのは自分で解いてなんぼよ!」

「アリス、解いたことあるの?」

「ないわ。電源をつけるのが上手くできないのよ」

「そこから⁉」


 一日は長い。

 それでも、横を歩いている友だちのおかげで、あっという間に時間は過ぎていく。


「ねえねえ、その〈ふしぎのくに〉ってどんなやつ? 推理? パズル? あ、RPGかしら。それなら多分わたしも解けるわ」

「いや、ガッチガチのホラーだけど……」


 ごめん。それ、『パッケージ詐欺』の商品なんだよね。

 一見ほんわかしているけど、実際はかなり恐怖系。

 ぼくはホラーゲームなら解けるけど……。

 あれ。アリスって、こわいもの平気だったっけ。


 瞬間、明るかったその表情にスッと影が差した。

「も、もちろん。大丈夫よ」


 う、うーん。ひきつった顔でグッドサインをされてもなぁ。

 まあ、やりたがっているなら、やらせてあげてもいいのかな?


「わ、わかった。じゃあそれをやろうか。じゃ、ぼくの家に行こう」

「ちょ、ちょっと待って! そんなに早足にならないで! ごめんなさい、こわい! こわいです!!」


 スタスタと前を歩くぼくの後ろを、パートナーが慌ててついてきたのでした。


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