第70話 親世代での恋物語①

 ――午後八時半、子宝の湯

 ――館内ゲームランドコーナー


「あー、取れないなー、もう一回だけやろっと」

「祥子さん、輪っか狙ったらどうです?」

「輪っかというよりも、角を持ち上げて……あ、ダメだ」

「試しに私一回やってみてもいいですか?」

「うん……あ、凄い、輪っかに入るんだね。おー、持ち上がった」

「あは、やった、取れた。はい、祥子さん」

「え、琴子さん取ったんだから、琴子さんでいいのに」

「いいんですよ、祥子さん欲しがってましたから」

「……えへへ、ありがと」


 まるでカップルじゃないか。

 祥子さん、琴子さんから大きいクマのぬいぐるみ貰って嬉しそう。

 施設内のゲームセンターらしき場所を見つけて、UFOキャッチャーに戯れる美女二人。


 うんうん、二人は何をしてても絵になるね。


 館内着の浴衣もとてもイイ、子宝の湯だけあって、女性の美しさを際立たせるポイントを完全に抑えているじゃないか。ボディラインが露わになり、それでいて足元のスリットが膝付近まで入ったこのデザインがチラリズムを増し、胸元のはだけそうではだけない感じが性欲を嫌でも高まらせる。 


「なんか、エロ親父の目になってるぞ」


 ぽすんと横に座るは凪さん。

 同じ館内着とは思えない、何故か凪さんが着用するとフォーマルに見えるから不思議だ。


「エロ親父で結構です。最愛の二人が楽しんでいるのを眺めているのですから、それはもう顔に出てもしょうがない」

「惚気か。普通なら嫌味になるところも、高野崎が言葉にすると不思議とそう聞こえないのだから、何とも不思議なことだ」


 足を組み、スリットから出た膝小僧を台にして頬杖を突く。 

 凪さん、多分自分が綺麗だって分かっててやってる仕草だな、こりゃ。


「一人は琴子さんですからね、妹の幸せを願うのは姉なら当然かと」

「そうか? 例え妹であっても競合相手なんだ、多少は嫌悪感を抱いたりもするぞ?」

「……またそうやって、ダメですよ? 周囲を困らせるのは」

「正直であるべきだと言うのは、高野崎のポリシーではないのか?」


 僕を見てニヒルに微笑む。 

 ホント、美人姉妹だよ。


「あ、凪さん、ご飯どうなりました?」


 結局二人分のクマさんのぬいぐるみをゲットしたんだね。

 他にも菜穂用の小さなクマさんも手にして、さすがはママって感じだ。


「予約してきたよ。準備が出来たら呼びに来るそうだ」

「そうですか……って、あれ? 誰か走ってきますよ?」


 祥子さんの言う通り、遠くから走ってくるワイシャツ姿の男性が一人。


「すいません! こちらに古河様がいらしているとお聞きしたのですが!」

「古河は私と……あれ? お姉ちゃんいない」

「ああ、古河琴子様、御久しゅうございます! 私、当施設の館長の玉金たまがねと申します。まさか琴子様がお越しになられているとは露にも知らず、ご挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ございませんでした!」


 おお、そうか、琴子さんと凪さんはグループ系列のトップに君臨するお嬢なんだ。

 隣に来た祥子さんも「凄い、本当にご令嬢なんだね」って驚きを隠せないでいる。


「それで、お兄様の凪様もいらしているとお聞きしていたのですが、凪様は?」

「えっと……今、どこかに行ったみたいですね」

「そ、そうですか。是非とも凪様にも宜しくお伝え願いますよう、何卒、宜しくお願い致します。お料理の準備が整いましたので、是非ともこちらへ、私自らご案内させて頂きます」


 会長と社長の娘さんが遊びに来ていれば、そりゃVIP待遇だよな。

 僕が館長さんの立場だったら冷や汗ものだ。


「で、こんな広い場所でのご飯になる訳ですか」


 何畳間よここ、室内で運動会が出来るぐらいに広いぞ。

 菜穂が喜んじゃって畳の上を駆けずり回っているけど、それが気にならないくらいに広い。


「もっといい場所が良かったか? ならば次は五つ星にご招待しようか」

「結構です、庶民の味覚じゃ、味の差なんて分かりかねますから」


 凪さん、さっきは一瞬で逃げたのに、ご飯の場には既にいたし。

 世間的には男性って事になってるんだもんな、女性の恰好をした今の凪さんじゃ混乱を招く。

 偽物が来たって騒がれても困るし、身を隠すのは最善の方法なのかも。


「凄い……琴子さん、私、琴子さんと結婚したいです」

「あはは、なんですかそれ。祥子さんと私は、もうそんな感じじゃないですか。はい菜穂ちゃん、そろそろお座りして、ご飯食べますよ」

「なほ、なほね! ここたのしい!」


 はぁはぁしちゃって、本当に楽しんでるんだな。 

 詩さんも目の前のご馳走に瞳輝かせちゃってるし。


 蟹か、しかもタラバ蟹とはまた豪勢だな。

 ほくほくだし、刺身も美味しいし、イクラもかけ放題なのか? なんだここ凄いな。



 美味しいご飯食べ終わって、ちょっと休憩と称して個室を借りる事に。

 菜穂は疲れたのか眠ってしまって、詩さんも菜穂の手を握ったまま横になってすやすやと。

 

「相当楽しかったんですね、菜穂ちゃんの寝顔可愛い」

「詩さんには起きたらお小遣い渡さないとですね、今日一日菜穂ちゃんの面倒みてもらっちゃったし」

「うん、そうだね。……じゃあ、凪さん、そろそろお願いしても大丈夫かな?」


 菜穂や詩さんには聞かれたくない話だったのだろう。

 だから食事の場でも凪さんは語らなかった。

 部屋の柱に背を預けながら、凪さんは膝を立てて座る。

 

「そうだな……茜乃さんは、本名杜若かきつばた茜乃あのと言ってな、私達の母親である古河富木菟とみづくとは、旧知の仲だったと聞いている。関係性でいうと、今の琴子と祥子、お前達みたいな関係だったんだよ」

「私達ですか?」

「そう、どちらも我が父である古河海縁かいえんに惚れてしまったって話さ。詳細は知らないが、私たちが古河を名乗っている以上、私達の母親である富木菟とみづくが、恋愛競争には勝ったって事なんだろうな」


 勝ち残った方が古河グループの総帥と婚約出来るのだから、壮絶な争いだったのだろうな。

 ……あれ? でも確か、重さんの話じゃ、茜乃さんもどこかの邸宅に住んでるって。


「凪さん、その茜乃さんという方は、今はどこに?」

「質問が狙いすまされ過ぎているな、まるで誰かから聞いたみたいじゃないか。まぁ、全ては私達……いや、私を想ってのことだろうからな、不問にしておくさ。それで、高野崎は杜若茜乃に会って、何がしたいんだ?」


 立ち上がった凪さんは僕へと近寄ると、腰を曲げ、その目を開きながら顔を近づける。

 澄んだ瞳が映す僕は、一体どんな風に見えているのだろうね。

 でも、徹頭徹尾何も変わらない、僕は目標に対して突き進むのみ。 


「そうですね、当時の話が聞けたらなと思います」

「なぜそう思う?」

「凪さんの御父上である、古河海縁さんに僕達を認めてもらう為ですよ。祥子さんと琴子さん、二人と僕は一緒になりたい。その為にはどんな材料でもイイから情報が欲しいんです」


 付け入る隙があるならどこまでも付け入ってやる。 

 相手が誰であっても、僕だけは曲がっちゃいけないんだ。

 凪さん、背筋を伸ばしながら腕を組み、自身の頬を人差し指でぽんぽんと。


「そうか、では、紹介状は私が書こう。とはいえ時間が欲しい、相手の了承が取れ次第、高野崎に連絡を入れるとしよう……っと、違うな、私達はもう同居するんだったな」

「そうだよお姉ちゃん、家になんか帰らせないから」


 ぎゅっと裾を掴む琴子さんを見て、凪さんは目を細めて含み笑う。


「くふふっ、なんだ琴子、お前、私以上に頑固だったんだな」

「知らなかったの? お姉ちゃん前は遠かったからね」


 沢山話したい事があるのだろうな。

 琴子さんは帰りのバスでも、凪さんと隣同士語り合う。

 それはまるで、これまでの空白を埋めるような、幸せな姉妹だけの時間。

 邪魔しちゃ悪いですよねって微笑む祥子さんと二人。 

 楽し気な会話に耳を傾けるのも、悪くはないな。



 ――八月上旬

 ――高野崎家


「はい、高野崎です……そうですか、分かりました」

「俊介さん、今の電話は?」

「凪さんからだよ、茜乃さんが僕と会ってくれる日が決まったってさ」


 ただ、凪さんは一つだけ条件を付けてきた。

 茜乃さんに会う時に、絶対に琴子さんを連れていくなと。


――

次話「親世代での恋愛②」

※お昼頃更新予定ですね

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