第58話 男1女3での平和?な雑談① 

「今度の日曜日ですかー、詩は残念ながら一緒には行けないですね」


 帰宅してお義母さんも帰った後の我が家。

 祥子さんと詩さんとで綺麗にしてくれたダイニングキッチンにて、大人勢で一息つくことに。

  

「詩さんは最初から無理でしょ」

「そうですか? でも、お義母さん、詩のことも結構認めててくれましたよ?」


 確かに一緒に料理したり、色々と買ってくれてはいた様子だったけど。


「それにほら、詩、お義母さんとlime交換しましたし」

「え、本当に? ……あ、本当だ。私、実の娘なのにお母さんのlimeアカウント知らない」

「祥子さん、本当は真理子さんの子供じゃないとか?」

「そ、そんな訳ないでしょ!? 子供の頃はよく『アンタは橋の下で拾った』って言われたけどさ!」


 それ、悪戯した子供への定番の謳い文句だな。

 祥子さんの子供の頃か、一体どんな子供だったのか、ちょっと気になる。


「そういえば、私さっきの真理子さんとの祥子さんとのお話で気になる所があったのですが」

「……改まって言われると怖いなぁ、琴子さん、どうぞ」

「元彼って――」

「はいダメー、シャッターガラガラさようならー」


 祥子さん、よっぽど知られたくないんだな。

 椅子から立ち上がると一人寝室へと行き、ボフンっと布団に倒れる音が聞こえてきた。

 

「ちなみに、詩も元彼いましたよ」

「そうなんだ、今はいないの?」

「今は好きな人はいますけど、彼氏はいないです」

「ふぅん……それで? どんな風にして別れたの?」


 あれ? 布団に倒れ込んだはずの祥子さんが席に戻って質問しているぞ?


「自分のは言いたくないのに、詩のは聞くんですか」

「それはそれ、これはこれよ。妹分みたいなものなんだから、早く早く」


 ちょっと唇を尖らせた詩さんだったけど。

 とりあえず隠す内容でもないみたいで、さらりと語り始める。


「むぅ。といっても、大したことないですよ? 詩以外にも女の人がいたみたいで、こっちからサヨナラしちゃいました。高校の時だったんですけどね、詩ってバンドのボーカルやってたんで、そこそこ人気あったんですよ。相手はその時のギター担当の人だったんですけどね」

「わー、青いなぁ、でも分かる。近いと段々と親しくなっちゃうよね」

「親しかったのかな? でも、多分そうだったんだと思います。詩、基本告白されたら誰でも付き合っちゃってましたので」


 突然の告白に、大人三人同時に「え⁉」って声を出してしまった。

 録画アニメを見ていた菜穂に「しー!」って言われて、ぺこりお辞儀する。

 

「誰でもって、顔とかそういうのでは決めなかったってことですか?」

「はい、だって、人間中身だって良く言いません?」

「そりゃ言うけど」

「でも、中身ってすぐには分からないじゃないですか。少なくとも分かるのは、詩に好意を寄せてるんだなって事だけなので。でも、詩飽きっぽいので、すぐにサヨナラしちゃうんですけどね。そのギターの人くらいかな、付き合って三か月もったの」


 三か月って、短か過ぎない? 倍速世代と良く耳にするけど、恋愛も倍速過ぎる。


「詩さん凄いですね、参考になります」

「琴子さんはどうなんですか? 結構な綺麗目ですし、学生時代は人気ありそうな感じですけど」

「私ですか? ミスコンに選ばれたくらいで、特には」

「ミ、ミミ、ミスコン!? ミスコンって、あのミスコン!?」


 慌てふためいているのは僕だ。

 ミスコンって言葉は、男なら誰もが聞いた事があるはず。

 そしてその選抜者は、はっきり言って僕の人生と無縁と言ってもいい人種だった。

 可憐で綺麗で多忙な彼女たちは触れる事さえ許されない存在……だったんだけど。


 まさかいましたね、目の前に。


「でも、田舎の大学ですから、ちょっと新聞に載ったくらいです。たしかまだサイトに記録が残ってると思いますよ? えっと……あ、これです」

「伊奈華大学ミスコングランプリ、ファイナリスト一年、古河琴子、本当だ、琴子さんいる」

「別に何をした訳でもないので、何にも感じませんでした。どちらかというと嫌な思い出の方が強いですね」 

 

 思わず菜穂を呼んで「ほら、ママだよ!」って言いそうになったのを、ぐっとこらえる。

 

「そうなの?」

「はい、誹謗中傷が酷かったんです。家が金持ちだから裏工作したんだとか、身体で票を買ってるとか、他の候補者から睨まれたりとか。ですので二年目からは辞退する様にしました。モデルの勧誘とかもありましたけど、全部お断りです」

「えーもったいない、私だったら即でOKだしちゃいそうなのに」

「……苦手なんですよ、人間関係。高校の時から苦手だったのが、大学のミスコンで更に拍車が掛かっちゃって。これは不味いって思って、一念発起で営業職を希望したんですけどね。でも、やっぱり上手くいかなくて。あの時は俊介さんに沢山助けてもらいました」


 そうだっけ? あまり覚えてない。


「ちなみに、俊介さんは元カノとかいたりするんですか?」

「そりゃいるに決まってるでしょ、僕バツイチだよ?」

「江菜子さん以外にって意味ですよ。高校の時はいなかったって聞いてますけど」


 ふむ……そういえば二人には話してなかったな。


「いたよ、就職してからだけどね」

「え⁉ 誰ですかそれ!?」

「ちょっとメモの準備するので、待って下さい」

「……お話、聞かさせて頂きましょうか」

 

 食いつきが凄い、爆釣じゃないか。

 

「本社で営業やってる時にね、人事課にいた子なんだけど。入社してすぐの研修で仲良くなって、そのまま一緒にいる事が多くなってたんだよね。でも僕としては仕事が楽しくって、彼女のことを二の次にしてたんだけど。そうしたら自然と消滅しちゃったって感じかな」

「自然と消滅……という事は、明確には別れていないって事ですか?」

「んー、でもほら、そのあと江菜子と結婚したから、相手は分かってるんじゃないかな?」

「そんな人がいたんですか、でもそれって相手の人が想い途切れてなかったら、離婚を機に寄りを戻そうって考えたり、しません?」

「今の所なんの連絡もないし、大丈夫でしょ? 僕のスマホにも連絡先残ってないしね」

「本当ですか、見せて下さいスマホの連絡先」


 なぜ? と思ったけど、変な番号は登録してないし、別に見せるのは構わない。

 画面ロックを解除して琴子さんに手渡すと、彼女はしゅばばと指を動かし始める。


「で、話を振り出しに戻そうかと思うんだけど」

「振り出し? 詩の話ですか?」

「いや、その前、祥子さんの元彼について聞けたらなって」


 しゅばば動いてた指を止めて、祥子さんは気まずそうに半眼になった。

 聞かない方がいいって思うんだけど、話題的に暴露話になってるから、いいかなと。


「……そんなに、知りたいですか」

「そうですね、これからもずっと一緒なんだと思いますから、私は聞いておきたいです」

「詩も喋ったんだから、祥子さんも喋るべきです」

 

 じとっとした目線で僕を見る。


「話題振ったの僕だし、僕も元カノのこと喋ったからね。丁度いいなかって」

「…………私のこと、嫌いになりません?」

「ならないよ、過去のことは過去のことだ。笑い話にしかならないさ」

「そうですか…………でもなぁ」


 頭抱えてうんうん唸ってた祥子さんだけど。

 ふかーい溜息を吐いて、観念したのかぼそぼそと喋り始める。 


「…………私、家出したんですよ」

「家出?」

「お母さん、私にはかなり厳しかったので、嫌気がさしたというか、魔が差したというか」

「どこに行ったんですか?」

「……………………元彼の家」


 ぐっと雰囲気が重くなってきた。


「当時、私は高校生で、相手が大学生だったんですよね。一人暮らししてるから、嫌な事があったら逃げてきていいっていうから、逃げちゃったんです。それで、しばらく家に帰らなかったんです」

「どのくらいですか?」

「……三か月くらい」

「三か月!? え、よくそれで卒業出来ましたね!」

「夏休み挟んだから、何とか。それで、帰らない私のことを心配して、お母さんが警察に行方不明者として捜索願だしたんですよね。まぁ、国家権力って凄いなって思ったんですけど。元彼と外出している時に確保されて、そのまま留置所に入らされて、病院にも行って」


 病院? って詩さんは質問してたけど、まぁ、そっち系の病院だろうな。

 

「不幸中の幸いで、病気にはなってませんでしたけど。……まだ、聞きます?」

「え、ええっと……」

「私は最後まで聞くべきだと思います」

「詩も、勉強になる」


 なんの勉強になるの? とも思ったけど、一生一緒にいるって決めた人の過去だ。

 僕も腹を据えて受け入れないとだな。


「その後も私、多分、依存症だったんでしょうね。家出をしようと何度も逃げようとして、それでも掴まって。で、いつまで経っても迎えに来ない元彼を憎んでたりして……まあ、馬鹿だったんだと思います。それでも我慢して高校卒業までは静かに過ごせました」

「……はぁ、凄いね」

「本当は、病院なんか行く必要なかったと思うんです。ほとんどしてませんでしたし、極力拒んでましたから。で、我慢した高校生活を終えて、大学生になったんですけど――」


 どうやら、重い話はまだまだ続くようだ。


――

次話「第58話 男1女3での平和?な雑談②」

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