第62話 女の子だから。

 あわや一線を越えかけた日曜日の午後、祥子さんは以前の活気を取り戻し、お昼ご飯を食べた後には僕と詩さんと三人で近所に買い物に行き、家に帰ると三人で映画を見て過ごした。


 午前中の事がよほど嬉しかったのか、祥子さんは僕の腕にくっついたまま、一秒たりとて離れようともしない。僕としても、こんなに愛されている事がただただ嬉しいから、どんなに暑かろうが離れてなんて言葉は使わずに、そのままくっついてもらう事を選択した。


 既に団地内では公認カップルなのだから、視線なんて気にする必要は無い。

 むしろ僕達が険悪な仲になってしまう事の方が問題だ。


 幼稚園利用者はこの団地内には数多く存在し、僕達が喧嘩でもしようものなら、それは一発でクレームという形で幼稚園へと届けられる事だろう。そうでなくとも、祥子さんと喧嘩なんかしたくもないし、ずっと愛していたいし愛して欲しい。


「どうやら、仲良くなれたみたいですね」


 少し離れた場所で映画を見ていた詩さん。

 祥子さんが僕にくっついたままぐっすりと眠っているのを確認すると、隣にすとんと座り込んだ。


「実は、私が出かけたのって、真理子さんからのお願いだったりします」


 真理子さん……お義母さんからのお願い?

 スマホの画面を見させて貰うと、そこにはお義母さんからのメッセージが表示されていた。


『菜穂ちゃんと琴子さんは私が預かりますので、詩ちゃんも後でお小遣いあげるから、数時間だけ祥子のために家を空けてあげてください。たまには二人きりにしないと、話せない事もあるでしょうから』 

  

 なんと、僕達が二人きりになれたのは、どうやら意図的なものだったらしい。

 誰でもない娘の為に、お義母さんとお義父さんが今日という日を作ってくれたというのか。

 

「祥子さん本人が気付かないだけで、しっかりと愛されてますよね」

「このメッセージ、祥子さんに見せたら喜ぶんじゃないかな?」

「ダメですよ、こういうのは陰でこっそり動くからイイんです。それにしても俊介さん」

「ん?」

「二人きりで祥子さんだけ裸にして、一体なにしてたんですか?」


 好奇心の塊って感じで瞳輝かせながら、詩さんは肩をぴとっとくっつけてきた。

 まぁ、分かるよね、さすがに。


「……それ、聞く?」

「後学の為にも、ぜひ」

「んー、治療、かな? 安心させる為の」

「裸になって俊介さんの前に立つと、安心するんですか?」

「そういう意味じゃないけど、そういう感じかな」

「へぇ、試してみていいですか?」

「ダメ」

「いいじゃないですか、最近色々と不安なんですよ」

「ダメ」

「ちょっとで良いですから」

「ダメ」

「むー、ケチ」

「ケチで結構」

「……チラっと」

「ぶっ」


 詩さん、いきなり着ていた服を捲り上げて右乳を見せてきたのですが。

 ほんのりとした膨らみに琴子さんよりも小さいピンク色の乳首……って、ノーブラかよ!

 

「あは、反応してくれるんですね」

「そ、そりゃ、するに決まってるでしょ」

「詩、結構なちっぱいじゃないですか。胸が小さいのコンプレックスだったりするんですけど……でも、巨乳好きの俊介さんが反応してくれるって事は、それ相応に見れるってことですよね」

「見れるも何も、詩さんは間違いなく可愛いの最上級に分類される女の子だから。あと巨乳好きではない、好きになった人のおっぱいがたまたま大きいだけだ。確かに祥子さんと琴子さんの胸はかなり大きいけど、断じて巨乳好きではないからね」


 はぁ、びっくりした。

 お願いだから祥子さんと琴子さんの前でやってくれるなよ。

 もしやったら大変な事になるの目に見えてるから。


「……可愛いの最上級……」

「ん? どした? 急に赤くなって」

「別にいいんです。気にしないで下さい。あれ? そういえば確かに不安だったのが安心に変わりましたね。俊介さんの前で裸になると安心するって、結構ガチめな話だったりします?」

「そんな訳ないだろ……」 


 これ以上ボケに付き合っていると、謂れのない疑いを掛けられそうで怖い。

 ようやく祥子さんも安心させられたのに、これじゃ悪化しちゃうよ。

 

 ……琴子さん、早く帰ってこないかな。

 途中経過みたいなのも送られてこないし、どうしたんだろ。



 ――日曜日、午後十二時、浅草。

 ――茶店屋、茶どころ与平。


「いや、こんな綺麗な娘さんがウチの祥子と一緒になるとか、人生って何が起きるか分からないもんだな」

「そうですねぇ、はい菜穂ちゃん、あんみつ食べる?」

「たべる! なほ、あまいのしゅきー!」


 私の前にはいま、五十代半ばくらいの男性があぐらをかいて座っている。

 横にいるのは相も変わらず綺麗なお義母さん、向井真理子さんだ。

 つまり、その男性こそが向井祥子さんのお父さんである、向井勝田かったさん。


 真っ黒な黒髪を短髪に切りそろえたお義父さんだけど、額のシワや目元の笑いジワを見る限りでは年相応と言った感じの、けれども優しそうな印象を与えてくれる人。お義母さんよりも背が小さくて、でも腕っぷしを見る限りでは相当な力持ちなんだと思う。


 ご職業は向井建築の社長さん、大工の仕事もしているとか。

 ……なんだ、祥子さんも社長の娘だったんじゃない。

 規模とかは関係ない、会社を興して社員さんを養わせるだけの事が出来る立派な人。


 そんな人が手塩にかけて育ててくれた大事な一人娘の祥子さんと、私は一緒になりたいと思っているのだから、今日は精一杯頑張らないと……と、思っていたのだけど。

 

「祥子はなぁ、子供の頃、俺が忙しかったせいで、あまり甘えさせることが出来なかったんだ。祥子から学生の時の話、聞いたかい?」 

「はい、先日、本人の口からお聞きしました」

「そうかいそうかい、まぁ、祥子にゃ苦労もかけさせられたが、俺達にも責任があるんだろうなぁって、心のどこかでずーっと引っ掛かってたんだ。でも、そんな祥子の事を欲しいって、二人も手を挙げてくれたんだ。これが喜ばずにはいられるかってんだ」

   

 あまり気負う必要はなかったのかも。

 それもそうか、あの優しい祥子さんのご両親なんだもん。


「ちなみに聞くけどよ、琴子さんとこのご両親は、アンタ等の事を認めてんのかい?」

「……いえ、まだ、話すら出来ていない状態です」

「その感じだと、ウチよりも厄介な感じ?」


 さすが真理子さん、言葉と表情だけで見破られちゃった。

 

「まぁ、そういう片方が厄介な場合は、もう片方は優しいのが定番ってもんよ」

「でも、私としては意外でしたよ? お父さんがこんなにすんなり受け入れるなんて」

「そうかぁ? 俺はあれよ、真理子が認めたんならそれでイイって思っただけだ。真理子は綺麗だけど、頭の回転早ええし、俺なんかよりもずーっとしっかりしてる。俺としちゃあよ? 老後の面倒を見てくれるんなら、若くて綺麗なお姉ちゃんの方がイイって思うだイテテテ」


 あはは……お義母さん、お義父さんのスネ思いっきりつねってる。

 でもそっか、お義父さん達からしたら、そういう見方も出来るんだ。

 老後のお世話って、本当に大変だって聞くし。

 それも二人でこなす事が出来るのなら、負担はかなり軽減される。

 

「任せて下さい、祥子さんと二人でしっかりとみますから」

「なほも、なほもみる!」

「おお? 菜穂ちゃんも見てくれるんか? こりゃあ両手に華どころの話じゃあねぇなぁ!」


 大きな声で笑うお義父さんと一緒に、そのままスカイツリーへ行ったり、水族館へ行ったり。

 結局帰るのは夜の八時過ぎになっちゃったけど、今日は仕方ないよね。


「結婚式とか、どうするか決まっているの?」

 

 別れ際に、お義母さんから質問されて、ちょっと戸惑う。

 普通じゃない私達の挙式は、多分普通の場所だと予約すら出来ない。

 それでも、私も祥子さんも、女の子だから。


「絶対にしたいと思います。ウェディングドレスを着るのは、夢でもありますから」

「……そうよね、どうしようもならない様なら、相談してね」

「はい、ありがとうございます」


 優しいご両親で良かった。

 ……次は、私の両親だ。


――

次話「閑話 五人での日常」

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