第65話 違和感の正体
それまでの姿勢のまま、腕を組み見下ろす様に僕を見る。
凪さんの怒りは極々自然の事とも言える、この感じが当たり前なんだ。
「そのまさか……が、返答になりますが」
「本気で言っているのですか? 高野崎さんは一度離婚している。神の名のもとに愛を誓った相手との破局、その理由も奥方様の不倫との事だ。不倫と浮気、言葉は違えど意味はさほど違いはない。結婚しているか否か、しかしてその内容は不貞にある」
写真がある以上、全て調査済みということなのだろう。
だとしたら、敢えて確認する必要なんかないと思うけど。
「不貞をした者が受けるべきは罰だ。事実、高野崎さんは自身の妻であった者に対しての慰謝料を請求し、それを受け取っておりますよね? 慰謝料とは金で相手の精神的苦痛を癒す為に与えるもの、つまり高野崎さんは元妻江菜子さんが不貞を働いた事により精神的苦痛を受けたという証拠にもなりえる。なのになぜ同じ過ちをさも当然の権利であるかのように振る舞えるのですか? 苦痛を受けたからこそ、その重みが理解できるのではないかと、私は思うのですが?」
実際には、その慰謝料は全て返還しているのだけどね。
だからといって、それは凪さんの納得する言葉ではない。
「お義兄さんの言葉のままですよ」
「私のことを義兄と呼ぶな」
「失礼、ただ伝えたいのは、簡単に今の現状になったのではないと言うことです。苦痛を受け、重みを理解したからこそ、心の底から悩みました。現に、僕は二人の告白を一度お断りしています」
「……なんだと?」
思い返せば、あれから面と向かって僕から告白をしたことは一度もないな。
二人とも断られて泣きそうになっていたのに……本当に、強い人達だ。
「元妻と離婚し、僕に残されたのはまだ四歳の菜穂だけでした。菜穂との生活以外、僕には考えられなかったんですよ。元妻との離婚理由は確かに不貞だ、そして慰謝料も受け取っている。だがしかし、そこに至るまでの経緯として、僕自身の過ちが確かに存在するんです。僕はもう、同じ過ちを二度と繰り返さない。そして凪さんは大いに勘違いをしている部分があります」
「勘違い?」
「ええ、勘違いです。僕の家に彼女達が来ているのは、彼女達の意思になります。受け入れたのは僕になりますけどね。あの時の僕には恋とか愛とか、そういった事を考える余裕は全く無かったんです。そして祥子さんと琴子さん、二人してこう言いました」
――私って結構待てる女ですから。大丈夫、またこうして一緒にお出かけすれば、俊介さんだっていつか私を受け入れる日が来ますって。菜穂ちゃんもいつかは私の事をママって言う日が来るかもしれないですしね、その日が来たら……ふつつか者ですが、宜しくお願いします――
――一緒にいる分には、問題ないんですよ、ね? じゃあ私、今日から高野崎さんの家に居候します。高野崎さんが言う〝その時〟が来るのを、私、ずっと楽しみに待ってますから――
「二人共フラれた直後だったのに、本当に強い人達です。そして僕と菜穂、祥子さんと琴子さんの四人での生活が始まりました。今では娘の菜穂も二人のことをママと呼ぶほどです。そしてこの僕も、彼女達の言葉通り、すっかり二人の虜になってしまっている……どちらが好きか、どちらを愛しているかなんて、比べる事が出来ない程に二人を愛してしまったんですよ」
今更離れることなんか出来ない、もしそれを望むのであれば、もっと早く動くべきだった。
今の僕達を離すのだとしたら、実力行使しか手段はない。
「御託を並べているが……結局の所、貴様が優柔不断なだけだと見受けられるが?」
「そう捉えられるのであれば、それで結構かと」
「二人の女性に囲まれながらの生活なんだ、それは優雅であり悦な選択肢なのであろうな。だがな、兄として妹がそんな輩の、洗脳状態とも言えるこの状態を知りながら、はいそうですかと貴様を受け入れる事が出来ると思っているのか?」
苛立ちを隠せないままに、凪さんは足を組んだ。
眉根に入った力の強いこと……でも、やっぱり何か違和感が残る。
「洗脳とはまた人聞きの悪い言葉を使いますね。愛とは何か、哲学のような言葉になってしまいますが、誰かを思いやる気持ちに嘘がなければ、それは洗脳という言葉ではないと思います。お言葉ですが、先日祥子さんのご両親と琴子さんは顔合わせを済ませております。そして琴子さん自ら、僕だけではなく祥子さんが欲しいと先方に伝えている程なんです」
「琴子の口から? ……失礼だが、それは同性愛者ということか?」
「それはどうでしょう? お二人からそのような雰囲気は感じ取れません。ただ、もし二人がそういった関係になったとしても、僕は側にいてくれるのであれば、それでも構わないとだけは断言しておきます」
さてと、他にも琴子さんの母性とか色々と言いたい事はあるけど。
凪さんもふさぎ込んでしまったし、僕から何か言うのは止めておこうかな。
考察するに、凪さんは僕達の関係を知り、独自に調べ上げたのだろう。
だけど、妹を想う気持ちは理解できるけど、わざわざ探偵まで使って調べる必要があるのか?
気になるのなら直接連絡して聞けばいい、職場も家も場所が分かっているのだから。
しかし凪さんはそれをしなかった。
写真を見るに、事故の前の写真だってある。
つまり一ヶ月以上、凪さんは僕達のことを放置した形になる。
琴子さんのご両親に伝える前に、凪さんが僕に接したい理由って、一体なんだ?
四人同棲生活をご両親に知られたくなかった? だとしたら何のために?
琴子さんと僕達の関係を終わらせたいのなら、それこそ強引にでも連れ去る方法だってある。
そしてこの古河家にはそれが出来るだけの財力がある、だったら親の力を借りた方が早い。
何か引っかかるな……この違和感。
凪さんを見てからずっと感じるこの違和感は、一体なんだ?
「とりあえず、高野崎さんの言い分は認めよう。だが、交際を認める訳にはいかない」
「もう琴子さんも大人だ、交際を認める認めないは本人に任せてはと思いますが?」
「本人に任せた結果がこれだろう? 琴子の旦那は古河水産の後継者でなくてはならないんだ、貴様では荷が重いんだよ」
「……え? 古河水産は長男である、凪さんが継ぐべきではないのですか?」
長男が事業を継ぐなんて事は、一族経営の会社ならよくある事だ。
次男がいるならともかく、古河家は長男凪さん、長女に琴子さん、話を聞く限りではこの二人のみ。
わざわざ自分がいるのに、琴子さんの旦那に稼業を継がせるって、一体どういう。
「口が滑った、今のは聞かなかった事にして欲しい」
「そうはいきませんよ、一体どういう事なのか説明して頂かないと」
「琴子と別れる貴様には関係ないと言った」
「別れない以上、無関係にはなれません」
「いい加減自分の愚かさに気付け! 男一人女二人の状態を、認める事なぞ出来る訳がないだろうが!」
「別に貴方に認めて貰う必要はない、僕達は自分達の力だけでも生きていける」
「ふざけるなよ貴様、古河家の人間に泥を塗るつもりか!」
「ならば琴子さんが古河家を出て行けばいい、古今東西、今も昔も認められない二人は駆け落ちするしかない」
「貴様はどこまで自分勝手な事を言えば気が済むのだ!」
身を乗り出し、凪さんは僕の胸倉を掴みあげる。
殴られるのなら好都合だ、暴力は相手に罪悪感を植え付ける。
けど、凪さんが僕に近付いた瞬間。
机の上に乗せた膝がつるりと滑り、そのまま凪さんは僕へと倒れ込んだ。
咄嗟に抱える様に凪さんを抱き締めた結果。
僕は凪さんを見た瞬間から感じていた、違和感の正体を知る。
「…………え、凪さん貴方、女性、ですか」
――
次話「女性が女性らしく生きれない世界なぞ、こっちから願い下げだ」
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