第26話 SS元妻からの手紙。

 一体どれほど飲んだのか、リビングのテーブルの上には大量の空き缶が転がり、おつまみと称して購入したポテチやチーズ、裂きイカの類が所狭しと散乱していた。


 江菜子と一緒だった時に、ここまでリビングを汚した事は一度もない。

 そもそもリビングで寝ることだって一度もなかったんだ。


 無味無臭な生活といえば聞こえは悪いかもしれないが、彼女との生活はいつだってどこか気を使い、線を引いて生きてきた気がする。

 だからと言って、こんな生活がイイとは思えないけど。


「……まだ五時半か、変なとこで寝ちゃったから、何か身体が痛いな」


 閉めていたはずのカーテンも開いているし、そこから入る朝日がとても眩しい。

 ソファーには琴子さんが横になって寝ていて、祥子さんはその下で毛布を掛けて眠っている。

 

 昨日のキス……凄かったな。

 あんなキスをしたのは、生まれて初めてだ。

 祥子さんはいつだって直球勝負な人で、どこまでも一直線で。

 あの調子で押し切られたら、多分、僕はいつか陥落してしまうのかもしれない。


「……ん」


 茫然と眺めていると、ソファーで横になっていた琴子さんがもぞもぞと動き出した。

 むくり起き上がった彼女の風体を見て、僕は思わず視線を逸らす。

 白のキャミソールに、下は灰色をした下着のみ。

 一体いつ脱いだのか知らないけど、さすがに今の僕が見る訳にはいかない。

 

「……あれ、あ、俊介さん、おはようございます。うっ……頭、いたっ」


 よたよたとソファーから立ち上がると、琴子さんは寝ている祥子さんを避けつつ、頭を押さえながら僕へと近づいてきた。

  

「大丈夫? 鎮痛剤ならあるけど」

「大丈夫ですよ、これでも結構呑める方なので。それよりも」


 琴子さんは僕の首に腕を回すと、そのまま軽く、音の出るキスをした。

 昨晩僕の上に座った時はしなかったキスを、それは簡単に。

  

「……え」

「祥子さんだけじゃダメですから、これから全部同じ事をしてもらいますからね」

「え、いや、それは」

「あ、そっか、舌も入れてましたよね」


 んべって出した小さい舌を、僕の口の中に入れようとして……直前で止まった。

 両手で口をおさえて、とたたっと三歩ほど離れる。


「さすがに寝起きでベロチューは不味いですよね」

「寝起きでも寝起きじゃなくても不味いよ……」

「えー? 昨日は祥子さんとしてたじゃないですか。見えてましたからね? でも、俊介さんからしてる様には見えなかったから、まだ良しとします」


 どういう判定基準なんだろうか。

 好きな人が違う誰かとキスをしてたら、それは怒りを伴うと思うけど。

 僕が江菜子の浮気を知った時は、トイレから出れない程の吐き気と怒りを催したのに。


「あと数時間で仕事ですし……先にシャワー浴びますね」


 下着姿のまま廊下へと行くと、琴子さんはそのまま脱衣所へと姿を消した。

 しかし、二人とも勘が鋭い。

 染みは気付かれてたしキスは見られてたし。

 隠し事はこの二人を前にしたら絶対に出来ないな、バレたら殺されそうだ。


「とりあえず、顔を洗って歯を磨こう、その後、祥子さんを起こさないとな」


 ひとりごちた後、大きなあくびをする。

 まともな睡眠が出来なかったからか、とても眠い。


 こういう時は歯を磨けば意外とすっきり目が覚めるというもの。

 欠伸と共に洗面所へと向かう途中、僕は玄関のポストに入っている何枚かの封筒に気付く。 


 請求書とか、その手の類の物だろう。

 寝ぼけ眼のまま手に取り眺めていた僕だったのだけど。


 質素な茶封筒に入れられていた封書。

 その差出人を見て、僕の動きは止まった。


「……江菜子」

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