第39話 ずっと続いて欲しいと願う幸せ(向井祥子視点)

 結局、俊介さんは朝まで戻らなかった。

 気づけば私達は寝落ちしてしまっていて、慌てて連絡するもやっぱり繋がらない。

 面会交流までには戻るだろうって琴子さんと話し合って、一応の準備だけはした。

 

 でも、やっぱり俊介さんは戻ってこなかったんだ。

 こんなの、絶対におかしい。

 私達はともかく、菜穂ちゃんがいるこのお家に帰ってこないなんてあり得ない。


「あ、繋がった。野芽さん、お休み中にすみません。私、古河ですけど、今お時間大丈夫でしょうか? え? あ、はい、高野崎さんについてなのですが…………え、事故!? 手術して、入院って、なんで連絡くれないんですか! 場所は……はい、南山桜病院ですね! 分かりましたありがとうございます!」

 

 土曜日の朝からあちこちに連絡を入れて、ようやく突き止めた俊介さんの居場所。

 手術に入院……耳にしたくない言葉を聞き、一瞬眩暈がしちゃうくらいだった。


 色々なことが全部頭の中から吹っ飛んじゃって、それでも、菜穂ちゃんを琴子さんの車に乗せて、三人で南山桜病院へと車を走らせる。


「おえかけ? ぱぱは?」

「これからね、パパの所に行くの。大丈夫、パパは大丈夫だからね」


 まだ四歳だ、色々なことが分からないままに、菜穂ちゃんは不思議そうな顔をしていて。

 無邪気で、ただ甘えたいだけなのに。

 これで俊介さんまで居なくなってしまったらと思うと、こっちまで泣きそうになってしまう。 

 

「大丈夫ですよ、先の電話では、命に別状はないって事でしたから」


 ハンドルを握る琴子さんが、心境を察してか語ってくれた。

 でも、不安だけがどんどん大きくなって、心が圧し潰されそうになる。

 言葉だけじゃダメ、実際にこの目で見ないと、安心出来ない。

 

「なんで野芽さんもすぐに連絡くれなかったのかな。江原所長も知ってたみたいだし、どうして私に……っうんもう! イライラするなぁ! なんで私だけ除け者にするのよ! 一番最初に連絡するのは私なんじゃないの!? 同棲してるって知ってるはずなのに!」

「琴子さん落ち着いて、そんな大声だしたら菜穂ちゃん怯えちゃうから」

「分かってる、分かってるけどさぁ! だって、私だって本気なんだからね!? 私だって本気で俊介さんの事が大好きだし! 頭の天辺からつま先まで全部愛してるのに! なんで、どうしてよ……なんで……」


 私だって同じ気持ちだよって思ってたけど、言葉にはしないままにいた。

 琴子さんは目に涙をいっぱい貯めて、それでもしっかりとハンドルを握る。

 今ここで事故を起こす訳にはいかないんだ、菜穂ちゃんだけは、私達が守らないと。



「あの、昨晩事故で搬送された高野崎俊介の身内の者なのですが」


 当たり前のように受付で身内を名乗り、琴子さんと共に急ぎ足で俊介さんがいるであろう病室へと向かった。

 可能な限り早歩きで、けれども走ったりはせずに。

 雰囲気の違いを察知したのか、抱っこしている菜穂ちゃんの手に力がこもったのが分かる。

 「大丈夫だよ」って、菜穂ちゃんと自分にも言い聞かせながら、それでも気持ちだけははやってしまって。

  

 額に汗をかいちゃうくらいの速度で歩き、私達はようやくたどり着く事が出来た。

 302号室、入口には遠越忍って名前と、高野崎俊介の二人の名前。

 

「失礼します……俊介さん、俊介さん!」


 入室と共に、俊介さんの元に駆け寄る琴子さん。

 私はというと、抱っこしていた菜穂ちゃんをゆっくりと下し、静かに彼の側へと近づく。


 入院自体ほとんどした事ない私だけど、こんな気持ちで病室に来た事なんて一度もなかった。 

 お見舞いって言っても、どこか気楽で。

 こんなに誰かを心配した事なんて、生まれてから一度だってなかったと思う。

   

 だからね、いま、私、自分にびっくりしてるんだ。

 ベッドに横たわる、痛々しい俊介さんを見た瞬間に。


 目の前がなんにも見えなくなるくらいに、涙があふれてきちゃって。

 車の中で色々と琴子さんが叫んでた時は、どこか冷静な自分がいた。


 けど、今はダメ。


 目の前に俊介さんが普段とは違う姿でいるだけで、言葉にならない感情がこみ上げてくる。

 そうしたらね、力が入らなくなって、その場にへたり込んじゃったんだ。

 

 取り乱してる琴子さんの代わりに、私が菜穂ちゃんの面倒をみないといけないのに。

 頭では分かっているのに、感情がそれを否定して。

 俊介さんの側にいるべきだって、泣き叫んでて。


 そしてね、私は知ったんだよ。

 こんなに俊介さんのことを想っている、私がいる。

 

 最初は、勧められてるだけって、心のどこかで思ってた。

 途中は、琴子さんに負けたくないって、意地を張ってた。

 

 だけどね、今は全然違うの。

 一緒にいたい、いつまでもずっと、この人の隣にいたい。

  

「いなくなっちゃ、やだぁ……」


 止まらない涙を拭うことすら出来ないほどに、全部の力が抜けてしまったんだ。

 生きててほしい、俊介さんが居なくなるなんて、想像もしたくない。


 心の底から愛してる……だから、お願いだから側にいて。

 誰でもない、私の側に。


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