夢幻屋 _仲間と始めるワクワク管理_

蕪木麦

ペア切符事件

1★恐怖の市松人形

 時刻は夕方。

 カフェテリアのカウンター席にて。

 ぼくは空っぽになったパフェのグラスを見つめていた。


 ソーダ味と、マンゴー味と、イチゴ味。

 朝昼夜、計十個しか売られない贅沢品。

 お高いパフェを食べたのに、さっきから気分は最悪。

 それもこれも、全部アレのせいだ。


「ちょっとした遊び心だったの」

 横の席に座る女の子が、ぽつりと言う。


「まさか、あんな驚くとは思わなかった。『キャッ』って叫んでくれたら、それで満足だったの。そんなに怒らないでよ」

「寝不足なんだよ!!」


 ぼくは、カウンターを両手でドンと叩いた。



 □■□


 ぼくの名前はヒフミ(十三歳です)。

 ぼくは朝が弱くて、起きて三十分間は布団から離れられない。

 その上寝つきも悪いので、寝床に入っても、なかなか眠れなくて。


 今朝もそうだった。

 休んだ時間が短いから、起きたときの気分もあんまりいいものじゃない。


「あ……、あったま痛ぁ。へ? も、もう朝……?」


 布団のそばに置いている、ベル式の目覚まし時計を見る。

 時刻は午前四時半。


「よ、よじはん……かぁ……うーん」

 朝食の時間まで、あと三時間はあった。


(に、二度寝しても、いいよね?)


 さいわい今日は休み。

 思いっきり寝たって誰にも怒られない……はず。


 えぇい、ままよ! 

 いざ始めよう快眠ライフ!

 ガバッと布団をあごの位置までかけて意気ごんだ、まさにそのとき!


  スー


「へ?」


 とつぜん、閉めきっていた部屋のふすまが三センチほど開いた。

 派手な音もたてず、ゆっくり、なめらかに扉が滑っていく。


「ヒ—……く……わよ!」

「ふわぁ……え、なに、大家さん……?」

 寝ぼけまなこをこすりながら返事をした、わずか数秒後。



   ニューッ


 なにかが、扉の隙間からこちらを凝視しているのに気づく。


「ひぃ!?」


 な、なにあれ。

 能面みたいな白い顔。少しだけほほえんだ口元。おかっぱ髪に、赤い着物。

 ひたいからは赤い液体のようなものがしたたり落ちている。

 

 人形かな。なんだかつくりが、市松人形っぽいけど……。

 いや、完全に市松人形じゃない?


 てことはだよ。つまり簡単に状況を説明すると。

 ――人形がこっちを見ている(血まみれで)。

 ってことになるよね!?


 「……っ!」


 なにも見てない、なにも見てない、なにも見てない!!


 布団の中にもぐりこみ、ぼくは亀のようにひざを抱えて丸まる。

(きっと寝ぼけてたんだ。そ、そうだよ、きっとそうだ)


 気のせいだよね? とチラッともう一度ふすまを確認。


「ハヤクオキテ……ハヤクオキテ……」

「喋ったぁぁぁぁ!!」


 まだ日も出ていない時間帯。人形の白い肌が暗がりに映し出される。

 空中に顔だけ浮かんでいるようで、なんとも不気味だ。


 ぼくはさらにさらに身をギュ―ッと縮こまらせる。

 亀を通りこして、体勢は三角おにぎりになっちゃってます。


「ヒフミー! 起きて! 臨時の任務が来たわ。仕事!」

「ハヤクオキナサァァァァァィ」


 ドンドン! 

 入り口の扉を、なにものかが激しく揺らしている。

 頼むから、もうやめてくれぇぇぇ!

 これ以上ぼくの眠りを邪魔しないで!!


「ふわぁ。あらアリスちゃん、なんでこんな時間に。寒いから一階で待……って、ギャァァァァァ!! 人形に、血がぁぁぁぁ!」

「あ、大家さん。えっと、ヒフミを起こしに来たんです」


「こわっ。なんなのこれっ。人形! せめてその人形は持って帰ってくれないかしら!?」


 人形? ってあれ、急に、眠気が……。

 うすれる記憶の中、大家さんのバタバタした足音が耳に響いていた。



  □■□


「……あんな人形、持ってたっけ?」


 友だちのアリスは、色白の肌に長い金髪がトレードマークの女の子。

 しっかり者で、たいていのことは自分で全部済ませちゃう。

 

 人形を意のままにあやつれる、特殊なチカラを持っていてね。

 浮かせたり、喋らせたり、巨大化させたりと自由自在に動かせるんだ。


「あの人形はおととい、マーケットで買ってきたの」

 アリスはカフェのメニューの表を見ながら、当然のように言った。


 アレ、たしか血がついていたよね!?

 まさか売られる前、呪われた家に置いてあったとか……。


「ああ、あれ? あれは本物じゃなくて、血のりでわたしがつけたのよ」

「起こすならふつうに起こしてよ!」

「あんた、なかなか起きないじゃない! 依頼を受けられないほうがいいの?」


 まあ、そうなんだけどさぁ。

 いくらなんでも、やりすぎでしょ!?


「ああいう使い道もアリかなって思って」

「……なんで、ぼくで試すの?」

「一番反応がおもしろそうだったから。あ、冗談よ! 冗談だから!」


 いやいや、絶対本気だったよ。

 アリスは、ぼくがしかめ面で頬杖をついたのを機に、「あ、そ、そういえば」と話の矛先を変えた。


「仕事と言えば、最近物騒な事件が多いわよね。今朝、退治したのも泥棒だったし」

「朝から強盗とかよくやるよねぇ」


 ぼくとアリスは、街の探偵団で仕事をしていてね。

 活動内容は、逃げたペット探しから、危険な動物の退治まで。

 そうして仕事でもらったお金を、生活に使っているんだ。


「一部では、キョーボーな盗賊がいるってウワサもあるみたい。高額の宝石とか、カバンを狙うんだって」


 なんか、不穏だね。

 ぼくが顔をしかめると、重々しい雰囲気から一転。

 アリスは笑顔を浮かべて、手をひらひらさせる。


「まあ、この街に住んでいる以上、おかしな現象が起こるのは日常茶飯事だし。わたしたち探偵だし? 別にこわがることないわよ」


 あれ? 自分から話し始めたわりには、あっさり引き下がるね。


 あ、わかった。こわいのをガマンしているんでしょ。

 アリス、昔からこわがりだもんね。


「そんなわけないじゃない。わたしをなんだと思ってるの? 足が少し震えるけど、全然平気よ!」

「…………」

「なにその顔。なんだか、すごく悪いことをした気分」

 

 頬をふくらませるアリスの足は、ガタガタ揺れている。少しってレベルではない。


 はあ。

 なんでカンタンなウソをついちゃうかなあ。

 態度とセリフで、ほぼバレバレだよ。


「ていうか、あんたはこわくないの? ウワサ」

「え、ぼく?」

 

 こわくないと言ったらウソになる。

 さっきアリスをからかったけど、かく言うぼくもこわいものは苦手だ。

 市松人形の件で、そのことを改めて自覚できたよ……。


 でも、ウワサには根拠がないものが多い。

 だから根拠……その話が現実だっていう証拠が見つかるまでは、深く考える必要はないのかなって思うんだよね。


「ホントだったらこわいけど、まだ決まったわけじゃないしね。今泣くのは、ちょっとカッコ悪いかなぁ」

「むぅ」


 アリスはくちびるを尖らせて、どこか浮かない様子。

 カウンターにひじをついて、足をぶらぶらさせて。


 あ、あれ、おかしいな。なんで不機嫌になるんだ? 

 なにかまちがったことを言ってしまったかな。

 ひょっとしたら気づいていないだけで、無意識にアリスを傷つけていたのかも。


「なによ、その言い方。言いわけしたわたしがバカみたいじゃない」


 言葉って、使い方しだいで良くも悪くも……。

 ん? 今、なんて?

 ごめん聞いてなかった。


「え? て、うわっ!」


 ゴツンッ


 振り返ると同時に、キンキンに冷えたコップを右のホッペに軽くぶつけられた。コップに入れられた氷が、軽やかな音を立てる。


「痛っ。冷た! え、ちょっとアリス?」

「もうしらない! ちゃんと聞かないヒフミが悪い!」


 プイッと顔をそむけられたけれど、はてなマークしか頭に浮かんでこない。

 え? ど、どういうこと?

 なんで怒っているの? ぼくが怒ったから拗ねているの? え、なんなの? 

 ちゃんとわかるように教えてよ!


「わたしの分のお金はらっといて。 レシートはいらないから! なにもないから! 色々ごめんなさい、また明日仕事で。じゃ!」

 

 お札をぼくの手のひらの上に押しつけ。

 アリスは脱兎のごとく扉の外へ出て行ってしまった。


「え、あ、あの……」


 オロオロ、出口とカウンターを交互に見やる。

 厨房の奥にいたマスターと、視線がぶつかった。


「マスター、ぼく、やっちゃいました……?」

「気にしなくていいのよヒフミくん。アリスちゃんはヒフミくんをきらって、ああなっているわけじゃないから。にしても、あんたらはホント仲がいいねぇ」


 うぅん? いまいちピンとこない。


 まあ、いっか。あれこれ考えてもキリがないし、またおいおいたずねよう。

 あんなに湧き上がっていた怒りも、いつの間にか、すっかりおさまってしまったし。


  

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