第37話 かしましい女子会※古河琴子視点

 妹ですと嘘をついてからは、それまでが無かったみたいにスムーズに事が運んだ。

 私が妹だと、出されていた情報の全てに辻褄が合うのだから、なるほどねと言った感じ。 


「妹さんでしたか、やだわぁ私達ったら早とちりしちゃって」

「本当に仲がイイご兄妹さんなんですね、疑ったりしてごめんなさい」

「ウチなんて顔を合わせるたびに喧嘩ばかりなのに」

「あら、ウチなんかもっと酷いわよ?」


 もう、大丈夫そう、かな。


 集団を見るも、私のことを奇異の視線で見る人もいないし、既に話題は家庭での不仲自慢話に切り替わってしまっているし。

 

「あはは、ごめんね、ぱっと思いついたのがコレだったんだ」

「神崎先生……いえ、本当に、助かりました」


 まだ、心臓がドキドキしてる。

 もうダメかと思った、本当に、色々終わっちゃうって。


「いえいえ、たまたま祥子先生から貴女の話聞いてたから。って、泣いてるの!?」

「だって、だって、本当に、ひっく、もう、怖くて」


 ああ、ダメ、涙止まらない。

 どうしよう、こんな姿、菜穂ちゃんに見せられないよ。

 ハンカチ探さないと……えっと、バッグの中に、えっと――――え?


 俯いてハンカチを探している間に、神崎先生は私のことを頭からぎゅっと抱きしめてくれた。

 やだ、まだ、涙も鼻水も出てるのに。


「いいよ、私達のエプロンは誰の涙でも受け止めるから。怖かったよね、よしよし」


 ……お母さん……。


 はっ、一瞬、神崎先生からお母さんを感じちゃった。

 

「だ、大丈夫ですから!」

「あら? 遠慮しなくてもいいのよ?」

「本当に! 大丈夫です!」


 慌てて離れると、神崎先生はにっこりとした笑顔を見せてくれて。

 幼稚園の先生って優しい人が多いイメージだけど、この人は本物なんだろうな。

 見ず知らずの私を助けてくれて……しかも、祥子先生からしたら私は敵なのに。


「あの……一個だけ質問、いいでしょうか?」

「ええ、なんでもどうぞ」

「どうして、助けてくれたんですか? 祥子さんから話を聞いているって事は、その」


 あの場で私の正体を暴いてしまった方が、間違いなく祥子さんの為になる。

 二度と幼稚園には近づけなくなるし、俊介さんとの関係に問題が生じるのは間違いないのに。

 

「だって、そんな事したら菜穂ちゃんが困るでしょ?」


 当たり前のことを、当たり前のように言われ。

 私は、この人が敵じゃなくて本当に良かったって、心の底から思った。

 それと同時に、私がどれだけ自分勝手な思考をしていたのかを、心の底から痛感する。

 

 私が妹だって嘘を、私が見いだせなきゃダメだったんだ。 

 あの場になって、私は自分の本性が見えてしまった気がする。

 いざという時に、私は自分の事しか考えられない愚か者なんだって。


「今だって困ってるよ? 菜穂ちゃん、帰りたくてうずうずしてるじゃない」


 私にしがみつきながら、それでも落ち着きがない感じで足をわたわたさせてる。 

 そうだよね、菜穂ちゃんの事を第一に考えないと、ダメだよね。

 俊介さんと同じ様に、私もそうしないといけないんだ。


「話は聞いてるけどさ、私達幼稚園の先生は、みんな園児の幸せ願ってるからね。菜穂ちゃんから見て貴女が敵だったら容赦しないけど、その様子を見てる限りそんな事はなさそうだし」

「……ありがとう、ございます」

「しかし、話の通り可愛い人だね! 私達もうそろそろ仕事上がるからさ、金曜だし、一緒に飲まない?」


 拒否権はないし、するつもりもない。

 色々と学びたい、この人からなら、沢山学べる気がするから。



「あっはははは! ホント驚いちゃったよ! 職員室行こうとしたら人の壁があるんだもん! 祥子先生が呼び出し喰らって、次はなに!? って感じだったのよ! しかし困ってる顔の琴子ちゃんも可愛かったなぁ、高野崎さんが惚れちゃうのも無理はないかぁ!」

「俊介さんが惚れてるって、神崎先生、それ誰の前で言ってるか分かってます? あ、琴子さんもな~にその気になった顔してるんですか!」

「いえ、別に、真実だと思いますので」


 いつにも増してお酒が美味しい気がする。

 神崎先生を招いて女三人で飲むと、こうも美味しくなるものなの?

  

 菜穂ちゃんと帰宅した後、直ぐに祥子さんと神崎さんは自宅に来てくれて。

 家事を終わらせた後に、菜穂ちゃんを寝かしつけての女子会。

 とはいえ時刻はまだ九時だから、まだまだこれからだ。


「し、真実って! 神崎先生聞きました!?」

「うんうん、自信があって宜しい。私琴子ちゃんのほう応援しちゃおうかなぁ~?」

「わ、私同僚ですよ!? 同僚の応援してくれないんですか!?」

「ほら、静かにしないと菜穂ちゃん起きちゃいますよ?」

「わ、分かってます、分かってますけど!」


 あはは、大変な思いをしたんだから、しばらくはイジメられれば良いんだ。

 聞けば祥子さんも祥子さんで大変だったみたいだけど。


「私なんか、楓原園長から『いつ退職するんですか?』って聞かれてたんですからね? 高野崎さんと結婚はそりゃ嬉しいですけど、退職するつもりなんて更々なかったですし。説明するの本当に疲れちゃいましたよ……」

「それで? なんて説明したの?」

「同棲してる事は、白状しました。流石にあの場で嘘は付けないなって思いましたので」

「同棲ならまぁ、自由恋愛だしね。発展するような事があれば連絡って感じかな?」

「そんな感じです。それでようやく解放されて、正門行ってみたら妹発言してるんですもん。口から心臓でちゃうくらい驚きましたよ」


 私はあんぐり口を開けた祥子さんを見て、血管切れるくらい怒りを感じましたけどね。

 でも、そんな事は口には出さず、お酒を一口。ん、美味し。

 

「それにしても妹という事は。私、これからは幼稚園に行く時に、俊介さんの家族って名乗って良いんですよね?」

「そうね、高野崎って名乗って大丈夫よ?」

「高野崎琴子……えへへ」

「なに顔真っ赤にして両頬に手を当ててるんですか。妹ですよ? 結婚出来ないんですよ?」

「まぁ、血のつながりは無い訳なんだけどね」

「えへへ……祥子さん」

「なによ」

「先に苗字、名乗らさせて貰いますね」

「~~~~ッッ! わ、私だって名乗りますから!」

「無理でしょ、アンタまだ同棲じゃない」

「じゃ、じゃあ、私、私も妹に……ヤダ! 妹じゃヤです!」


 笑いの絶えない三人での女子会はいつまでも続く。

 でも、私も、多分祥子さんも同じことを考えているに違いない。


 早く帰ってくればいいのに。

 俊介さんを思う二人が、お家で待ってますよ。





――


今年の投稿はこれで終わりになります。

明日の朝もいつも通りに投稿しますので、宜しくお願いいたします。

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