第45話 僕、監禁されるらしいです。
二人同時に抱きたいなんて言葉、普通受け入れられるはずがない。
場合によっては、これで僕に愛想を尽かし、祥子さんがいなくなってもおかしくない。
僕は完全に甘えているだけなんだ、踏ん切りがつかないだけのダメな男の典型。
そう思われてもイイ、だって、実際に今の僕は最低なのだから。
「…………」
それまでの熱が一瞬で引いたのが分かる。
ずりずりと離れて、眉をハの字にしながら僕を見る祥子さんが何を思うか。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
実に的を得た良い言葉だ。
そして、散々悩んでいた答えが、ようやく出たような気がする。
僕は、二人と一緒になってはいけない。
僕の本質は甘えだ、江菜子の時もそう、今だってそう。
何もかも甘えてしまって、気付かぬ内に相手を傷つける。
そもそもこんな答え、直ぐにでも出さなければいけなかったんだ。
二人とも好きで、二人とも愛してしまったから、どちらも選べない。
なんと身勝手で、最悪な答えなのか。
「ごめん。やっぱり、さっきの無し」
「……え? 別に、私は」
「祥子さんにとっても、琴子さんにとっても失礼な言葉だった。二人の女性としての尊厳を侮辱するような言葉だ。心から謝罪する。それと……やっぱり、僕は二人をどちらかなんて選べない。今だって祥子さんを抱きながら、頭の中に琴子さんが思い浮かんでしまったんだ。とても不安な気持ちになった。浮気してる時って、こんな感じなんだろうね。罪悪感を抱えながらじゃ、祥子さんと一つにはなれない。そしてそれは、琴子さんの時も変わらないと思うんだ。その時はきっと、祥子さんを想って何もできなくなる」
こんな最低な男をとっとと見限って、祥子さんは次に行った方が良い。
綺麗で可愛くて、一緒にいて面白くて暖かくて、優しくて。
良い所しか見つからない祥子さんなら、直ぐにでもいい人が見つかるはずだ。
そしてそれは、琴子さんにも同じことが言える。
職場恋愛は、破綻した後が大変だって聞いた事があるけど。
そのどれもが、自分で蒔いた種なのだから、受け入れるしかない。
「もしかして俊介さん、私たちと別れようって考えてませんか?」
「……ごめん」
「でも、それって嫌いって感情じゃなくて、私たちのことが好きすぎて、ですよね?」
祥子さんは身なりを整え、服の中に入ってしまった後ろ髪をふわっと広げる。
それだけで他が見えなくなるくらいに、僕は祥子さんに釘づけだ。釘付け、なのに。
「嫌いになるはずがないじゃないか、祥子さんには感謝しかない。心の底から愛している、ただ、それは同時に琴子さんにも同じ事が言えてしまうんだ。こんなのっておかしいだろ、あっちゃいけないし、受け入れられてもダメな事なんだよ」
「ですから、誰が決めたんですか、そんなこと。琴子さんとも散々話し合って決めたことなんですよ? 最悪の場合、二人一緒に俊介さんを養おうって。逆に言いますけど、今更逃げられると思わないで下さいね? その時は二人がかりで俊介さんのこと、監禁しますからね?」
ん? なんだ? いま祥子さん、なんて言った? 監禁?
「いいですよ、二人同時でも。王様プレイって奴ですか? それを俊介さんが望むのなら、それでもいいです。その代わり、他の誰かに浮気したら……分かってますよね?」
すん……って、部屋の温度が五度くらい下がった。
あ、これ、浮気したら死ぬ奴だ。
「浮気なんかする訳ないじゃいか」
「現に私以外にも琴子さんって人がいるじゃないですか」
「それは、タイミングが全く同じだっただけで」
「じゃあ、私にも他に男がいて、まったく同じタイミングって言われたら、許せます?」
「……許せない、と思う」
「ですよね? それが普通の考え方です。私たちはそれを受け入れて先に進もうとしてるんですよ? 既に普通じゃないって気づいて下さい。なに一人だけ普通になろうとしてるんですか。それこそワガママってもんです」
なんていう極論、いや、暴論だ。
だけど、そんなのを肯定している祥子さんに、僕は苦笑する。
「笑うとこじゃないですけど」
「いや、ごめん。だって、まさか祥子さんがこんな人だとは想像できなくって」
「こんな人ってどんな人ですか。でも、私が変わったとしたら、全部俊介さんが原因なんですからね? あ、もうこんな時間か……そろそろ菜穂ちゃんお迎えにいかないとかな。とにかく、もう私たちと別れるとか、そういう事を考えないこと。いいですね?」
いいながら、祥子さんは空いているベッドへと移動し、カーテンを閉める。
幼稚園に行くために着替えているんだろうけど……まったく、勝てないな。
考え方が常識に縛られている、僕の方が間違っているみたいだ。
ほんの数分前まで抱いていた劣等感ともいえる感情が、完全に肯定されてしまった。
僕は、二人と一緒にいてもいい。
というか、逃げられないが正解か。
やっぱり、そんなの、おかしくて笑ってしまうよ。
「……そういえばなんだけど」
「なんですか? まだ何かあるんですか?」
「ああ、いや、幼稚園って家族以外はお迎え出来ないってなってなかったっけ? でもこの一週間は、祥子さんも琴子さんも普通にお迎えに行ってるなって、ちょっと疑問に感じたんだけど」
「ああ、そんなこと――」
カーテンを開けて戻ってきた祥子さんは、薄いTシャツに動きやすそうなジーンズへと変わっていた。肩から下げたバッグによって胸が強調されていて、なんとなく視線がそこにいってしまう。
「もう幼稚園でも同棲してるのがバレちゃってますから。私がお迎えに行っても大丈夫です」
「え、そうなの? でも、琴子さんは不味いんじゃ?」
「琴子さんは俊介さんの妹って事になってます」
「……はい?」
「最近だと琴子さん、他のお母さんから高野崎さんって呼ばれてますよ。本人も満更じゃないみたいで、笑顔で返事してますし。……そこだけ、かなり悔しかったりしますけどね。俊介さん、こっそり婚姻届け出しちゃって、私の名字も高野崎にしません?」
妹? 琴子さんが妹って、どういう意味? え?
知らない間に僕の周辺環境って、一体どうなっちゃってるわけ?
「俊介さん?」
「あ、ごめん、理解が追い付かなかった。婚姻届けはダメでしょ」
「直ぐに離婚しますから」
「それもダメでしょ、祥子さんと結婚したら離婚したくないよ」
「え、嬉しいです。私のこと大切にしてくださいね」
一体、僕は何を会話しているんだ。
あれ? どういう流れでこんな会話になったんだっけ?
確かもっとシリアスだった気がするんだけど。
音が鳴るキスをされて、ふと我に返る。
「また難しいこと考えてますね?」
「……いや、そんなに難しいことでは」
「大丈夫ですから、俊介さんはゆっくりと休んで下さい。退院したら大変ですよぉ? もう私たち容赦しませんので」
現状でも祥子さんの攻め方は、かなり凄いと思っているんだけど。
今以上に、なるの? それってどうなっちゃうの?
え、そんな祥子さんと同時に、琴子さんも相手にするの?
あれ? もしかして物凄い墓穴ほった?
「それじゃ、菜穂ちゃん迎えに行ったら、また来ますね。いってきます、俊介さん」
「いって……らっしゃい」
祥子さんがいなくなった病室で、僕は一人筋トレを始める。
体力がないとダメだ、多分、相当に大変なことになる。
一秒でも多く鍛錬をつんで、二人を満足させられる体を作らないと。
……ん? さっき祥子さん、僕のこと養うって言ってなかった?
いや、まさかな。随分と密度の濃い会話内容で、ちょっと頭が追い付いてないだけだろ。
はは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます